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第8話:『迷惑』の形

 新しい扉をこじ開けられそうになりながらも次々と撮影をしていく。


 俺の脚がつりかけたということで撮影角度もそれなりになり(それでもローアングルは多いが)しばらく経った頃だ。アトラクションでの撮影を終え森林スペースへと移動していた。


 通電していない遊具の多い場所は必然自然も多いため、こちらの方がコスプレイヤーもちらほら見えた。


 それはイコールカメラマンの姿も多いと言うことだ。その中の一人が未来声をかけてきた。


「……写真いいですか」


 ボソッとそれだけ言うと、了承もまたずにカメラを構える。しかも俺がしていたと同じかなりえぐいローアングルでだ。


「ちょ、ちょっとあんたいきなり何を」

「はぁ? オジサンと同じことしてるだけだろ」


 お前だってそんなに歳変わらないだろ。心の中でツッコミを入れると未来を庇うように前に立つ。


「俺とこの子は知り合いなんだよ。お互いの了承のもと、ああいう写真を撮ってるんだ」

「資料なら高画質の方がいいだろ。それをスマホなんかでパシャパシャと。君、SNSやってる? 良ければ後でちゃんとした写真送るよ」


 そう言って男はスマホを取り出し未来の方を見る。大の大人がこんなにも話が通じないのかと頭が痛くなる。


(いや、周りからしたら俺も若い子に付きまとってるおっさんか? まあ~、そうだよな~~、そうか~~)


 こんな綺麗な女の子と中年おっさんが知り合いなんて思わないもんな。


 それに彼の言うことも一理ある。素人の俺がスマホで撮るよりも、彼の馬鹿でかいカメラで撮影してもらったほうが資料としては有用なのではないだろうか。


 俺が答えあぐねていると未来が一歩前に出た。


「すみません。私たちはプライベートで撮影に来ているので今日のところはお引き取りください」

「だ、だけどこのコスイベントで出会えたのも縁だと思うんだよね。それにぼ、僕もそのキャラ好きなんだよね」


 まさかのマギカナイツファンか!? 意外な返答を聞いて少しだけ心が熱くなる。だがその後に述べられた言葉に冷水をかけられた。


「それ、バッドイーターのミリアでしょ、ぼ、僕あのシリーズは全作極めてるからよく知ってるんだ」


  それを皮切りにカメラ男はバッドイーターの知識をペラペラと喋っていく。俺は彼の言葉が上の空になるほど緊張と緊迫で内心張り裂けそうになっていた。


 バッドイーターはシリーズが1から4まで発売した大人気ゲームシリーズだ。俺はどれもプレイしたことないが、ミリアはその2に登場したキャラだというのは嫌という程知っている。


 それはなぜか。彼女の特徴がところどころエレナ・アイスハートに似ているからだ。


 マギカナイツのリアタイ時、ミリアの名前はエレナファンの間で禁句であり、同時にエレナを茶化すネタの言葉でもあった。


(怖い、怖い、怖い、怖い)


 俺の怒りや憤りはその当時全て発散している。だからもうそんな言葉で怒りはしない。だが現在進行形で燃え上がっている彼女はどうだろうか。


(いや、前園さんがミリアを知っているとは…………これは知ってるな)


 周りから見ればほとんど無表情だが、今の俺にはよくわかる。未来はどんどん顔が険しくすると彼の話をぶった切っていく。


「私の衣装はエレナ・アイスハート様のものです。貴方の言うキャラクターとは関係ないですから、余計に撮影もする必要ありませんよね」

「ま、またまた〜、その姿はどう見てもミリア――――」

「何度も言いますが私たちはプライベートで撮影に来ています! どうかお引き取りください!!」


 未来は今まで聞いたことないほど声を張り上げる。その言葉を聞いて辺りがざわめきだすと、奇異の眼差しが男に向けられた。その視線に耐えられず男は構えていたカメラを収める。


