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第9話:かっこ悪い俺が君の為に出来ること

 その後のことはあまりよく覚えていない。俺たちは遊園地を後にし、気がついたら解散していた。


 時刻は午後三時少し前、思った以上に早い帰宅だ。俺は寝転がると力無く天井を見上げる。


「迷惑をかけてる……か……」


 その言葉を口にした瞬間、未来はまるで魔法が解けてしまったかのように意気消沈していた。


 きっと彼女にとってこれまでのことは『暴走』に近かったのだろう。憧れだと言ってくれた俺との出会い、同じ趣味で盛り上がり、グッズを見て感動し、コスプレをして資料集めをする。普通に考えれば、出会って数回のステップアップではない。


 だがあのカメラ男に俺が馬鹿にされて、いやもっと厳密に言えば、そのカメラ男の言動を見て未来は自身を鑑みてしまった。そして思ったのだろう。未来が俺にしている身勝手な行動は、あのカメラ男と同じなのではないかと。


 未来の行動と提案を俺は別に嫌がってはいない。それに嫌なことを嫌と言えないほど、俺はもう子供ではなかった。


 だがその考えは未来には届いていない。当然だ。客観的に見れば俺は彼女に振り回されているだけのお人よしにしか見えないのだから。


「似合ってるって……もっとちゃんと言葉にすれば良かったな」


 遊園地で撮った写真を表示する。そこには今日一日で百枚近く撮った未来の姿があった。


 慣れないコスプレでぎこちないものが多い。だがそれでもその懸命さはヒシヒシと伝わってきた。


 未来にとって今日のことは決して遊びではなかった。そんな本気の彼女に俺は応えられていただろうか。


「……応えられていたら迷惑なんて言葉でないよな」


 今はとても写真を送れる状況でないので、そのままスマホの画面を消す。ごろんと転がると見慣れないサイドバックが視界に入った。


「そっか、前園さんのバックそのまま持って帰ってきちゃったんだ」


 その重さから中身はコスプレの洋服ではないだろう。それにこの荷物を持っている時に、どこからともなく食欲を掻き立てる匂いをしたのを覚えている。


 予想が正しければこのまま放置するのもまずい。悪いと思いながらもサイドバックのチャックを開ける。


「……やっぱりそうだよな」


 中には二段のお重、その上にはおにぎりが四つ置かれていた。未来の作ったお弁当を見ながら、俺は大きく息を吸い込む。そして「フゥー」と声に出しながら息を吐き出していった。


「今日の出来事はやり直せない。言葉で話したところできっと何も伝わらない。そんな俺に何が出来る?」


 その答えは初めから決まっている。俺にはこの方法しかできないし、この方法でしか未来に想いが伝わらない気がした。気合いを込めるとパソコンの前に移動し、キーボードに手を添える。


「……本当ならここで一発バシッと新作を書けたらかっこいいんだろうな」


 だが俺の脳は一文字すら新たな作品を思いつくことはない。全てを出し切り燃えカスになった俺は新たに火を起こすことは出来なかった。


「だけど燃えカスにだって出来ることはある。この残り火で俺に出来ることは……」


――――カタ、カタカタカタ。


 ずっと、ずっと一文字も書き進められなかった文章を、その記憶のまま紡いでいくのだった。



 次の日の午後。時間ぴったりにアパートのチャイムが鳴る。玄関の扉を開けるとうつむき加減の未来がいた。


 未来は何も喋らない。そんな彼女を俺は身振りで部屋の中に案内する。


「急に呼び出して悪いな」


「……いえ、私がこれまでしていたことに比べたら全然です」


 やはり昨日のことが心に突き刺さっているようだ。思わず声を挙げそうになる。だがここで何を伝えても彼女には届かないだろう。俺が未来の対面に座ると彼女が顔を上げる。


「あの古川さん私――――」

「まず前園さんに一つ謝らなくちゃいけないことがある。これのことなんだけど」


 言葉を被せると会話の流れを無理やり自分に寄せる。俺はサイドバックを勢いよくガラステーブルに置く。


「勝手に開けてあまつさえ中身も全て食べてしまった。本当に申し訳ない」


 そう言ってピカピカにしたお重を見せる。未来はそれを見て目を丸くするが、またすぐに顔を俯かせた。


「すみません。私が回収しなかったせいで古川さんに気を――――」

「美味しかった」

「えっ?」

「前園さんのお弁当、唐揚げやサラダ、ウィンナーとかがバランスが良くて入っててもボリュームも味も満足感がすごかった。それに甘めの卵焼きのふわっとした食感と甘みが絶妙で、本当に箸が止まらなかった。コスプレの準備もあっただろうに、忙しい中本当にありがとうな」

