9.猫を追う④ごろり。
――や、なんかそのしつけは、どっちも酷く歪んでいる気が。
子猫のトイレトレーニングは罰を与えてどうにかするものではないはず。また、幼い子供は服を汚すものだし、洗えば済むことではないだろうか。雪子を引き摺ったまま、飽きずに子猫を追い回している高科夫妻へ改めて視線を向けてみた。
――そういえば、なんで二人とも着替えてこなかったんだろう。
結婚式の帰りなのだから、父親が白ネクタイに黒のスーツで母親が黒留袖に草履だとしても、おかしなところはなにもない。
けれど、迷い猫捜索に出てくる前に、せめて汚れてもいい服装に着替えてくる暇ぐらいなかったのだろうか。スーツはともかく、着物のクリーニングにいくら掛かるのか、司には想像もつかなかった。衛生観念の強い家庭ならなおさらである。
そしてもうひとつ、奇妙なことに気付く。秋の虫達が鳴いているのだ。
立ち尽くしている自分と雪子の周りで、この騒ぎに痺れを切らした虫達が鳴き始めているのは理解できる。
けれど、ドタバタ駆け回っている高科夫妻の足元でも、虫達が平気で鳴き交わしているのだ。小さな子猫が通ってさえ、虫達も一瞬だけは鳴き止むというのに。
「コユキは本当にすばしっこい奴だなぁ――――おっと」
ふと、雪子の父親のぼやきに注意を向けた司の顔が、奇妙な形に歪んで固まる。
司が見ている眼の前で、父親の肩から何かがごろりと転がり落ちたのである。
いつの間にか肩に乗っていた子猫が飛び降りた、というわけではない。
父親の首から上が、なにか鋭いものでスッパリと切り取られたように無くなっていたのだ。隣に並ぶ雪子の母親もそれに――つれあいの頭部が無くなっていることに気付いたようで、
「だめねぇ、お父さん。頭が落ちてるじゃない。あんまり落とすと凹むわよ」
「ああ、悪い悪い」
そう返事を返したのは、自身の足元に転がっていた首自身だった。
母親がよっこらしょと言いながら重そうなそれを抱え上げて手渡すと、父親は自分の首を器用に肩の上へ乗せてみせた。
首の接合部分から染み出る血が、白いネクタイをどす黒い色に変色させていく。
「お父さんったら、うっかりさんね。そんなだから、ハンドルを切り損ねて――」
そう言いながら身繕いに念入りな雪子の母親は、ほつれた髪を盛んに額へ撫でつける。だが、よく見ればほつれ毛などではなく、額から流れ落ちる血だった。
何度拭ったところで、溢れ出る血など拭い切れるはずもない。雪子の母親の青白かった顔は、瞬く間に血で塗れた。
司の思考は軋んだ音を立て、いまにも止まってしまいそうだ。
なにもかもが夢で、本当の自分はベッドの中にいるのではないだろうか。
あるいは、これが思春期にありがちなヒステリーという奴なのか。集団ではないけれど。そして、これだけ血塗れだというのに、血の匂いはまるでしなかった。
本能的に飛び退こうとした司だが、左腕にしがみ付かれていることを失念していた。それが急に腕を放されてバランスを失い、司は下草に尻餅をついてしまう。
「…………雪子」
ただごとでは済まないとは思いつつ、司は座り込んだまま顔を上げた。