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n.1 - 鳥と魚とあれ

 ある春の日。

 アジルは暖炉の魔法石を確認したのち、二人掛けのソファに寝そべっているヴィーラを眺めた。快適そうに尻尾を伸ばして寝そべっている。ラミア族にとって丁度いいサイズらしい。

 研究室のソファは、かつてはアジルの寝床だった。しかし今では自分で使うことが憚られるので、もっぱらヴィーラ専用としてしまった。徹夜の後に寝っ転がった際、自分でない匂いに意識が持っていかれてしまい、一切眠れなかったのだ。


「アジルさん。あの銅色の飛んでいる()()なんですが……」


 ヴィーラは、上下逆さに見える窓の先に見える、いつも飛んでいる()()を指さした。


「ああ、飛行船ですか? 飛行船。いや、最近は飛行機、もう()()でいきましょう」

「その、()()って、どうやって飛んでいるんですか?」

「私は専門家ではありませんが、知っている範囲でよろしければ。真面目に話すと長くなりますが、構いませんか?」


 体を起こし、アジルを正面から見つめる。少し緊張している。


「その前置き! 聞き覚えがあります! 前回は朝から日暮れまでかかりました……今回はどれくらいなんですか?」

「前回は<月と星が空で動く理由>でしたから。学問の中でも特別に複雑で壮大なモノなので。今回はもっと短いですし、短くなるよう努力します」

「それならぜひ、あっさりな感じでお願いします!」


 吊り目を見開きながら、笑顔で紅潮している。アジルはこの笑顔が心底苦手だった。目の置き所に、本当に困るのだ。


「あっさりですか。そうですね……ヴィーラさんは<鳥はなぜ飛べるのか>ってどれくらい説明できますか?」

「鳥は、えーっと、魚の水掻きみたいに、空を泳いでいるのかなって。空気を羽根で掴んで、軽い体を持ち上げているように感じました……わたし、変なこと言ってないですか?」


 アジルはヴィーラの必死な言葉をいつも好ましく聞いている。決して傲慢にならず、理屈や知識がない中でも、自然を感覚で捉えて言葉に落とし込もうとする誠実な会話。学問にとってはこれ以上なく望ましい価値観で、自分も見習うべき姿勢だ。


「その通りです。まさしくあれは<空を泳ぐ魚>に例えながら作られています。人間の中でもそこまで説明できるのは稀でしょう」


 頬を赤らめて目を泳がせている。口をパクパクしているが魚の真似でもしているのだろうか。続けて説明する。


「人間は道具を作るのが大好きなのはご存じの通り。我々は、空を飛ぶ道具を作りたかったのですよ。最初は鳥を参考にしました。鳥のように羽ばたけば飛べるだろうと。これは失敗続きでうまくいきませんでした」

「鳥にはなれなかったんですか?」

「道具で表現するにはあまりにも複雑すぎたのですよ。ヒヨコのヒナからでも、大変滑稽に映ったことでしょう」

「ラミア族だって一緒ですよー。弓矢の練習を始めた頃なんて、みんな自分の尻尾を射貫こうとしているんじゃないかってなりますから」

「格好悪く泥臭く積み上げた先に上達がありますから。そんな訳で、人間は考え方を変えたのです。鳥はダメだ、魚で考えよう、と。しかしヴィーラさんは流石だ、鳥と魚を一緒に例え話で出されるとは」


 手で顔を仰いでいるが、これは鳥の真似か。


「さてヴィーラさん。魚は水中を泳ぐのに、ふたつの力を使っているのです。浮かぶ力と、進む力です。これが、空を飛ぶ時も同じなんです」

「浮かぶ力……浮袋? ()()にも布の袋がついている、あれがそうなんでしょうか。でもアジルさん、魚ってほとんどが浮袋を持ってないですよね?」

「それは浮袋という機構は万能性に欠けるからです。本当によく気付かれますね」


 ついにクッションに頭を埋め始めた。これは浮力のイメージだろうか?


「はい、魚すらも浮袋を持たなくなりました。そういった魚は、進む力を活用して浮かぶ力を作っているんです。そういえばなんですが。ラミア族って泳げるんですか?」

「……水中を這うのは得意ですよ!」

「それこそが浮かぶ力のない進む力です。的確な回答ですよ」


 不満げな表情から振り返ったが、よくよく考えれば冗談を言っていたのか。


「まぁ。泳ぐにしても飛ぶにしても。浮かぶ力と進む力、この両方が必要なんですよ。ところで質問なのですが。魚の進む力は、何を使って生み出していますか?」

「ヒレ?」

「そうですヒレです。つまる所、そのヒレを横に動かせば進む力に、縦に動かせば浮かぶ力になるだけなんですよ。あとは……()()について何か、広げているものと、回っているもの。それぞれ見えませんか?」


 ヴィーラは窓の外をじっと眺めている。眼は動かさず、瞳孔の中を動かしているような印象をアジルは感じた。


「左右に長い板が二枚と……羽根みたいな形の板が何枚か、素早くグルグル回っているのが見えます。柔らかく動いているようには見えないんですけど……あれは羽根なんですか、ヒレなんですか、どっちなんですか?」

「どちらでもあって、どちらでもないです。鳥も魚も参考にしながら、人間が扱いやすい形にしています」

「鳥はダメだから魚にしようって言ったのに、結局鳥にも帰ってきたんですね……。広げているのが羽根っぽくて、回転しているのはヒレっぽい気が。あの回転って、人間が扱いやすいものなんですか?」

「羽ばたくよりは簡単かと。回転は道具で作りやすかったのです。あとは、何を回転させるのかにも工夫を凝らしました。あの羽根もヒレも、人間にはない種族の特徴を真似しているんです。別の種族の道具には、突き詰められた知恵があると考えられていますから」

「なんか……人間って、不思議な種族なんですね」

「はい。不思議な種族なんですよ」


 窓の外をぼーっと眺めている。何を考えているのだろうか。暖かい春の風のみが知るのだろう。


「あの……せっかく説明してもらって。楽しかったんですけど……」


 ヴィーラが、何か腑に落ちない様子でアジルに悩ましい顔を向けてきた。


「……まだわたしが聞きたい話が聞けていないんです」

「おや? ()()が飛んでいる理由でしたよね?」

「本当に聞きたかった話は、魔法石の話で。もっというとアジルさんの功績の話なんです! それって、どれくらい遠い話なんですか?」

「なるほど。それはあと少しですね。あの回転をどうやって作っているかって話が次に控えていまして。その中に蒸気機関と沸騰と熱、最後に魔法石の歴史になってから、ここで出てくる話になります」

「あの。意地悪、してませんか?」

「いえいえ。決して意地悪はしていません」


 この話がいつ終わるのかも、温かい春の風のみが知るのだろう。

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