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女武官明蘭~龍の眠る国で~  作者: ヒトミ


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18/20

飛翔様の弟

城下町に行った翌日、錦衣衛の文官について聞くために、皇太子宮の飛翔様の私室前まで来た私は、華美(かび)な服装をした貴族に捕まっていた。


「兄上は何処にいる?」


文官にも武官にも見えないその青年は、前置きもなく、自身の使用人に対して命じるような口調で、私に尋ねてくる。


「……貴方はどなたですか?」


皇太子宮に入れて、偉そうな態度からして、上級貴族家の人だとは思うけど、誰だか分からない限り、答えようがない。


「馬鹿にしてんの? 兄上って言ったら兄上でしょ」


表情を険しくして、一向に自身の身分を明かしてこない青年。


だから、その兄上が誰だか分からないんですが? でも、飛翔様の私室前まで来てるってことは、もしかして、飛翔様の弟、とか?


「お兄さんとは、全く似てないんですね……」


飛翔様にはえも言われぬ威厳があるのに、弟は傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な子どもだなんて。


「……は?」

「お兄さんに聞いてくるので、少し待っててください」


飛翔様の私室の戸を叩き、入室許可を取り、私は部屋に入った。


「お仕事中すみません。飛翔様、弟さんがいらしてるんですが、お通ししてもいいですか?」

「……弟? あー、いいよ。すまないが、弟との話が終わるまで、明蘭は席を外してくれ」


執務机で、書類仕事をしていた飛翔様は、手を止めて考え込んだ後、何かしら思い当たったのか、弟さんを通す許可をくれた。


白武官は相変わらず、飛翔様の傍に控えてて、皇太子殿下の側近と言うより、飛翔様の側近なのではと言いたくなる。


「かしこまりました」


いつの間にか私への呼びかけが、そなたから名前になってて、ちょっとしたくすぐったさを感じてしまう。


錦衣衛の文官について聞きたかったけど、次の機会にするしかないか。


◆◆◆


明蘭が翔貴の元に通した人物は、彼女が部屋から居なくなった途端、不機嫌そうな表情で口を開いた。


「何、あの女?」

飛栄(ヒエイ)、口が悪い」


天飛栄。飛龍国の第二皇子であり、まさしく翔貴の腹違いの弟だ。


「だって、俺のことを知らなかったんだよ? 宮廷にいるのに有り得ないでしょ」


翔貴に(たしな)められた飛栄は、手近な椅子に腰を下ろすと、口を尖らせて不満を発した。


「誰もが、自身のことを知ってると思うのは(おご)りだな」


宮廷は広い。皇族の顔を知らない人間は大勢いる。初めて会った人物なら、それこそ私たちの顔を知らない可能性の方が高い。


「いやいや兄上、それはおかしいって! 俺たちは皇族だよ? 宮廷の人間なら当然知ってるべきだって」


納得できないと反論する飛栄。


「存在は知ってても、顔を見たことがなければ、その人だとは分からないだろう」


翔貴は根気強(こんきづよ)く説明した。


飛栄は考える頭を持っている。他人(ひと)の話を聞いて、正しいと思えれば受け入れる、度量の広さもある。視界が広がれば、分かってくれるだろう。


「あー、そう言われると、俺も、名前だけしか知らない人間、多いかも」


翔貴の言葉を自分の中で整理したらしい飛栄が、ゆっくりと頷いた。


「納得したか?」

「うん。やっぱ兄上が皇太子で正解だと思う。俺が皇帝になったら国が滅びそう」


分かってくれたようで何よりだが、なぜそこで、国の存亡に繋がるのか。


もし、私に何かがあり、飛栄が皇帝になったとしても、飛栄なら周囲と上手く付き合って、国を発展に導くこともできるだろう。


「……それはどうだろうな。ところで、ここに来たのは、何か用事があるからだろう? どうしたんだ?」


飛栄が、周囲に見られる危険を犯してまで、皇太子宮に来たのには、何か理由があるはずだ。


翔貴が首を傾げて飛栄を見ると、彼は真面目な表情になり、姿勢を正した。


「今度の狩猟大会でさ、まーた、おじい様が何か(たくら)んでそうなんだよね。今日はその忠告に来たってわけ」


心做(こころな)しか、小さくなった声。


本題はこれか。


「私とお前を比べるために?」


飛栄の母親は柴一族の者であり、その父親はお祖母様の弟、要するに、副宰相の息子である。


順当に行けば、次期副宰相ということでもある。


自身の孫を皇太子にしたくてうずうずしてる人物だ。もっとも、副宰相こそ、飛栄を皇太子にしたいと思ってるに違いないが。


狩猟大会のときに、名だたる貴族たちの前で、私が大失敗でもすれば、それを口実に皇太子の資格無しとして、皇太子の座を飛栄にすげ替えようとでもしているのだろう。


「そうそう。ほーんといい加減にして欲しいんだけどさ。俺も命は惜しいから」


飛栄は柴一族に縛られている。表立って反抗すれば、命すら危うい。


「忠告感謝する。誰かに見られる前に戻るといい」

「はーい。兄上、殺されないように気をつけてよ」


軽い態度だが、その表情は真剣そのもの。本気で心配してくれてるのが分かる。


飛栄が部屋から出て行くのを見送り、翔貴はため息をついた。


「飛栄殿下は、口は悪いですが、素直で良い方ですよね。母親に似ず」


翔貴の背後で影のように控えていた賢嵐が、静かに飛栄について発言してくる。


「ああ。だから、飛栄の境遇が不憫(ふびん)でならない」


母親が柴一族でなければ、もっと自由に生きられただろうに。


「柴一族の母親から生まれたばかりに、権力闘争の道具にされてますからね」

「いつか飛栄を自由にさせてやりたいところだ」


そのためには、飛栄を守りながら、柴一族という腐敗を取り除かなければならない。


「ええ。そうですね」


前途多難ではあるが、守るべき者たちのため、負けるわけにはいかないな。

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