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聖廉  作者: 娑婆聖堂
2/2

聖簾市円還町

「お前は大きすぎる」


 男は女に言った。


「私はd2。面白みのない名前だし、まあデイズとかでいいよ。ここは日本だから「ここは日本ではない」日々(ひび)かな。君の名前は?」


 大きな少女、日々は男に尋ねた。


「190センチ以上の女は、探せばいるだろうが、そういう問題ではない。お前のそれは成長ではなく拡大だ。普通ではない」


「ウサミミついているから――かわいいね――まあ白兎(しろうさぎ)くんでいいかな。それともハクトとか?好きなのを選ぶといい」


 男、暫定的に白兎(しろうさぎ)と呼ばれた男は自分の状態を確認する。隅から隅まで真っ黒の服装だった。


「兎といえば白兎だからね。さあ、仕事の時間だ。今日は登録だけ済ませればいいから、すぐに終わるよ」


「俺は未成年だ」


「私も肉体的にはそうだよ」


 会話がようやくかみ合った。それは止まった時計が日に二度正確な時間を指すのに似ていたが、意思の疎通がはかられていることには違いない。

 そしてこれまで世界を否定するだけだった白兎も、ようやく素直な疑問を伝える。


「なぜ大きい」


「老化を凍結するかわりに成長が止まらないようになってるんだ。2メートル半あたりから内臓に異常が出はじめて、4メートルを超えると自壊するらしい。骨格と腱が耐えられなくなるんだね」


「ただ止めることはできないのか?」


「技術的には可能、なんだけどダメなんだよね。精神が持たない。肉体が硬いと柔らかい魂が傷つくらしいんだよ。大きくなったら小さくする、なんて小手先も通じない。広義の不変は発狂をもたらす。ちょうど君みたいにね」


「俺は狂ってなどいない」


 白兎は束の間沈黙して、一言付け加える。


「今は」


「そりゃね。ずっと狂ってるんだったらそれが普通じゃない?狂っている人間はたまに正気に戻るものさ。君みたいに。そしてすぐ狂い直す。そんな人たちを効果的に活用するのが、我ら厭夢課の役割なのさ」


 白兎は眼球をぐるりと回し、部屋を見渡す。それほど大きくはない。学校の教室より少し狭い。灰色の床と壁は、効率以外の何ものも求めてはいないようだ。市役所にしても殺風景が過ぎる。

 

 この区画に入る前に見た立て札には、厭夢課と書いてあった。つまりここが日々と名乗る女たちの職場なのだろう。

 だが役所にしては人がいない。訪れる市民もそうだし、働いている人間すらも見えなかった。そもそもこの世界に自分たち以外の人間がいるかも怪しいものだが。


「人がいない」


「長くいればどっかから現れるよ。そんなことより仕事だ」


 白兎は人の痕跡を探し始める。住人が消えて数十年たつような廃墟とは思えない。あるいは理由があって隠れているのかもしれない。そして理由には不足しない場所に思えた。

 どこかに行先を示す手掛かりがないかと、廊下に出て、等間隔に並ぶドアを片端から開ける。

 真新しい紙と、乾ききらないインクの臭い。ファイルの並んだ机の上に、飲み物が置いてある。だいたい机四つにつき、一つの割合か。デスクワークなら当然である。そして飲み物は置かれたまま、人は誰一人いない。これは異常だった。


「出口はそっちじゃないよ。まずは窓を見てもらおうか」


 白兎は口がつけられていなさそうなコップを取り、中身を飲み干す。


「コーヒーか。インスタントだ」


「ネスカフェじゃない?あそこに城が見えるだろう?あれが聖簾の中心。誰も近づけない城だ」


 白兎は横目で窓を見る。市街地はモザイク模様を描きながら積み重なり、中心の城へと渦を巻いている。

 いくつかの高層ビルに隠されるように、輝く城の天守閣は建っていた。


「衛兵がいるのか」


「いや、いるかもしれないけど、それ以前に近づけないんだ。周りの街が迷路みたいになってる」


 街の隣り合っても混ざり合わない色は、材質も様式も異なる建築が、全くの無作為に集まっていることでできている。瓦と白塗りの壁は、赤レンガのビルに接続され、その上に風雨に当たって灰色を濃くしたコンクリートが接ぎ木されている。

