雪羽と柴貴妃
飛翔様の弟のせいで、錦衣衛について聞けなかった私は、時間を持て余し休暇中にも関わらず、武官姿で後宮に忍び込んでいた。
蝶華様の側近武官としての身分があるから、忍び込んだとは言っても、誰かに見つかったからと言って、不審者として捕まることはない。
ただ、宮女姿より身動きが取りやすいから、武官姿で来たことで、宮女に騒がれるのが嫌だった。
だから、後宮にこっそり忍び込み、雪羽の動向を確認しようとしてるわけである。
薬房近くの木に登り、人々の動きを観察する。
医局の医官や、妃付きの宮女、後宮の武官、さまざまな人が、薬を求めてやって来ては去って行く。
雪羽はここの宮女だと主張していた。
あれが本当のことなら、ここで見張ってればいつかは見つけることができると思うんだけど。
夕方、人の流れが落ち着いたとき、妃の宮がある方角から、派手な一団がやってきた。
その一団を見かけた人たちは、次々と道をあけて平伏する。
位の高い妃らしい。
「雪羽? 居るのは分かってるのよ! 出てきなさい!」
一団の先頭に立ってる、一際派手な女性が、金切り声で薬房の中に向かって叫ぶ。
いたくご立腹みたい。
「柴貴妃様」
薬房の中から雪羽が姿を現して、震えながら平伏した。
「私、言ったわよね? 皇后陛下のために薬湯を煎じるようにって」
雪羽に柴貴妃様と呼ばれた派手な女性が、高慢な態度で雪羽の顎を扇で持ち上げ、前屈みになり言い放つ。
あの薬湯は柴貴妃の命令で用意された物だったんだ……。あの中に、冥龍根も入れてたとしたら、それも、あの貴妃の命令で? だったら、皇后陛下を毒殺しようとしてるのは、柴貴妃ってこと? もっと詳しく確認しないと、分からないことだから、様子を見ていよう。
「は、はい」
雪羽はそんな柴貴妃の行為に抵抗できないのか、目を瞑って頷いている。
「なのに、どうしてなのかしら? 昨日から、仕事、放棄してるわよね? 罰されたいの?」
柴貴妃は扇で雪羽の頬をつつきながら、首を傾げた。
「そ、そんな! 貴妃様ッ、お許しくださいッ! どうか、どうかッ」
雪羽が柴貴妃に縋りつき、許しを乞う。
「そうねぇ。また、仕事を放棄されても困るし、死なない程度に打ち据えて」
そんな雪羽を柴貴妃はぞんざいに振り払い、扇で顔を隠して、傍付きらしい武官に命令した。
「貴妃様ッ」
柴貴妃とその宮女たちが仄暗い微笑を浮かべ、武官に打ち据えられる雪羽を見ている。
上級妃だからと言っても、これはやり過ぎでは? あのままだと、うっかり死んじゃうかもしれない。とめないと。
「それ以上はお辞めください」
木から飛び降り、服についた木の葉を払いながら、柴貴妃に声をかける。
「あなた、だぁれ? 見ない顔ね」
「皇太子殿下付きの武官、明蘭と申します」
本当は蝶華様の武官だと名乗った方がいいのかもだけど、蝶華様に迷惑はかけたくない。
それに、殿下の名前を出した方が、引き下がってくれるかもしれないし。
そんな内心をお首にも出さないで、自己紹介した。
「……殿下がここに来ているの?」
「今は来ていませんが、この騒ぎを殿下がお知りになったら、どうなさるか」
殿下の性格は知らないけど、後宮を探るよう飛翔様を通して私に指示した人だから、後宮で騒ぎがあれば、原因を突き止めようとするんじゃないかな。
「……戻るわよ」
「はい。貴妃様」
柴貴妃が大人しく引き下がったのを見るに、私の推測は間違ってなかったみたい。
◆◆◆
周囲に誰も居なくなった後、薬房内で雪羽の怪我を確認する。
雪羽の背中には、古い物から最近できたと思われる物まで、多くの傷痕があった。
医局に連れて行かれるのを嫌がったのは、この傷痕を見られたくなかったから、なのかな。
「皇太子殿下付きの武官だったの?」
「実は、そうなんです」
まあ、殿下には一度もお会いしたことはないし、今は蝶華様の護衛武官ってことになってるけど!
「雪羽さんは、柴貴妃付きの宮女、というわけではないんですよね?」
薬房の宮女なのに、なんで柴貴妃に従ってるんだろう。
「……弱みを握られてるの」
先程打ち据えられて出来た傷に、薬を塗ってあげると、その上から包帯を巻いた後、雪羽は話し出した。
「それって、どんな」
「昔、天龍草を盗んだことがあるの」
それって、バレたら即打ち首なのでは?!
私は唖然としながら、話しを続ける雪羽の後頭部を眺めていた。




