武科挙状元合格者
山を抜けてしばらく歩くと、飛龍国の都に辿り着いた。
都の入口である大門には長蛇の列。穀物や織物、芸術品や生活用品、さまざまな荷物を運ぶ商人。旅芸人一座。はたまた私のように腰や背中に武器をさげてる武人や旅人。ぱっと見ただけでは把握しきれない程の人波だ。
私はぐっと唇を噛み締め、人波の一部となった。
◆◆◆
飛龍城の外門に一人の役人がいる。
役人こと俺は、朝からずっと「武殿試会場はこちらです」と言い続けていた。
立て看板でも立てておけばいいのに、なぜ俺に言わせ続けるのか? いや、分かっているとも、出勤時間に間に合わなかった俺への、上司からの有り難い贈り物だということは。
いい加減疲れて、俺の笑顔が取れかけていた時、その人物は現れた。
腰に細身の刀剣を差し、背筋を伸ばして颯爽と歩く麗人。
周りの人々がその顔に見とれ、男女問わず立ち止まる。
中性的な美貌を、惜しげも無く晒しながら歩いていた麗人は、俺の前でピタリと足を止めた。
「武殿試、受けに来ました。これ、武州試合格証です」
俺の寝ぼけた頭も、冴え渡るほどの美声だ。世の中にはこんな少女もいるんだなあ。
◆◆◆
飛龍城の外門にようやく着いた私は、外門の入口に立っている役人に、武州試合格の証を提示した。
夢にまで見た飛龍城。絶対に失敗は許されない。師父、霞家のみんな応援しててください! なんとしてでも、受かってみせます。
「白州の合格証ですね。確かに。中へどうぞ」
私の合格証を確認した役人が、脇に避けて道をあけてくれた。
「ありがとう」
狭き門である武州試を切り抜けたんだから大丈夫! 絶対受かる! あわよくば上位合格!
刀剣に付けている刺繍飾りに触れ、願をかける。
「ご武運を」
役人の横を通り抜ける際、心強い言葉を掛けられ、勇気を貰う。
私は飛龍城の外門を通ると振り返り、役人にサッと抱拳礼を返した。
◆◆◆
武殿試の種目は全部で四種目。馬に乗って矢を射る『騎射』、離れたところから矢を放つ『歩射』、高い場所の的を射る『高射』、最後に私が最も得意とする、武術の型を取り込んで舞う『剣舞』。あと、無いに等しい筆記試験……か。
「白州、州試合格者、明蘭。始めてください」
「はい」
皇帝陛下のご臨席は無いんだなぁ……。ちょっと残念。
静かに息を吐き、精神を集中させ、私はスっと前を見据えた。
◆◆◆
武殿試受験者全員の試験を終えた会場。試験官たちは一様に頭を抱えていた。机を囲んで計六人。試験官補佐の三人は、上官三人が頭を抱えるのを見ながら、我関せずを貫いている。
「前代未聞だぞ」
上官の一人、試験の実質の監督でもある男は、普段から険しい顔を、一層険しく顰める。目の前に座る試験官補佐がそれを見て、ビクリと肩を揺らし、冷や汗を流した。
「豊作なのはいい事では? 上位三人の順位に悩むだけで」
おっとりした女性が、正論を呟く。呟くが目線はあらぬ方を向いていた。順位付けを放棄したがっているのが丸分かりである。
「炎家の姫君は、受けるだけ受けて、地方行き志望なんだよね? 勿体ないっ!」
六人の中で一番若い男が、万感を込めた声を上げる。
「炎家は放っておけ」
監督の男は、若い男に対し、またかというような顔を向け、疲れ気味に言葉を返す。
「副宰相の縁戚は、状元じゃないと暴れると思いますか?」
副宰相は皇太后の父親である。その縁戚となると、それ相応の配慮も必要だ。女性はチラリと監督の男に視線を向けた。
「……結果は結果だ」
片眉を上げた監督の男。沈黙短く、女性に返答する。試験に家格を持ち出すなと言いたげだ。
「白州から来たこの娘も凄かったね。内なる気迫が滲み出てたよ」
若い男が嬉しそうに目を細める。今にも勝負を仕掛けに行きそうだ。監督の男が若い男の頭を抑え、動くのを阻止した。
「私あの剣舞の型、どこかで見覚えがあるんですよねぇ。まさか無いとは思うんですが」
女性は目を閉じると「どこの誰でしたかねえ」と小声で呟きしばらくして、思い出せないという様子で、ゆっくりと首を振った。
「……実力拮抗か」「貧乏くじですね」「もう目隠しで決めちゃわない? どうせみんな皇太子宮配属だよ」
三者三様、受験者の成績を眺めてため息を吐いた。
◆◆◆
武殿試、合格発表の日。
武官宿舎の入口に、人集りができている。
人集りの中心には、一つの立て看板があった。
『武殿試合格者名簿
状元・流明蘭
榜眼・柴 蒼雲
探花・炎 香玉
上位合格者以上。中位合格者…………』
他の武殿試受験者と同じく、立て看板を見ていた私は、自分の名前が一番最初に書かれているのを、何度も確認して頬をつねる。
夢じゃない。私は試験に合格したんだ! それも状元!! これでお嬢様の……
知らず涙が零れ落ち……
「俺が榜眼だと……!?」
感傷に浸る私を遮るように、横から呆然とした声が聞こえてきた。