2.白いヤツじゃない方
本日2度目の投稿です。前回お読みになられてない方は、そちらを先にお読み下さいませ。
「あの白いヤツ、あそこに棲みついてんのかな。ノラっぽい感じがしないから保護しておいた方が良さそうだけど、母さんが帰ってきて部屋に猫がいたら」
――また、うるさく言われるだろうなぁ。
そう思いつつ、せっかく探り当てたスイッチに伸ばした手を引っ込める。灯りに驚いた子猫が、逃げてしまう可能性に気付いたからだ。真っ暗な居間を大股で横切った司は、庭に面したカーテンの合わせ目からそっと、外の様子を伺ってみた。
九月末の日暮れは早く、十八時半でも辺りはすっかり薄闇に沈んでいる。
カーテンを空けたままにしておくとパートから帰ってきた母親がすぐ怒るので、先ほど閉めたばかりだった。ちなみに洗濯物も取り込み済みで畳んでおいた。
スイーッチョン、スイーッチョン。耳を澄ませば、秋の虫が鳴いている。
聞き覚えはあれど、子供の頃に覚えていた虫の名前はなにも浮かばなかった。
「…………え?」
何気なく覗き込んだ草深い庭の奥で、何かが蠢いている――それも複数。
そう認識したとたん、司の胃がぎゅーんと重くなった。
大きな影が二つ、中くらいの影がひとつ。隣家との境界線であるサンゴジュの垣根をすり抜け、雑草を生やすままの荒れ果てた庭に侵入してくるところだった。
「……いない……あっちを……」
「向こうから……鳴き声が」
賊は大胆にも懐中電灯を持ち、交わす言葉の端々さえ聞こえてくるようだ。
司は何ヶ月か前の、同じマンションの一階で不審者が庭に侵入してきたという話を思い出した。駅が近いこともあり、犯罪が発生しやすい立地条件でもあるのだ。
さて、どうするかな――司はバクバクする心臓を宥める。
母親はパートで帰りが遅く、父親にいたっては単身赴任で本州にすらいやしない。いま家にいるのは、自分だけだ。武器らしい武器は中学までやっていたテニスのラケットぐらいかと思いつつ、ゆっくりと窓から離れる。
と、後ずさる司の顔を照らしたのは、突然の光。
――やべ、見付かった!
ふいに向けられた三条の光が、サーチライトのように白の半袖Tシャツに短パン姿の司を照らし出す。司はとっさに右腕で両目を庇った。
大丈夫、鍵さえ閉まっていればまだ110番する時間が稼げる。
そう冷静に思考を巡らせていた司の耳に、聞き覚えのある甘くかすれた声が、
「司……ちゃん?」
薄汚れた窓ガラスを通り抜け、ぬるりと滑り込んできた。
窓の向こう、半笑いで頭を下げている大きな影の大人二人を置き去りにして、司の視線は自分の名を呟いた小柄な影に吸い寄せられる。
夜目にも眩しい白のサテン地に、同色のレースをこれでもかとあしらったホワイトロリ風のひざ丈ドレス姿である。けれど、そんなボリュームのある衣装に包まれてさえ、その影がいまにも折れそうなほど細身であることがひとめで知れた。
雲間から現れた半月が庭に束の間の光を与えると、編み上げヘッドドレスの下からのぞくのは夜にのみ咲くという白い花のように可憐な少女の顔だった。
誇張でなく顔の半分を占める大きな瞳を瞬かせた少女は、黙って司を見上げている。誰もが微笑み返したくなる花のかんばせだが、黒目がちの大きな瞳の奥にほの暗い燠火のように燻る何かを見た気がして、司は無意識に目を逸らした。
――高科雪子。
舌の上に乗せた雪子という名は、声になることなく溶けて消えた。