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n.3 - タマゴ狩りと白い息

 これはヴィーラがアジルと知り合って間もない頃の話。


 ラミア族の集落、その洞窟の入り口。

 子供のラミア族が一人、守衛として、そこにいた。

 木漏れ日から差し込む朝日が、角兜を照らしている。


 口を半開きにしてよだれを垂らしている。

 槍は床に転がっているし、自分の尻尾に寄りかかって横になっている。

 前髪で目は隠れているが、きっと瞑っていることだろう。


 つまり、クーシィは眠っている。よって警備はザルである。他のラミア族は笑って横を素通りしているし、時折転がってしまう角兜を、通りすがりのラミア族が被せてあげているくらいだ。


 しかし別にそれでいい。寝る子は育つ。そしてラミア族は大変に強いし、すべてのオスから恐れられている。集落にかけられている絹の旗一枚みれば、大体の生き物は逃げ出す。つまり脅威など何一つ存在しないのだ。


「うわぁクーシィ、よだれで氷の湖ができてるよぉ」


 ヴィーラは今日、クーシィに弓を教える約束だった。ゆっくりと肩を何回か叩くと「ふにゃっ!」といつもの声をあげてクーシィが飛び起きた。反動で角兜が転がり落ちたので、ヴィーラはそれをキャッチした。前髪の隙間から、クーシィの眼が驚きで丸く見開かれている。


「ヴィ、ヴィーラさまっ! おはよーございます!」

「はい! クーシィおはよーございます!」


 元気に挨拶する声。調子を合わせてヴィーラも挨拶を返す。


「今日は弓を教える約束ですよー、できますか?」


 ぽかんとした表情。忘れていましたと言わんばかりの口。

「あー! わすれてましたぁ!」

 すぐに姿勢を正して槍を拾い上げた。寝起きでふらつきながら、洞窟入り口奥の保管庫に駆けだしていった。


 しばらくしてから、保管庫から練習用の弓と矢を1セット、的を一つ借りてきた。弓矢をヴィーラに渡す。弦のしなりを確認しているヴィーラを横目に、クーシィが的をひとつ木の枝にぶらさげた。

 クーシィがヴィーラの横に座り、ヴィーラの動きを楽しみに見つめている。試し撃ちとして、ヴィーラは矢を番えて弓を放った。射るまでの流れもスムーズに、吸い込まれるように的の中央にカツリと当たる。ぶらさがった的がふらふらと揺れ、先の丸い矢は地面に落ちた。