 現代美術でもなければあえて作る者もいないような、不格好な街並みだった。そして恐らくは人間の仕業ではない。


「見た目以上に入り組んでいるよ。空間がいかれていてね。あそこでの仕事はまだ早いかな」


 もちろん白兎もあんな場所へ行こうとは思わない。あからさまに普通ではない場所だ。自分の帰るべき所ではないと、記憶がなくともわかる。


「記憶」


 ふとそのことに気づき、白兎は己の過去に向き合ってみる。何も浮かんでは来なかった。


「俺は記憶喪失だ」


「忘れてるだけさ。みんな長い間さまよっているからね」


 記憶喪失は通常大ごとである。白兎のおぼろげな常識でもそれくらいのことは分かる。

 だが日々の口ぶりからすれば、珍しい事案でもなさそうだった。


「君にはまず団地の探索をしてもらう。君のいた大辻大月団地とは別の、つい最近発生したばかりの団地でね。大一大万大吉大悟団地だ。大四つだから、かなり厄介なことになるはずだよ。行ってきて」


「名前が長すぎる。団地の名前は光が丘などの無意味に明るいものが一般的だ」


「光が丘?丘が光るわけないでしょ?狂気が残ってるんじゃないの?その点大四つはその名の通りとてつもなく大きい。つまり理屈に合っている」


 白兎は口に手を当てて、しばらく考え込んだ。


「確かにお前の言う通りだ。光が丘より大一大万大吉大悟のほうが正しい」


「わかってくれて嬉しいよ。さ、車に乗って」


 車は古い日本製のスポーツカーだった。古い車によくある、角ばった細長い車体。白兎は見覚えがある気がしたが、名前までは浮かばなかった。


「車に興味があった覚えはない。つまりこの車はかなり有名な車種だ」


「すでに何人か現場入りしてるから、見つけ次第パーティーを組んでほしい」


 車は町の中心とは反対のほうへと進み、人家さえもまばらになる。


「お前の部下はどこへ行った」


 白兎は、いつの間にか自分と日々以外の人間が消え失せていることに気づいた。少なくとも市役所に愛る時までは、一個小隊ばかりの武装した職員がいたはずだった。彼らがどこかへ移動した記憶はない。いつの間にか視界からいなくなっていた。


「同じ場所に存在しきれなくなったんだ」


 日々はそれだけ言った後ハンドルを切り、しばらくして思い出したように付け加えた。


「よくある話さ」


 団地が見えてきた。それは放棄された田畑の中心に、落下したかのように唐突に現れた。

 田んぼのあぜ道を切断するように壁が張り巡らされ、入り口には非実用的なほどに長大な名前が掲げてある。大一大万大吉大悟団地。


「外へ影響を与えるおうな何かがあれば封印して。できれば団地ごと破壊してほしい」


 日々は無茶を言った。


「人間は一人で団地を破壊できない」


 白兎はにべもなく答える。

 日々はそれを聞いて微笑んだ。


「君、この世の不思議は何かが存在しないことではなく、何かが存在するということなんだよ」


「どういうことだ」


「こんな団地、存在するわけがないだろう?」


 白兎は考える。空間を切り取ったかのように現れた無数の建物。前触れなく出たり消えたりする人間。自分も含めた、長大な時間を存在するだけの異形たち。

 結論は一つだ。


「そうだ。存在するわけがない」


「なら壊せる。存在しないから。無に帰せる。そうでしょ?」


 白兎はうなずいた。


「その通りだ」


 車から降りて、白兎は門をくぐった。出たと思ったら似たような、さらにひどい場所に入る。理不尽なようだが、それが人生だった。




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