「な、なんだよ人がせっかく好意で言ってやってるのに。そんな無愛想な顔、こっちから願い下げだよ」


 捨て台詞を吐くとその場から離れていく。そして自分は関係ありませんよと言わんばかりにスマホを弄り出したようだ。


 とりあえずこれでもうこちらに来ることはないだろう。俺は一安心すると共に申し訳なさが湧いた。


「すまない。なんの役にも立てなくて」

「大丈夫です。それにこれは私のせいですから」

「えっ?」

「……私のコスプレがあまりにも拙かったからこんなことになったんです。もっと私がエレナ様を三割でも魅力を引き出せていたらこんなことにはならなかったはずです」

「そ、そんなことはない。前園さんのコスプレはちゃんとエレナ・アイスハートだ!」

「でも、実際には別のゲームのキャラクターと間違えられましたし」

「そ、それは…………」


 そんなことはないと声に出したかった。だが本気で落ち込んでいる未来を前に俺は何も口にすることが出来なかった。


 どちらが悪いわけでもないのに嫌な空気になってしまう。


 さらにぶっ通しで撮影をしていたため、まだお昼も食べておらず、気力も体力も限界だろう。時間としてはちょうどいいのかもしれない。


 俺が切り出そうとすると再び耳障りな声が聞こえてきた。


「何だよエレナってキャラ、マイナーアニメにでるパクリキャラじゃねえか」


 先程の男がこちらから視線を外しわざとらしく大声をあげる。男はスマホの画面を見ながらさらに続ける。


「キャラデザは凡庸でしかも脇役。小さいキャラにでかい武器持たせるとか安直でダサいキャラだよな。って、あまりの魅力のなさに独り言が大きくなってしまったなー!」


(――――あいつ!)


 あくまで独り言だと男は主張する。


(まずい、まずいぞ)


 俺はまだ我慢出来る。だがこのままでは未来がどのような行動をとるか分からない。もしかしたら取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。


 俺は急いで男の元に向かおうとする。だがその俺の腕を未来は掴んだ。その顔は完全に青ざめていた。


「お、落ち着いてください古川さん!」

「俺は冷静だけど……?」

「冷静な人はそんな怖い顔しません!」

「…………へっ?」


 予想外の言葉に驚きを隠せないが、俺自身の顔を見ることは出来ない。その代わりに未来が掴んでいる右腕を見る。限界まで握りこんだ拳は血管が浮かび上がっており、よく見ると食い込んだ爪で少しだけ出血していた。


(俺は……この拳で何をしようとしてたんだ?)


 社会人になり何度も理不尽には見舞われてきた。だがその度に自分を客観視し、理性で押しとどめることが出来ていた。それが大人というものだし、それが当たり前だ。なら今この手に滲む血は何なのだろうか。


(俺はいまキレてるのか? たかだかアニメのキャラクターを馬鹿にされただけで……いやたかだかじゃない。俺にとってやっぱりエレナ・アイスハートというキャラクターは……)


 未来が指摘してくれたおかげてクールダウンすることが出来た。ここでことを起こしてはそれこそ相手の思う壺だろう。その場で何度も何度も深呼吸すると無理やり心を落ち着かせた。


「いい大人なのに……かっこ悪いところ見せてすまない」

「そんな事ありませんよ。むしろ古川さんが怒ってなかったら、代わりに私が怒り狂っていたと思いますし」

「そう言ってもらえると救われるよ」


 もうとにかく無視だ無視。俺はカメラ男からわざとらしく視線を外す。それが面白くなかったのかカメラ男の言葉はさらにヒートアップする。


「レイヤーさんも可哀想だよな~。雇われだろうけどあんな古いアニメの恰好でローアングルで撮られるなんて。中年のおっさんのやることはほんと気持ち悪いな」


 どうやら矛先が俺に向いたようだが、どちらかと言えば好都合だ。エレナの悪口を言われるよりよっぽど気は楽だし、周りからそう見えるのも仕方はないだろう。これにてこの件はお終いだ。


「まああんなやつ気にしないでそろそろお昼に、うおぉぉっ!?」


 未来に突然腕を引っ張られるとズンズンとカメラ男の元に向かう。そのまま彼の目の前に立つと未来はカメラ男を睨みつけた。


「な、何だよ。ただの独り言だろ」

「ええ、そうですね。だから私の言葉もただの独り言です。私はマギカナイツのエレナ・アイスハートをどのキャラよりも愛しています。それに――――」


 そこで一度言葉を切ると俺の瞳を見つめる。未来はそのまま俺の腕に抱きつくとその体を押し付けてきた。


(お、おお、おおおぉぉぉぉ!!??)