「弓も矢も大丈夫そうです。はい、今日もがんばろうね、クーシィ!」

「今日こそ、的にあててみせます!」


 クーシィの必死な様子を離れて眺める。ヴィーラは知っている。今日も予想通りだった。的にはかするが当たらない。それよりヴィーラの頬をかすめる回数の方が多い。

 以前から色々試してはいるが一向に改善しないので、今ではもうコミュニケーションの一環だと考えるようにした。ヴィーラはクーシィの真っ直ぐな姿勢が大好きだった。


「……あたらないー! あたれー!」


 指を離すと、矢が跳ね返ってクーシィの角兜に当たった。「あたっ!」と抜けた声が森に響く。ここで終わった方が安全だと判断し、ヴィーラは訓練を終わらせることにした。


「はい! クーシィ、今日もお疲れ様でした!」


 いつもならここで終わりになる。しかしクーシィはまだまだやりたげだったし、今日は珍しく食いついてきた。


「ヴィーラさま」

「どうしました?」

「あたし、才能ない?」

「……得意なこと、きっときっと見つかるよ!」

「でも。弓はつかえない、槍はふれない、走りもおそい、虫にもきらわれる」


 要は、何か才能があるものを見つけたがっている様子だった。残念ながら、ヴィーラはクーシィがうまくできている物事が思いつかなかった。


「これじゃあ、タマゴも作れない? オスも捕まえられないかも」


 角兜を両手で押さえながら、少し涙ぐんでいる。泣くのを我慢しているようだが、心の中では悔しくて悔しくてたまらない様子。


「大丈夫ですよ。クーシィにはクーシィの良さがあるんです。大人になったクーシィは、きっと魅力的すぎてオスからモテモテのパラダイスです!」


 ヴィーラは普段は使わない単語を選んで使う。ふと、アジルの前でそんな単語を使ったらどんな反応が返ってくるんだろう、と興味が沸いた。次に会う時には使ってみよう。


「クーシィは自分でパラダイスが作りたいです、魅力は自分でみがくんだってアディティラさまがいってました」

「そうですね! そうもいいますね!」

「ヴィーラさま。タマゴ狩りのやり方、おしえてください」

「……うっ」


 ヴィーラは笑顔の裏で苦悶の表情を浮かべていた。

 ヴィーラは、タマゴ狩りをしたことがない。

 それは嫌悪感しか感じない行為だったからだ。


 正確には、他のラミア族のタマゴ狩りには同行したことはあるが、オスを追い立てるアシストしか経験していない。人間のオスを譲られたことが何度かあったが、何の感情も沸かないし、同意があっても義務感だけで何かをするのは間違っていると感じていた。それに同意をした人間の表情は何か気持ちが悪かった。


 何を、教えればいいんだろう。ラミア族として、クーシィから尊敬される存在として。


「……タマゴ狩りはですね! えっと! えーっと!」


 きっとすごいものを聞ける筈と、クーシィが期待の眼を前髪越しに向けてくる。ヴィーラは困り果てている。やがて意を決して謝罪をしかけたその時、


「よぉ。タマゴ狩りの話ならもっと聞くべき相手がいるだろ?」


 アディティラが、クーシィの背後から腰を持ち上げた。グルグルと振り回されたクーシィは眼を回してフラフラとしている。

 アディティラはヴィーラにウィンクを一回。クーシィに聞こえない今の内だと言わんばかりに(やり方はこっちで教えとくから)と小声で伝えてくる。ヴィーラは感謝で言葉も出なかった。



 *



「で。クーシィ。タマゴ狩りの話だっけか?」


 アディティラは何かの干し肉を噛みながらクーシィに話しかける。洞窟の入り口前、ラミア族の出入りはまばらに続いている。


「タマゴししょー。そのとーりです。あたしには才能も魅力もないから、あたしのやり方が知りたいんです」


 タマゴのことはアディティラに聞く。そう心に決めたクーシィはアディティラを変な呼び方で続けた。

 アディティラは、クーシィとヴィーラを交互に眺めながら、そうだなぁ、と腕を組みながらどっしり尾を据えて構えた。


「いい事を教えてやる! 極意中の極意だ!」


 クーシィがドキドキしながら聞いている。ヴィーラが横目でじっと気にしている。


「人による! 頑張れ! はははは!」


 クーシィがタマゴ師匠に飛びかかって抗議をした。ヴィーラは胸をなで下ろしている。


「あたしでもうまくいく方法をおしえてください! タマゴししょーなら知ってるはず!」

「そうは言ってもなぁ、クーシィはまだタマゴ産めないだろう、焦らなくてもいいじゃねーかよ」

「たくさんきーぷをつくってぴっくする! って保管庫のお姉さんは言ってた! 今からでもきーぷの種をまきまくりたい!」

「……あいつか。抜け駆けしやがって」

「そもそもクーシィ、守衛より遠くには行けませんからねぇ」

「そりゃそうだ、あちこち行かれても危なっかしいったらありゃしねぇよ」

「ふまんだ! あたしの槍が血と肉にうえている!」

「それも誰から教わったんだ」


 わかったわかった、と言わんばかりにアディティラがため息をついた。腰に手をあてながらクーシィにゆっくりと話した。


「まずだな。ぶっちゃけて言えば、ラミア族はオスなら案外どれでも食える。とは言ってもラミア族と見た目が近い種族の方がアタリやすい。遠い程にマジでアタらねぇ。簡単にいえば人間とかドラゴンとかリザードマンとかが有望。でもリザードマンはあたしは好かないね。あいつら情緒もロマンもないからなぁ」

