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第10話:これから歩むチームとして

 それからしばらくすると未来も落ち着いたようだ。涙で目は赤いがまたいつもの無表情に戻っていた。

(この無表情に逆に安心感を覚えるとは、慣れてくもんだな)


 だが本人からすればそれがコンプレックスなのでもちろん口にすることはない。俺は一度わざとらしく咳き込んでいく。


「これから二人で創作をするにあたって、取り急ぎ決めておきたいことがある。これは本当に大事なことだ」

「な、何でしょうか」

「まずはこれを受け取って欲しい」


 そう言って俺は茶封筒をテーブルに置く。未来は頭に疑問符を浮かべながら中身を見る。


「……………あの、このお金は?」

「遊園地のコスプレとカメラマン登録の費用、並びに俺が勝手に食べたお弁当の代金だ」

「い、いただけません! 遊園地での撮影は私の資料集めのためでしたし」

「俺の小説を見たから分かるはずだ。昨日の遊園地での経験は俺にとても有意義なものだった」

「ですがこの金額は流石に」

「じゃあ改めて俺からの条件の話だ。二人の創作に関わる金銭はどんなに少なくても俺が7、前園さんが3の割合で負担すること」

「 流石にそれは!? 私がバイトを増やせばいいだけの話ですよ!」

「その時間を創作に向けて欲しいんだ。大学生活なんて長いようであっという間だからな」

「ですが……」

「これは俺が前園さんとチームを組む条件だ。飲めないなら一緒に創作は出来ない」


 よどみなくピシャリと言うと、俺の真剣さが伝わったようだ。だが伝わってもらわなければ困る。やはりいつの時代も金銭のやり取りが人間関係を壊す一番の要因だ。


 今のところ俺はさほどお金には困っていない。貯えておくことに越したことはないが、それでも今は未来と本を作る以上にやりたいことはない。


 それは創作においても同じだ。新作を執筆しない俺の作業は専ら過去作品のリメイクだ。


 俺には金銭も時間もある程度の余裕がある。だからこそ未来には無駄なことに時間を割いて欲しくなかった。特に大学生活後半は卒論や就職活動もある。それを鑑みれば俺と彼女の時間はそこまで長くはないだろう。


 だがそれを全て伝える訳にもいかない。伝えてしまえば、『負担をかけないように気を使わせてしまっているという負担』を未来に与えてしまうからだ。


 だからこそ言葉の解釈は未来に任せることにする。


 俺の考えがどれだけ伝わったかは分からない。未来は表情を曇らせるとギューッと瞳を閉じる。まだ納得はし切れていないようだ。だが渋々と頷いた。


「…………分かりました。ですがそれでもこの金額は多いです」

「そしたらまた気が向いた時に弁当でも作ってくれ。甘めの卵焼きめっちゃ美味しかったからさ」


 俺がそう言うと未来は考える素振りをする。そしてしばらく経つと少しだけ意地の悪い顔をした。


「……では気が向いた時にそうさせていただきますね」

「おう、楽しみにしてるな」


 未来の含みある表情は少し気になるが、これにて一番大切な話は終えた。


「さてじゃあ話も終えたし今日はここら辺で――――」

「待ってください。私からも一つ提案があります。これはこれからチームで創作をするにあたって大切なことです」


 先程の俺のように淀みのない声をあげる。俺は緩んでいた気持ちを引き締め未来と向き合う。


「前園さんの言う大切なことって?」

「…………それです」

「それ? それって言うと??」

「その前園さんって言うのはやめましょう。せっかくチームを組むのにあまりにもよそよそしいですよ」

「えっ…………ああっ!ハンドルネームのほうがいいとかそんな感じかな」

「私は人にお見せする創作をまだしてないので、ハンドルネームはありません。そうでなくてですね」


 未来はそこで言葉を止めるとゆっくり息を吸い込んでいく。そしてそれを吐き出すように言葉を続けた。


「これから私の事は下の名前で呼んでください」

「下の名前って、こんなおっさんが呼ばれたら嫌じゃないか?」

「嫌ならそんな提案しませんよ。とにかく、私の事はこれから未来と呼んでください。それが古川さんに伝えるいま一番大切なことです」


 そうきっちり伝えるが、未来はすぐにじわじわと肩を竦めていく。表情からは読み解けない。だが彼女にとってこれが本当に伝えたいことだというのは何となくわかった。

(前園さんって結構体育会系? なんだな)


 そういった熱い青春を送ってこなかったので、彼女の意気込みはいまいち伝わってこない。だが彼女にとってそれが大切だと言うのなら、俺の答えは一つだ。


「それじゃあ未来さん」

「……私、随分と年下ですよ」

「未来ちゃん?」

「(プイッ)」

「…………………………未来、でいいのか?」

「はいっ!」


 顔を上げた未来は心なしかテンションが上がっている気がする。やはり学生はこういう展開に熱くなるものなのだろう。


 とりあえずセクハラやパワハラで訴えられないようで一安心だ。俺はほっと胸を撫で下ろすと、未来は声を弾ませてその名前を呼ぶ。


「一緒に最高のエレナ様を表現しましょうね、悠介さん」


 下の名前を呼ばれて思わずドキリとしてしまう。心音が少しだけ早くなるのが、そんな雑念を俺は全力で振り払った。


(一回り離れた子にドキリとか気持ち悪いおっさんそのものじゃねえか。彼女のエレナに対する真っ直ぐな感情を曲解するな中年! 馬鹿が恥を知れ!!)


 俺は苦笑いを浮かべながら脳内で自分をタコ殴りにする。未来はそんな俺の下心を感じ取り怒っているのだろうか。薄らと頬を赤くし視線を逸らしていくのだった。


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