配達人、爆誕
目が覚めると、青空だった。
「……あれ?俺、死んだんじゃなかったっけ?」
雲ひとつない空。鼻をくすぐるのは草の匂い。耳に届くのは鳥のさえずり。まるで絵に描いたような自然風景が、山本カズトの視界に広がっていた。
「いや、死んだ。間違いなく死んだよな。だって、残業120時間。デスマ納期。社畜三種の神器揃ってたし……」
彼は元・サラリーマン。日本でブラック企業に勤め、納期前夜に意識を手放し、そのまま過労死した──はずだった。
「ようこそ、異世界へ!」
突然、光が弾ける。まばゆい光の中から現れたのは、金髪ロン毛にローブ姿の……いかにも、神様然とした人物だった。
「あなたは不憫な死を遂げました。だから異世界で第二の人生を──」
「それ、テンプレのやつじゃん!」
神様の説明を遮り、カズトは感心して頷く。どうやら、いわゆる異世界転生というやつらしい。
「それで?チートスキルは?俺、魔法とか剣とか、バリバリやれる感じ?」
「えーと……実は、ちょっと手違いがありまして……」
「はい?」
「あなたに付与されたスキルは──【配達特化スキル】です!」
「配達……?」
一瞬、意味がわからなかった。勇者でも賢者でもなく配達人?まさか、荷物を届けるだけ?
「くっ……なんて地味な……!」
その後、気づけば辺境の村『ソリオ村』に立っていた。神様の転送魔法は手際が良すぎて、説明もままならなかった。
──そして、今。
「なんで俺、荷物背負って山登ってんの?」
ゴツゴツした山道を登りながら、カズトは愚痴をこぼす。見習い配達人としての初仕事。それが「鍛冶屋の娘への特別納品」だった。
「スキル【神速配達】って書いてあったのに……徒歩なんだよな。マジで。」
ちなみにそのスキル、走っても普通の人よりちょっと早い程度。なんなら息が切れてる。
辿り着いたのは、小さな鍛冶場。煙突から煙が上がり、金属を打つ音が響く。
「はーい、荷物お届けに──」
「置いといて!」
鉄音の向こうから聞こえてきた声は、冷たくて刺さった。現れたのは、金髪ポニーテールの少女。ツナギを着て、額には汗。ハンマー片手に、明らかに気の強いタイプだ。
「えっと……お名前、リゼ=フェルスタインさん、で合ってますか?」
「うん。で?あんた、新人?」
「はい、今日から配達人です。山本カズトと申します!」
頭を下げると、彼女はチラリとこちらを見て、小さく鼻を鳴らした。
「ふーん。配達人ねぇ。頼んだのは特注剣。それ、割れてたりしたらぶっ飛ばすから。」
圧、強いな……
荷物をそっと渡す。彼女は慎重に開封し──その瞬間。
「……は?」
剣から、カチッと音が鳴った。
「えっ」
「まってそれ、爆──」
ドォン!!
鍛冶場が、部分的に吹き飛んだ。
「……で、これどういうことか説明してくれる?」
炭まみれになったリゼが、震える声で問い詰めてくる。
「し、知らないよ!俺はただ届けただけで!中身までは見てないし!」
「この起爆剣、依頼したのは王都のマッド鍛冶師……まさか、誤納品!?」
「えっ、これじゃなかったの!?」
汗だくで慌てるカズト。そのとき、頭に浮かんだのは──スキル【配達道】の反応だった。
(……おかしい。封筒に触れたとき、違和感があった。まさか、宛先が……)
「待って。それ、本来の届け先、違う場所だったかも……!」
「おいっ!!」
怒声とともに、巨大なハンマーが唸る。逃げるカズト。追うリゼ。
「どこが、スローライフだよおおおお!」
村の朝は、今日も騒がしい。
数時間後。鍛冶場の修理を手伝いながら、カズトは土下座していた。
「……すいませんでした……」
「まぁ……マッド鍛冶師に頼んだ私も悪いんだけどさ……」
リゼがため息をつきながら、ハンマーを下ろす。
「でも。あんた、再配達しようとしたろ?」
「……うん。さっき確認して、本来の宛先に向かってるところだった」
「バカ正直な奴。悪くないよ、嫌いじゃない」
ふいに言われたその言葉に、カズトは顔を上げる。
「……へ?」
「な、なんでもないっ!」
耳まで真っ赤にしながらリゼがそっぽを向く。分かりやすい。全力で分かりやすい。
「ま、次からはちゃんと確認して届けてよね!」
「はい、約束の時間、守ります!」
この一言が、カズトの信条になっていくとは──この時、まだ誰も知らなかった。
今日も、配達は続く。
人と人、村と世界を、つなぐために。