怪しい宮女
皇后宮の外で立ち止まり、眉を寄せて宮女の手のひらを凝視し続けていたら、宮女の体がぴくりと動いた。
「……ここは?」
手のひらから視線を外し、宮女の顔を覗き込む。
「気が付いたんですね。良かった。医局に連れて行こうとしてたんですが」
まだ意識がぼんやりしてるみたいだから、このまま抱えて行った方がいいかも。
「医局ッ!? 下ろしてッ」
どこにそんな元気が?! と思うほどの勢いで、私の腕から逃れようと、上体を起こす宮女。
顔同士がぶつからないよう、私は素早く頭を上げた。
「待ってください! 急に動くと」
私が上体を逸らした拍子に、腕の中から逃れた宮女は、突然動いたことで目眩でも起こしたのか、またも倒れそうになる。
「ほら。大丈夫ですか?」
ふらつく宮女を支えながら、安心させるように笑いかけてみた。
「あ、ありがとう……。取り乱してごめんなさい」
宮女は険しかった表情を少し和らげる。
冷静さも取り戻してくれたみたい。
「どういたしまして。医局に行きたくないんですか?」
医局という言葉に反応したということは、医官に診られたくないか、診せられない理由でもあるのかな。
「医官の手を煩わせるほどのことではないから。原因は分かってるの」
宮女は痣がある方の手を摩りながら、私から視線を逸らす。
嘘をついてるのかも。失神するって、結構深刻な状態だと思うんだけど。とりあえず、探ってみよう。
「そうなんですね。それって、冥龍根を触ったからってことですか?」
「なッんで! 貴女……ここの宮女じゃないの? もしかして私をッ」
一気に警戒心を取り戻されてしまった。でも、この宮女の痣が、冥龍根のせいなのは、当たりらしい。
もし、皇后陛下のご病気が、あの薬湯を飲んでるせいなら、この宮女が皇后陛下に毒を盛ってるってことだよね。
一介の宮女に、皇后陛下を害する度胸があるとは思えない。指示した人がいるのかも。
この宮女と親しくなった方が良さそう。
「あの、落ち着いてください。私はただ、貴女が薬房の宮女だから、天龍草を煎じるときに、根まで触ってしまったのかなって、思っただけで」
宮女の警戒心を解くために、それらしい理由を伝えてみる。
「そ、そう……。だいたい貴女が今言った通りで合ってるから。助けてくれてありがとう。だけど、ここからは自分で戻れるから」
多少警戒は解いてくれたようだけど、宮女の視線が落ち着きなく揺れていて、これ以上しつこくすると、心を閉ざされてしまいそうだった。
「そうですか。だったら名前だけでも教えてください。また会うこともあると思うので。ちなみに私の名は明蘭です」
今日はこれで引き下がろう。
「……雪羽よ」
宮女あらため、雪羽は俯いたまま答えた後、薬房の方にゆっくりと歩いて行った。
皇后陛下には薬湯を飲むのをやめて貰った方がいいかも。本当にあの薬湯に冥龍根が使われてたら、命が危ない。
雪羽は怪しかった。白武官に報告しないと。
◆◆◆
後宮から出て、皇太子宮に向かう道の途中で、向かいから歩いてくる飛翔様と白武官に遭遇した。
ここから先には後宮しかないけど、どうしてこっちに向かって来てるんだろう。
「奇遇だな」
言葉とは裏腹に、飛翔様の表情に変化はなかった。
感情が分かりにくくて、少しやりづらい。
「そうですね。ちょうど良かったです。報告したいことがあったので」
飛翔様に合わせて私まで、返しが抑揚に乏しくなってしまった。
「驚いた。それこそ、奇遇だな。私もそなたに伝えたいことがあったんだ」
「あ、だからこっちに向かって来てたんですね!」
今度は飛翔様の表情に変化があったから、本当に驚いたんだと実感できて、なんだかホッとする。
表情のない人と会話するのは、緊張するんだよね。
「その通り。だが、道の真ん中で話すことではないな。場所を変えよう」
飛翔様の言葉に頷くと、飛翔様は皇太子宮に向かって歩き出した。
◆◆◆
てっきり皇太子殿下も交えて話すのかと思ったのに。
飛翔様が向かったのは、皇太子宮にある飛翔様の私室だった。
皇太子宮に私室がある文官って、聞いた事無いんだけど。それとも、私が知らなかっただけで、普通のことなの?
も、もしかして、飛翔様って、次期宰相候補とか!?
有り得そうで、冷や汗が出てきた。
「では、そなたの報告から聞かせて貰おう」
執務机を隔てて、相向かいに座ってる飛翔様が、落ち着いた声音で聞いてくる。
その言い慣れた様子に、私は確信した。
やっぱり、飛翔様は次期宰相様なんだ!!
簡潔に、分かりやすく! 要点だけ! 頑張れ私!
「はい! 怪しい宮女を見つけました。それから、皇后陛下なのですが、毒を盛られてる可能性があります。よって、皇后陛下には薬湯を飲まないように、進言する必要があると思われます! 怪しい宮女については、引き続き監視兼護衛のため、近付くつもりです!」
やりきった。
一息で全ての報告を終え、脱力する。
呼吸を整え、しばらくしても返答がないから、どうしたのかと、飛翔様と白武官を見た。
二人は揃って目を丸くしていた。
「どうか、されましたか?」
何か、間違ったことでもしてしまったのかな!? ちょっ、師父! 目上の人に何か報告するときは、簡潔に、分かりやすく、要点だけ伝えるようにって言ってたじゃないですか!
飛翔様が、肩を震わせて俯いた。白武官は、私から視線を外し、片手で口を抑えて軽く咳払い。
お、怒らせてしまった!? 師父の嘘つきッ。
青褪める私をよそに、俯いた飛翔様の方から、笑い声が響いてきた。
空耳?
笑い声はだんだんと大きくなる。白武官が驚いた表情で飛翔様を見ていた。
空耳じゃなかった。爆笑されてる。
飛翔様は声を抑えようとしてるみたいだけど、抑えきれてない。むしろ、酷くなる一方。そこまで笑わなくても……。
◆◆◆
しばらく笑い続けた飛翔様は、笑い疲れたせいか、やっと落ち着き、姿勢を元に戻した。
白武官から渡された手巾で目元を拭ってる。
怒ってるわけじゃなくて良かったけど、なんか釈然としない。
「悪かった。皇后陛下には、そなたが言ったように進言しよう。その宮女についてだが、そなたの身に危険が及ばない範囲で監視するように」
「分かりました」
真面目な表情になった飛翔様が、的確な方針を示す。
あの笑いがなければ、流石次期宰相様って思えたのに。まあ、緊張し過ぎなくて済むから、良いことにしとこう。
「今度は私の番だな。霞春麗の行方についてなんだが、彼女が行方不明になる前に、最後に会っていたらしい人物を見つけた」
それを先に言ってください!
私は自分の目が、カッと見開くのを感じた。