「結構北にいかないとリザードマンもいませんしねー」

「あいつら統一派寄りだしなぁ、俺ら預言派とも仲悪いし。そうすると自然と人間がいい選択肢になってくるんだよなぁ。あとドラゴンはサイズが大きすぎる、まぁ色々とな」

「あたしはにんげんがいいです。動物はいやです、高望みは若い時こそするもんだって保管庫のお姉さんが言ってた!」

「またあいつか! くそっ!」

「でもクーシィ。人間は狩るの難しいですよー?」

「知ってる! ヴィーラさま、すごい長い間、狩りをしている。だからあたしもヴィーラ様みたいに、自慢のオスがほしい!」

「自慢の人……」

「おいヴィーラお前……なぁクーシィ、数をこなすってのも手なんだぞ?」

「あたしは弱い! 数はこなせない! えっへん!」

「えぇ……おいヴィーラ」

「矢は的に当たりませんでした」

「くぅっ」


 それじゃあ、とアディティラは苦し紛れの提案をした。


「お見合いだ! 俺がオスを連れてきてやる! それでどうだ!」

「じぶんで探したい!」

「なんでだよ!」

「だって、燃えるようなタマゴづくりは若返るって保管庫のお姉さんが」

「あいつシャーマンなんだぞ、もうタマゴ産めねぇんだぞ」

「お見合いって何ですか?」

「あぁーヴィーラ知らないのか」


 ふむ、と一呼吸置いた後、アディティラはその辺から棒を拾い、地面に□を一個と○を数個描いた。


「人間の文化でなー。こうして知り合い同士でひっつけたい同士を紹介し合うんだよ」

「それはどういう理屈でするものなんですか?」


 ふっと聞いたヴィーラは、まるで誰かの口調が自分に映った気がして顔を赤らめ頬を両手で隠した。アディティラは二人の関係がうまくいっているだろう雰囲気を感じながら話を続けた。


「理屈ってお前……まぁ、一番は知り合い同士の信頼関係に乗っかってくっつける事だよ。社会性で計画的っていうんかなぁ。衝動的なタマゴづくりとは対局のもんだよ。ただ戦略の一部なのは確かだよ。ラミア族でも大昔にやったことあるぞ、お見合い」

「でも最近聞かないですよね。どうしてまた?」

「ラミア族が全員入れ替わりでオスを全員食っちまったから、人間の信用をなくした」

「あぁ……はい……」

「タマゴししょー、人間の信用あるの?」

「ない。それくらいは俺でもわかるぞ」

「百人斬りましたしねぇ」

「なら、ほかの方法が知りたい」

「あとはいい狩り場を見つけるくらいだよなぁ」


 狩り場、という言葉でアディティラが思い出したようにヴィーラに質問をする。


「そういやヴィーラ、お前どこに狩りに行ってるんだ?」

「え……えぇっと」

「不可侵条約の手前、目立つようなことはしてねぇよな?」

「あ、はい、それはそうなんですけど」

「……おい、ちょっと」


 アディティラがゆっくりとヴィーラの背後に回り込み、片手で肩を掴んで引き寄せた。もう片方の手で自身の口元を覆いながら、耳元で囁くように小声で話し始めた。


<場所だけ教えろ>

<い、言ったら許してくれますか?>

<まずは言え>

<……ま、魔法省です>

<おい、お前>

<は、はい>


 ヴィーラを腕で拘束したまま、アディティラは素早く振り返り、人差し指を立てて洞窟入り口のクーシィを指した。


「クーシィ」

「はい、タマゴししょー」

「俺はヴィーラと大事な大事な話がある。お前も守衛に戻っていいぞ」

「かしこまった、タマゴししょ-!」


 クーシィが洞窟入り口に戻るのを見送った後、アディティラはヴィーラを眼で使った。とぼとぼとヴィーラはアディティラに続いて森の奥へと進んでいった。



 *



 人気の一切無い森の奥、滝が近くにある湖そば。適度に声がかき消される場所までヴィーラを連れてきてから、アディティラは詰問を始めた。


「ここまで来れば盗み聞きもされねぇだろ」

「……はい」

「ヴィーラ、てめぇ魔法省がなんだか知ってて通ってるのか! 俺は近づくなって何度も言ったよな!?」

「ごめんなさい……でも、いつか報告しないと、とは思ってました!」

「遅ぇよ。あのさぁ、なんだ。あの空を飛んでいる飛行船あるよな?」

「今も飛んでるあれですよね」

「あれの持ち主が執力省だ。簡単に言えば魔族を狩る人間が集まる集落。で、その下にあるのが機械省と魔法省。つまりお前は死にに行ってるようなもんだ」

「……お相手にも言われました。よくもまぁここに魔族がノコノコ来られましたねって」

「なんだその言い草は……相手は一人か?」

「一人だけです……近づくなとは言われてたのに。本当にごめんなさい」


 段々と怒りを沈められたアディティラは、その辺の倒れ木に座り、こんどは興味深そうにヴィーラを問い詰めた。


「ヴィーラ。お前、タマゴ狩り嫌いだったろ?」

「……はい」

「理由、覚えているか?」

「……人間のオスの表情が、嫌いだったからです」

「それがまた、どうして魔法省なんだよ? もう怒ってないから教えてくれよ」


 観念しきったヴィーラは、塩らしい様子でアディティラに話した。


「一ヶ月くらい前の話です」

「タマゴ狩りで嫌な顔してた頃じゃんかよ」

「前にすごい雪が降ってた日なんですけど。野ウサギを追いかけていたら、魔法省の近くにいたんです。ようやく捕まえたので帰ろうと思っていたら、窓がひとつ、開いてたんです。魔法省の三階の窓です。そこから身を乗り出している人間がいて」