「ですが古川さんへの迷惑を考えたら――――」

「エレナのコスプレも凄く可愛かった」

「…………ふぇっ?」


 ストレートな褒め言葉で未来あっけにとられる。ネガティブな流れには絶対に持っていかせない。俺は昨日言葉に出来なかった想いを心のままに口にする。


「体型の話だからこう言っていいかわからないけど、小柄な前園さんにエレナのコスプレは凄くよく似合ってた。それに時折見せる儚げな表情は本当にエレナが目の前にいるかと思ったくらいだ」

「そ、そんな。私にはエレナ様を美しさを全然表現できませんでした。だってそのせいで昨日は」

「周りは関係ない。今は俺の話をしてるんだ。前園さんは本当に可愛かったよ」

「は、はいっ」


 そう言うと未来は再び俯いてしまう。だがそれは先程の後ろ向きなものではない。彼女は耳まで赤くすると髪の毛を指で弄る。俺はさらに言葉を続ける。


「俺個人としては誰でもない、エレナを本当に愛する前園さんのコスプレが見れて本当に嬉しかった。正直本当にエレナとデートしている気分になって人生でもトップクラスの幸せな時間だった。というか推しキャラの愛のあるリアルコスプレが見れて嬉しくないオタクなんているだろうか。いやいない!」


 グッとこぶしを握り力説すると、未来はあわあわと目をぐるぐるさせていた。


 少々羞恥はあるがこれで伝えるべきことは全て伝えた。俺はベッドの下に隠していた紙束を取り出すと机に置く。それを見て未来は目を見開いた。


「これは……?」

「言葉で伝えると安っぽくなると思う。だからまず読んでくれ」

「……はい、分かりました」


 未来はそれだけ言うと静かに文章を読み始めた。


(言葉は全て伝えられた。だが今の俺の文章で伝えることが出来るだろうか)


 一抹の不安が過る。彼女がそれを読み終わるのは長くても十五分といったところだろう。


 だが目の前で文章を読まれている俺からすれば、その時間は一時間にも二時間にも感じられた。


 目の前でこんなにじっくり文章を読まれるなんて何年ぶりだろうか。


 手汗が止まらない。背筋に寒気が走る。今すぐにでもこの場から逃げ出してしまいたい気持ちになる。だがそれでも席を外すことなく俺は未来と向き合い続けた。


 長い、長い十数分が終わると未来はすぐに俺の顔を見た。


「古川さん、これElena/zeroの」

「ああ、遊園地のシーンを書き直したんだ」

「このページ数を一日でですか!?」

「そんなに驚くほどの量じゃないよ。もともと内容は決まってるんだ。打ち直しだけならそこまで時間はかからない。それで……どうだったかな」


 情緒的になり過ぎて逆に読み辛くなっていないだろうか。前の方がテンポを良かったのではないだろうか。唾をゴクリと飲み込むと返答待つ。


 未来は再び目を落とすと、その紙に優しく触れていく。


「……人の息吹を感じました。アニメ本編前を題材にしたElena/zeroは必然エレナ様が感情に乏しいです。そのため当たり前と言えば当たり前ですが、本編と比べてキャラクター像が少しだけ乖離しているところがありました」


 そう言って未来ページを捲る。


「ですが周りの人物、並びに風景描写の解析を上げたことで、小説内のエレナ様のキャラクター像がブレなくても、相対的に感情の乏しさがより際立つようになっています。こちらの方がより自然でくどくないと思いました。それに……」

