春になったら
『春になったら、一度そちらに帰るわ。それまで、元気にしててね』
冬の間に届いた手紙には、そう書かれていたのに、春になったとき、霞家に来たのは、お嬢様の訃報を知らせる役人だった。
お嬢様を出迎える支度をしていた私と、霞家の人々は信じられない知らせに、時を止めた。
梅の花が美しく咲き乱れ、うぐいすが春の訪れを告げていたのに、私たちだけがそこから弾き出されたかのような沈黙が、辺りを支配した。
いち早く時を取り戻したのは当主様で、何があったのか、遺体は、もっと詳しく説明をと、役人に詰め寄った。
それなのに、役人の答えは知らぬ存ぜぬの一点張りで、引き留める私たちを尻目に、霞家を去って行った。
奥方様は、やはり都になど行かせるべきではなかったと呟かれ、屋敷の奥に籠られてしまい、若様は都に行くための路銀を数え始めていた。
お嬢様の葬儀を行なったときは、遺体がない棺に花を手向けはしたけど、実感も何も湧かず、ただただ、灰色の世界で息をしているだけだった。
『明蘭。このままでは、お前まで生ける屍になってしまうよ。遺体が無いのに、お嬢様が死んだと確信してるのかい? 探しに行ってみなさい。幸いそのための路銀は、若様が持っているのだから』
師父が道を示してくれたお陰で、世界に僅かながら色が戻り、私は武科挙を受け、都に行くことにした。
半年近く灰色の世界で過ごしていたから、州試を受け、都に出てくる時には、お嬢様の訃報から一年が経過していた。
◆◆◆
お嬢様、帰ってくると、手紙をくれてたじゃないですか……。
『嘘をついてごめんね。だけどね明蘭、私はどうしても、水一族の事件を調べたかったの。貴女のために』
お嬢様!? 私のためってどういうことですか?
『……目が覚める時間ね。もう行かないと。柴一族に気をつけて』
待ってくださいお嬢様ッ! 行かないで……!
「明蘭ちゃん! 大丈夫?」
お嬢様の影が消える。肩を揺さぶられ、私はぼんやりと目を開けた。
お嬢様が消えたと思ったら、お嬢様が上から心配げに覗き込んでいる。
「お嬢様! 良かった、もう会えないのかと!」
「ちょっと、明蘭ちゃん! どうしたの!?」
勢いよく抱き締めた腕の中から、お嬢様のものではない声がして、腕の中を確認する。
「香…玉、ごめん。ごめんなさい。もう少し、このままッ」
香玉だ。お嬢様じゃない。間違えてしまった。混同してしまうなんて、最低なことを。
「泣きたい時は、思いっきり泣いちゃいなさい。そして、気分が晴れたら出掛けましょう?」
その言葉が暖かくて、私は香玉を抱き締めたまま、一頻り涙を流した。
◆◆◆
全ての状況が、お嬢様の死を裏付けてくる。
だったらせめて、亡骸だけでも霞家に連れて帰りたい。
お嬢様を連れて行った錦衣衛。
それが誰だったのか、飛翔様に聞いてその人を尋ねてみよう。
「明蘭ちゃん、まだぼんやりしてるみたいね?」
「あ、せっかく城下町に来てるのに、ごめん」
私と香玉は今、飛龍城の城下町に来ていた。
驚いたことに、気絶して目覚めたときには、一夜が空けていた。
香玉と行く約束をしていた登龍会の宴会も、とっくに終わっていて、約束を反故にしてしまったと謝ると、彼女がそれなら城下町に出ようと誘ってきて、今に至っている。
「そうね、許さないわ」
「そんな……どうしたら、許してくれますか?」
香玉は慌てる私に悪戯っぽく笑いかけてくる。
「もう、明蘭ちゃんったら。本気にしちゃったの? 私が明蘭ちゃんを許さない訳がないじゃない!」
「……からかったんですね!」
許してもらうために、何をしたらいいか、懸命に考えたのにッ。
「でも、明蘭ちゃんが私のために、何かしてくれるなら、一緒に美味しい物でも食べに行きましょ?」
香玉の笑顔が眩しい。もしかしたら私は、お嬢様や香玉のような、小動物系の人に逆らえないのかも。
香玉の提案に頷くと、彼女は私の手を引いて歩き出した。