 突然の柔らかい感触に頭の中が大混乱する。未来は甘える猫のように全身で体を抱きしめると言葉を続ける。


「それに私は全然不快に感じてはいません。貴方にされたら気持ち悪いですけど、悠介さんが喜んでくれるならどんな姿でもどんな格好でも見せてあげたいですから。ねぇー、悠介さん♡」

「えっ、あっ、お」

「ゆ・う・す・け・さん!」

「あ、ああ、そうだな未来!」


 勢いに蹴落とされるとそのまま腕を未来の肩に誘導される。俺は彼女を軽く抱きしめる形にさせられた。


「ぐ、ぐぎぎぎ、へ、へへ、どうせレスバで勝てないから金で言わせてるんだろう」

「そんなことありませんよーだ」

「そんなわけないだろう! じゃなきゃ、こんな年の離れた男女で昔の作品の撮影会なんてするわけない。金じゃないならお前がこの子の弱みでも握って無理やり付き合わせてるのか?」


 カメラ男がそう言った瞬間、勝気だった未来の声が一瞬にして静まる。


「無理やり……付き合わせてる……」

「それか君が底なしのお人よしかのどちらだ。可哀そうに貴重な休日を訳のわからない撮影会に潰されちまって」

「確かに古川さんは、それに私は勝手に休日の予定を……」

「今だってそうだ。僕のことなんて捨て置いておけばいいのに怒りに任せて君を巻き込んでる。全く切れやすいおっさんほど厄介なものはないよ」


 カメラ男は言うだけ言うとその場で地団太を踏み出した。


(…………いや、やばいなこのカメラ男)


 近年まれに見るほどの物言いに、怒りを通り越して哀れみすら覚え始める。それは周りにいる人も同じようで冷たい目でカメラ男を見ていた。


 この場において誰に非があるかと言われれば皆カメラ男の方であると口を揃えて言うだろう。それくらいの状況だ。


「……………」


 だからこそ俺は気づくことが出来なかった。思いすらしなかった。カメラ男の言葉を聞いて、未来の顔が徐々に曇りだしていることに。


 次の瞬間、誰が声をあげる。


『スタッフさん、こっちです』


 コスプレイヤーとカメラマンに引き連れられスタッフらしき屈強な男性が三人やって来る。スタッフはカメラ男を取り囲むと圧のある笑みを浮かべた。


「迷惑行為の報告があったのですが…………少しあちらでお話しましょうか」

「そ、そんな、僕は」

「よく見たらまた貴方ですか。言いましたよね、次迷惑行為をしたら出禁にするって。おい、連れていくぞ」

「「はいっ!」」


 屈強な二人が男を羽交い締めにされると男はズルズルとコスプレスペースから引き剥がされて行くのだった。


 男の背中が完全に見えなくなる。すると未来が思い切り頭を下げてきた。


「……すみませんでした古川さん」

「えっ、何が??」


 未来が謝罪する理由など何一つない。それは俺だけでなく、状況を知らない第三者見たとしてもそう思うだろう。だが未来の謝罪はカメラ男とのやり取りのことではなかったのだ。彼女は頭を下げたまま言葉を続ける。


「私、古川さんの事情を何も考えていなくて……イベントの時も、今日の遊園地のことも私が勝手に決めてしまって……」

「えっ、何を言って――――」

「ただでさえ私は自分のイラストのために古川さんに『迷惑』をかけています。それなのに大切な休日も振り回してしまって、私は、私は…………」


『迷惑』という言葉が俺の胸に重く突き刺さる。だが客観的に見たらそうなのかもしれない。俺という存在はイラストを描きあげるための下地であり提供者に過ぎない。


 俺はElena/zeroやその他の同人作品、さらに写真撮影などを通して彼女にギブを与え続けている。俺はその関係を別に不快には思っていない。だが未来側からしたらどうなのだろうか。


(出会って短いけど俺は前園さんとの交流をそれなりに楽しんでいる。それに嘘偽りは無い。だがそれだけだ。行動を客観的に見れば、俺はあくまで前園さんに付き合わされてここにいるだけなんだよな)


 自分の私欲のためだけに相手を振り回す。先程のカメラ男の言葉で、ずっと盛り上がり続けていた未来の気持ちが一気に現実に戻されてしまったのだろう。


 何か声をかけるべきだ。だがどんな声をかけても今は全てが薄っぺらくなってしまう気がした。それくらい今の俺には彼女に求めているものが存在していなかった。


 俺が言い淀んでいるうちに未来が顔を上げる。その表情は初めて見た時と同じく無機質な人形のようだった。


「もう資料としては十分です……帰りましょう古川さん」

「あ、あぁ……」


 結局、気の利いたことも言えず俺は頷くことしか出来なかった。


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