「それに?」

「感情の乏しさの話と矛盾してしまいますが、この文章は感情に訴えかけずとも、エレナ様の心がより豊かに伝わって来ました。すみません、上手く言葉に出来なくて、でも、とても、読んでいて幸せを貰えました」


 そう言葉にする未来の顔は少しだけほころんでいた。俺は自身の想いが伝わったことにほっと一息つく。


「この文章を書けたのは前園さんのおかげなんだ」

「私の……?」

「前園さんがいたからこれだけの文章が書けたんだ」

「……遊園地のことですよね。でも私は自分のことばかりで古川さんのことを何も考えていませんでした。実際、私の写真を撮ってもらうばかりでしたし」

「それで良かったんだよ、本当に」


 俺はテーブルの小説を持つと遊園地の描写に指を添える。


「俺には圧倒的に取材が、言うなれば実体験が足りなかった。だから人物描写以外がおざなりになることが多かった。でも……俺はずっとそれでもいいとも思っていた」


 改めて自分の文章を見る。そこには今までになかった活き活きした人の営みが書かれていた。


「俺は小説を書いてどうこうなろうって気持ちはない。好きなエレナの物語を俺の好きなように書ければあとはどうでもいい。ずっとそう思っていたんだ」

「思っていた? という事は今は違うんですか?」


 聞き返されると俺は未来の瞳を見つめる。彼女もまた目をそらすことなくこちらを見つめた。


「何ていうかさ……楽しかったんだ、自分の好きを人と分かち合うが」

「……楽しかった」

「時間を忘れて語り合うのも、自慢のグッズを見て驚く姿を見るのも、好きなキャラのコスプレを見せてもらうのも、好きなキャラのイラストをもらえたのも。そして……誰かに創作を見てもらえる嬉しさ、俺の書いた文章で前園さんが喜んでくれるのが何より嬉しかったんだ」

「……でも私は本当に何も」

「前園さんがいなかったらこの文章はここまでのクオリティにはならなかった。前園さんがいたから俺はこの文章を書くことが出来たんだ」

「……古川さん」

「俺は自分勝手で前園さんが思うような立派な文字書きじゃないんだ。正直、俺は前回のイベントで二次創作から引退するつもりだった。今だって精も魂も燃え尽きて新しい物語なんてからっきし浮かばないくらいだ」

「ですがそれなら余計に私のしていることは――――」

「それでも! それでも俺はまた文章を書くことが出来た。モヤモヤした気持ちのまま終わるはずだった創作活動を俺はまた続けることが出来たんだ」


 俺は小説を握りしめるとその決意を口にした。


「今の俺にはどこまでのことが出来るか分からない。そんな俺と…………これから一緒に本を作ってもらえないだろうか」


 握っていた小説を未来に突き出していく。未来少し戸惑っているように見えた。だが迷いながらもその視線を小説から外すことはない。未来は恐る恐るゆっくりとその手を伸ばす。


「私、冷たい人間ですよ」

「感情表現が難儀なだけで熱い心を持っているはずだ」

「周りが見えなくなってすぐ暴走しちゃいます」

「それだけ一生懸命だってことだな」

「すぐにカッとなってしまいますし」

「俺の代わりに怒ってくれたんだろ。嬉しかったよ」

「それに、それに……」


 未来は手を震わせながら俺を見る。


「私は、私は模写ばかりで自分の絵が描けません」

「描いてくれただろ。前園さんがくれた絵は俺の宝物だ」


 そう言って壁に飾られた笑顔のエレナを指さす。未来はそのイラストを見ると目に涙を浮かべる。そしてそのまま俺の小説を手に取った。


「……本当に、私でいいんですか」

「前園さんだからいいんだよ。まあ俺自身どこまで出来るか分からないところはあるけど、それでも全力を尽くすつもりだ」


 俺がそう答えると未来の頬に涙が流れる。その涙は留まることを知らない。だがそんな状況でも彼女のその顔は、今まで見たどの表情よりも感情豊かな笑顔だった。


「……改めて、よろしくお願いしますね古川さん」


 そう言って未来はもう一度優しく微笑んでいくのだった。



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