天龍草と冥龍根
あれは昔、霞家の庭で、お嬢様と若様、みんなで一緒に遊んでいた時のこと。
冬の寒い日だったのに、私たちは寒さも知らず、雪玉を投げ合って遊んでた。
でもそのせいで、次の日お嬢様が熱を出して寝込んでしまったのである。
「しふ! おじょーさまが、びょうき! つらそう! なおしてください!」
あの時の私には、師父が絶対的な存在で、何でもできる神様みたいな人に見えていた。
だから、師父に助けを求めれば、すぐに解決してくれると、無茶な要求をしたんだろう。
「さて、治すにはそれなりの対価が必要だよ。明蘭は何を対価に差し出してくれるのかな?」
師父が扇子をパチンと閉ざして話すものだから、私は真剣にその話を聞いた。
「たいか?」
幼かったから対価の意味が分からず、首を傾げたのも良い思い出かな。
「お嬢様の病気を治した時の報酬、お礼のことだよ」
そんな私に、師父まで首を傾げて、分かりやすい言葉で言い直してきた。
今思えば、師父も決して神様という訳ではなく、ちょっと万能な人間ってだけで、私を育てるのに心を砕いてくれてたのかもしれない。
「おれい……わかった! はるになったら、しふに、はなかんむり、つくってあげる!」
師父の言葉の意味が理解できた私は、自信満々に手を挙げる。
色とりどりの花で作られた花冠は、町で売られている高価な髪飾り並に、当時の私を魅了した宝だったから、師父へのお礼の品に相応しい物だった。
「……花冠? なぜ、それが私への報酬になると?」
当然、師父には意味が分からなかったようで、理由を聞かれる。
「わかさまが、まえにつくってくれて、うれしかったから! しふも、うれしいかなって! だめ?」
お嬢様の弟であり、私の兄のような人でもある秀月若様。
花冠作りに熱中してた私に付き合ってくれて、その時に作った物を私に贈ってくれたんだよね。
あの時は本当に嬉しかった。
「あの花冠は若様に貰った物だったのか……手が早い。今度から稽古を厳しめに……」
「てがはやい? けいこをきびしくっ」
手が早いの意味は分からないけど、あれ、この時からだったのかも、師父の稽古が若様限定で厳しくなったのは。
ただでさえ、師父の稽古は容赦なかったのに!
「明蘭、お嬢様の病気を治してあげよう。だから、明蘭も約束を忘れずに、春になったら私のために、花冠を作っておくれ」
「わかった! ありがとう、しふ!」
その後、師父が煎じた薬湯で本当にお嬢様が回復し、私はますます師父への畏敬の念を深めたんだけど、その時師父が使った薬草が、天龍草という貴重な物だったことを、後から知ることになった。
天龍草の葉や茎には、体力回復、鎮痛効果、滋養強壮、まあ、なんというか、夢のような万能効果がある……らしい。
でも、その根には毒があり、根を触るだけでも体調不良を引き起こし、根を飲み続けると徐々に体が衰弱して、最悪の場合、冥府行きに!
特徴的なのが、根を触った部分が太陽の光に当たると、そこに龍の形をした火傷のような痣ができること。
だから、天龍草の根には冥龍根という別名があるのだそう。
偉大な龍までも冥府行きになる恐ろしい毒だという意味で。




