皇后宮にて
香玉とお風呂に入った翌日。
皇女宮に出勤した私は、さっそく蝶華様に昨日考えたことを提案してみた。
皇后宮に行くとき、宮女服で行くことを許して欲しいと。
「お母様には貴女を武官として紹介するのだけれど……宮女としての方が動きやすいのね?」
蝶華様は何かを察したかのように頷き、理解を示してくれる。
「武官姿だと目立ってしまうらしく……申し訳ございません」
後宮にも武官は沢山いるから、目立つことはないと思ってたのに、成長期によく伸びた身長で、宮女の注目を浴びることになるなんて。
どんよりとした気分で頭を下げる。
「謝らなくてもいいのよ? そうね……それなら完璧な宮女の装いにならなくてはね。桃凛!」
「はい、蝶華様! この桃凛。千変万化の名に恥じぬ化粧を施してみせます!」
蝶華様が手を叩くと、静かに控えていた桃凛さんが素早く反応する。
気持ちが通じ合ってるとしか思えない。
ところで、千変万化って何ですか!? 変装の達人ってことですかね?
「桃凛さんにそんな異名が……」
桃凛さんが変装して皇后宮の調査をしたら、案外簡単に異変を察知できたりして。
◆◆◆
蝶華様に連れられ、皇后宮にやってきた私は、皇后陛下の目前で跪いていた。
もちろん、完璧な宮女姿に成り済ましてるから、昨日のように騒がれることは無かった。
「顔をお上げなさい。貴女が蝶華の新しい側近武官なの? 宮女姿とは考えましたね。貴女が武官だとは誰も思わないでしょう」
蝶華様の紹介で、皇后陛下が病床から声をかけてくださった。
病床にいるとは思えないほど、威厳に満ちた声音で、自然と背筋が伸びる。
「お褒めいただき恐縮です。皇女殿下の御身を危険に晒さないよう、精進いたします」
皇后陛下に言われた通り顔を上げ、真っ直ぐに陛下の顔を見つめる。
「……澄んだ目をしてますね。その目が曇らないことを期待していますよ」
そういう皇后陛下の目こそ、曇りなく透き通っていて、その地位に相応しい人物だと思わせられた。
「お母様。今日の体調はどうですか?」
「最近は……見ての通り、起き上がるのでさえ大変なの」
「そうですか……」
蝶華様と皇后陛下が、身内同士の会話をされている時、部屋の外から入室許可を待つ声がした。
「お入りなさい」
「失礼致します。皇后陛下、薬湯をお持ち致しました」
「ありがとう」
皇后陛下が入室を許可すると、二十代くらいの若い宮女が薬湯を持って入ってきた。
薬房の宮女なのかな? それとも、皇后陛下付きの宮女? 昨日は見かけなかったと思うけど。
薬湯を皇后陛下に差し出した宮女は、陛下が薬湯を飲むのを手伝うと、空になった椀を持って立ち上がる。
そのまま部屋から下がろうとするが、ふらりと体をよろめかせ、私の方に倒れ込んできた。
「大丈夫ですか!?」
宮女の手から飛んだ椀と、ぐったりした宮女を抱き抱え、声をかける。
蝶華様と皇后陛下も心配そうな表情でこちらを見ていた。
脈は正常。呼吸は……少し乱れてる? 命に別状はなさそうだけど、素人判断はできないし、医局に連れて行った方が良さそう。
「皇后陛下、皇女殿下。今日はこれで下がらせていただいてもよろしいでしょうか?」
素早く宮女の様子を確認した後、蝶華様と皇后陛下に退室の許可を待つ。
「ええ。その者のためですね。早く医局に連れて行ってあげなさい」
「私には桃凛がいるから大丈夫よ。また何かあったら桃凛に声をかけてね」
皇后陛下と蝶華様、それぞれ快く許可してくれた。
皇族の方々はみんな、お二人のようにお心が広いんだろうか。
「ありがとうございます。失礼致します」
お嬢様の行方を探すために武官になったけど、こんな方々に仕えることができるなら、もっと早く武科挙を受ければ良かったな。
まあ、お嬢様の件が無ければ、武科挙を受けることすら考え無かっただろうから、こんな例え意味無いか。
◆◆◆
倒れた宮女を横抱きにして皇后宮を抜ける。
それにしても、脈も呼吸も正常に近いのに、この人はどうして倒れたの? 過労……? あれ……この痣は?
なんとはなしに、宮女を見ていると、力無く垂れ下がった手のひらに、龍のような形の痣があるのを発見した。
龍の形をした火傷のような痣。これは……昔、師父が教えてくれた、冥龍根の……毒!?




