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3.セーラー服と白雪姫

本日3度目の投稿です。前回お読みになられてない方は、そちらを先にお読み下さいませ。

 

 

     *****



 雪子とはいつも一緒だった。


 といっても幼馴染などではなく、雪子と初めて出会ったのは一年とちょっと前の、中学三年の五月のことだ。


 誰が職員室で聴きつけてきたのか、受験も間近なこの時期に転入してくる女子生徒がたいそうな美少女だという噂で、司のクラスは持ち切りだった。

 そういう口さがない噂話は大抵『それほどでもない』という、当人にとっては甚だ失礼な評価に落ち着くわけだが、雪子に関しては違った。


 メタボリックな担任に連れられ教室に入ってきた雪子を一目見るなり、まるで教室中がひとつの生命体のように息を飲んだのを、司は今でもはっきり覚えている。


 ゴールデンウィーク明けで日差しが強くなり誰しも日に焼けていたにも関わらず、冬服のセーラー服に身を包んだ雪子だけは、文字通り名前のような白く滑らかな頬をしていた。まるでメラニン色素を持たないような肌の白さで、黒く濡れたような瞳の睫毛はふっさりと長く、形の良い小さな唇は僅かにピンク色をしていた。


 顔も手足も小作りで、プリーツスカートの下から華奢な膝頭を惜しげもなく晒している雪子を、まるで陶器でできた球体関節人形みたいだ、何十万円もするヤツ――となにやら性癖が露呈しそうな表現をした男子生徒がいるほどだった。


 そんな転校初日に強烈なインパクトを与えた雪子だが、決して近付きがたい雰囲気を保ち続けたわけではない。むしろ、ごく普通にクラスの女子生徒達の中に溶け込んだ。つまり、わが校の野暮ったい紺サージのセーラー服を、衣替え直前の暑くて敵わない時期に愛らしく着こなせるなんてと衝撃を持って迎えられたのだ。


 もっとも、教室の一番後ろ――なにせすでに身長百七十センチ――で大あくびをしていた浅黒い肌代表の司は、可憐な転校生に対してなんの感慨も持たなかった。


 空いていた隣の席に(くだん)の転入生が座った偶然から、間に合わなかった教科書を見せてやったり、移動授業の時に特別室へ案内しただけのことである。

 やっかむ男子生徒達に、じゃあ代わってくれよと言葉を返すと、内気な彼らはみな一様に目を泳がせて押し黙ってしまうのだった。


 また、夢見がちな誰かが、まるで白雪姫みたいとも呟いたのが不思議と耳に残った。テニス部の練習を終えて家に帰ってもまだそのことを覚えていた司は、ベッドに寝っ転がって興味本位でスマフォでググってみた。


 ネットによると、白雪姫の母親である王妃は針仕事中に誤って針で指を刺した。その血が雪の上に三滴、滴ったのを見て美しいと思った王妃は、雪のように肌が白く血のように頬が赤く、黒檀のように黒い髪の子供が欲しいと願ったのだ。


 望み通りの白雪姫を生んだ王妃は亡くなり、やがて意地悪な義母やってきて鏡よ鏡――となるのは、絵本やアニメ映画などの通りである。


 白雪姫というには、少し頬の赤みが足りないんじゃないかと、その時は思った。


 雪子が転校してきてから数日後、マンション敷地内ですでにロリータ趣味全開だった衣装の雪子とその母親に出会ってしまった。ご近所だったんですかと驚きをアピールしつつ、これがあの思いっきり指に針をぶっ刺した風変わりなセンスの白雪姫の母親なのかと、司は思い出し笑いを堪えるのに苦労したものだった。


 たまたま席が一番後ろで、隣が空いていた。たまたま、近所に住んでいた。


 そんな偶然から始まった二人の交流は、弁当を一緒に食べ、たわいのない雑談を交わし、忘れた宿題を見せて貰ったり、授業中寝ているところを起こされ――いつの間にか、学校で雪子と一緒にいるのが当たり前になっていたのだ。


 あまりに仲が良過ぎるように見えたのか、雪子とデキていると学校裏サイトの掲示板に書き込まれることさえあった。とはいえ、背が高くテニス部に所属しているせいか、司の周りは最初から女子生徒で満ち溢れていたので、それに雪子がひとり加わったところで、なんら抵抗を覚えることはなかった。


「雪子でも誰でも、テキトーなのを見繕って持って行きたまえよ、諸君」


 昼休み、なまっちろい腕をした男子生徒らと腕相撲をしながら、司は発破を掛けてやる。逞しい二の腕を持つ司とは対照的に、汗だくの彼らはぐぬぬと呻いた。


「君達は、どいつもこいつも恥かしがり屋さんだな。そういうところは実に可愛いと思うけど、でも自分でアクション起こさないとね。はい、おしまい」


 司が軽く捻るってやると、物静かな雪子も他の女生徒に交じって歓声を上げた。


 クラスの男子生徒達の恋愛相談に乗ることもあったが、雪子に淡い想いを抱きつつもライン交換ひとつすることの出来ないウブな連中なので、恨み節と雪子賛美を聞かされる羽目になるところまでがいつものパターンだった。

 

 


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