「冬に窓を開けてるとは、どんなおかしい奴なんだ」

「その人間のオスは憂鬱そうに、遠くのジャダン山脈を眺めていたんです。神経質そうな顔持ちで、何か思い詰めたような雰囲気でした。タマゴ狩りで見た人間のオスとは違う表情が不思議で……じっと遠くから観察していたんです」

「へぇ。それで?」

「そうしたら、視線があっちゃったんです。その三階の人間と」

「いいじゃねぇか!」

「全然よくないです。すっごい睨まれて、まるで毒虫でも見つけたような嫌悪感一杯の眼差しで。それで窓を閉められちゃいました」

「……はぁ?」

「でも……なんかそれが、わたしが人間のオスに向けていた表情とおんなじなのかなって、その時に感じちゃったんです。なんだろう、わたし、その時に悩んでいたタマゴ狩りに対して、大丈夫だよって、言って貰えたような気がしちゃって」


 アディティラは突っ込むのを止め、ヴィーラの言葉にただ耳を傾け続けた。


「集落に帰ってから、ずっとその人間のことが頭から離れないんです。でも嫌な感じじゃなくて、また見てみたいなーって。だから、また見に行ったんです。今度は窓の中を覗いて、あの人はいるかなって」


(おいおい、随分あぶねぇことをしてるじゃねぇか……)


「そうしたら、ガラス越しに目が合って。窓をあけてから、さっきの言葉を吐き捨てられました。<よくもまぁここに魔族がノコノコ来られましたね>って。すぐに窓を閉められて、しかも布までかけられました。なので次の日も見に行きました。そうして何度も何度も行ってたら、中に入れてくれるようになって。それから少しずつ話しをするようになったんです」


(……ヴィーラ、お前)


「その人は研究者というらしくて、すごい頭を使う仕事みたいなんです。わたし、いろんな事を考えたり聞いたり話したり。小言は沢山言われます、でも不思議と嫌われている感じはなくて。会っている間は楽しくて、太陽はあっという間に動いていって。それで、会っていない間はずっとその人のことを考えているんです。その時間はなんかちょっと苦しい時間になりました」


(報われないぞ、って言いてぇけどよ。いじらしくて、言えねぇよなぁ)


「お前、これからもそいつの所に通うつもりか?」

「……駄目と言われると、正直、すごく辛いです」

「そうじゃねぇよ、止めるつもりなんかねぇよ。ただ、一個だけ約束してくれ」

「はい」

「絶対に、他の人間に絶対に見つかるな。そいつだけだと思え、魔法省の他の人間に見つかったら次は絶対にないと思え」

「それは、出来ると思います」

「あとラフマヴィにだけは共有する。それ以外は今まで通りでいい」


 少し意外な叱られ方をされたヴィーラは、改めてアディティラに謝った後、神妙な様子で滝を見つめている。


「アディティラさん。わたし、教わったんです。滝って、いつも流れが変化し続けているそうなんです。それは滝が常に水によって削れているからだって。数万年、数百万年たったら、そこに滝はないかもしれないって」


 アディティラは複雑そうな表情で、ヴィーラの後ろ姿と滝の流れを眺めている。


「あの魔法省の窓は、きっと二度と見れない水の流れだったんです。その水がわたしにたまたま注がれただけで、こんなに日々が変わっちゃうなんて。本当に毎日が不思議でいっぱいなんです」


 ヴィーラには大きな滝の音が、刻一刻と変わり続けているような繊細な音に聞こえていた。一方のアディティラには、雄大な滝の音は些細な変化も打ち消すような壮大な自然現象と思えてやまなかった。

 それでもアディティラはヴィーラの変化を好ましく感じていた。アディティラにはアディティラの、ヴィーラにはヴィーラの進め方がある。やっぱり<人による>は極意中の極意なんだな。そう納得しながら、アディティラはしばらくの間、ヴィーラと一緒に無言で遠くに広がる滝を眺め続けていた。

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