雪羽の過去
私がまだ幼い宮女見習いだった頃、同室の友人に香梅という娘がいたの。
明るくて元気な娘で、同室の娘たちはみんな、その娘のことが好きだった。
先帝陛下が水貴妃様に殺された事件は、もちろん知ってるよね?
この事件の日のこと。よく覚えてる。
先帝陛下が水貴妃様の宮で、一緒に夕餉を召し上がられた後、血を吐いて倒れられて、医官の治療虚しく亡くなられたとき、私は部屋に戻ってこない香梅を探してた。
彼女は好奇心旺盛な娘だったから、夕方の自由時間によく出歩いてて、その日もどこかに遊びに行ってるんだと思ってた。
だけど、あまりにも帰って来るのが遅いから、心配になって、他の娘たちと手分けして、探すことになったわけ。
香梅を探してるさなか、急に大人たちがばたばたして、まあ、今なら先帝陛下が亡くなられた時間だって分かるけど、その鬼気迫るようすに怯えながら、池の上の橋にまできた時だった。
あの娘を見つけたの。赤く染った池に浮かんだあの娘を。
私は悲鳴を上げたんだと思う。そばにいた大人が香梅を池から引き揚げてくれた。
背中に刺し傷、殺されてるってその人が他の大人と話してた。
私は信じられなくて、薬房に走ったの。
万能薬と言われる天龍草を手に入れるために。
幼かったから、天龍草を飲ませれば、死者でも生き返ると思ったの。
◆◆◆
「で、薬房で天龍草を盗もうとしたら、あの時はまだ一介の宮女だった、今の柴貴妃様の宮女長に見つかって、死罪になりたくなければ、手足となって働くようにと言われて、この有り様ってわけ」
淡々と語った雪羽。そのあまりの内容に、私は彼女の肩を揺すった。
「ちょっと待って、さらっと殺人事件が起きてるんだけど!? え、香梅さん、誰に殺されたの……? その事件って、解決してるんですか?」
人死は珍しいことじゃないけど、後宮での殺人は事件だ。いや、市井でも事件だってば! だけど、後宮は皇帝陛下の物だから、そんな場所での殺人は、皇帝陛下の権威に対する挑戦に、他ならないんじゃない?
「解決してないけど。あの時の大人もあれ以来見てないし、香梅の遺体も何処に行っちゃったのか」
またしても雪羽は淡々と答えてくる。
「探さなかったの!? 友達だったのに?」
私は今でもお嬢様を探してるのに。きっと生きてると思って、探してたのに……。なぜ、お嬢様は亡くなられてしまったんだろうっ。亡骸でもいい! 会いたいです……お嬢様。
「私だって探したかったけど、宮女見習いにそんな余裕あると思わないで」
「ごめん」
雪羽に険しい表情で睨まれ、素直に頭を下げた。
宮女見習いには、自由時間が少ないと聞いたことがある。ましてや、雪羽は柴貴妃付きの宮女長に利用されていた。自由時間なんて、ないに等しかったんだろうな。
「気になるなら、貴女が探して。私は探すことができないから」
「どうして?」
もしかして、これから先も、柴貴妃に利用されながら生きていくつもりなのかな……。
雪羽は穏やかな表情をしている。まるで、憑き物が落ちたかのような表情。
「私は皇后陛下に毒を盛っていたの。そのことを皇后陛下に告白しようと思って。皇太子殿下の政敵が、これで一人減ることになるの。貴女にとって、殿下の敵が減るのはいいことでしょ。助けてくれたお礼だから、受け取って」
「そんなことをしたら雪羽は……」
毒酒を賜ることになるか、斬首刑になるか、もっと酷い刑罰を受けることになるかも。いずれにしても、死からは逃れられない。
「大罪人として死を賜るでしょうね。だから、貴女が私の代わりに、香梅の死の真相を突き止めて。お願い」
雪羽が私の手を握り締めて、穏やかに微笑んだ。
何を言っても決意は変わらないんだろうな。それなら私は、雪羽の願いを叶えよう。お嬢様の死と香梅さんの死。水貴妃の事件を調べてて亡くなられたお嬢様と、事件の日に殺された香梅さん。二人の死はどちらも事件と関係がある。
水貴妃の皇帝陛下弑逆事件……濡れ衣? お嬢様は濡れ衣かもと日記に書いてた。香梅さんは事件の日に殺されてる。香梅さんの死の真相を突き止めたら、お嬢様が知った何かを知ることができるのかな……。
私は雪羽の手を握り返して、ゆっくりと頷いた。




