一時の安らぎ
柴蒼雲。彼は柴一族ではあるが、家は一族の末端で、その暮らし向きは下級貴族と変わらない。
しかも、父親は見栄っ張りのくせに小心者で、義母親は贅沢好きの浪費家だった。
蒼雲は妾から生まれた子どもで、父親の無関心と義母親からの虐待、義兄からの虐めの中で育った。
従兄がいなければ、早々に刃傷沙汰でも犯して、この世からいなくなっていたかもしれない。
蒼雲は従兄の家に向かいながら、先程の同期の反応を振り返る。
一族のことを知らねえ人間がいるなんて、傑作だな! この俺を差し置いて、状元なのは気に入らねえが、好敵手として認めてやってもいい。
殴られて切れた口端。炎家の女に手当てされた部分に触れてみる。
怪我の手当てをしてくれたのは、あの女で二人目だな。手荒だったが、感謝してやらなくもない。
◆◆◆
「蒼雲様、そのお怪我は……!」
「また、派手にやったな。何があったんだ?」
家に着くと、従兄の才雅兄さんと、その奥さんに出迎えられた。
「殴られてた子どもを助けた。それだけ」
酔った大人が寄ってたかって、襤褸を纏った子どもを打ち据えていた。
多方、昼間から酒を飲み、目に付いた弱い者を、面白半分に虐めてたんだろうよ。
子どもを助けたのはいいが、派手に暴れたせいか、野次馬にまで、騒ぎが伝播しちまった。
状元の女と炎家の女。二人が騒ぎを鎮めてなければ、捕吏に捕まってたかもな。
「良いことをなさったのですね」
「偉い偉い」
奥さんには純粋な表情で褒められ、才雅兄さんには頭を撫でられる。
「子ども扱いすんなよ」
尊敬してる従兄とその奥さんに称賛されるのは、照れ臭い。
それでも蒼雲は従兄に頭を撫でられるがままになっていた。
「お腹が空いたでしょう? どうぞ、上がってください」
「彼女の手料理は美味いからな」
「知ってる」
従兄の惚気を聞きながら、穏やかに微笑む奥さんに促され、家の中に入った。
◆◆◆
才雅兄さんは、俺とは違って一族の中でも優秀な人物だ。
若くして文科挙に受かり、錦衣衛の文官になった。
柴一族にしては正義感の強い、真っ当な人間で、だから義兄に虐められてる俺を見つけると、毎回助けてくれたんだろう。
そんな兄さんが、一年前、川で溺れていた女性を助けたと、今の奥さんを連れて来た。
驚いたが、兄さんなら有り得ると、さほど抵抗もなく受け入れた。
奥さんには、川で溺れる前の記憶が無いらしいが、二人が幸せそうなら、そんなことは些細な問題だ。
柔らかく微笑み合う二人を見つめ、蒼雲は一時の安らぎを感じていた。




