11.猫を追う⑥生き物たちの賛歌
「この後に及んで、なによ」
「……あ、あたしら、女同士なん……」
そう、身長がさらに伸びて百七十五センチ、部活動を止めたあとでもトレーニングに余念がなく、牛乳一リットルを台所でラッパ飲みし、凹凸のない身体つきに地黒のせいで男子生徒達に枯れ木のようだと陰口を叩かれ、クラスの腕相撲で負け無しであったとしても、司は間違いなく女の子だった。身も心も、である。
女同士で好きも嫌いもないという顔の司を見ても、雪子は悪びれることなく、
「いまどき、何古臭いこといってるのよ。同性同士なんて、さしたる障害にならないわよ。昭和の亡霊ですか、司ちゃんは」
「……本物の、亡霊の、癖に……」
「じゃあ、もしあなたが男の子だったとしたら、どうだって言うの? こんな私のこと、受け入れてくれた?」
目的のために、手段を選ばない私のことを。雪子が、そう吐き捨てた。
清楚で可憐な美少女が、見た目通りの美しい心根を持つとは限らない。激しい気性の雪子には雪子なりの葛藤があったのかもしれないが、もはや司の意識は薄れ視界は赤く濁るばかりだ。すべての音は消え失せ、自身の激しい鼓動だけを感じる。
真っ赤な視界に浮かぶ雪子の顔は、かつてないほど艶やかだった。だが、何故か先ほどまでの恍惚感はさっぱり消え失せ、むしろ悲しみすら湛えているように見えた。とはいえ雪子の考えていることなど、心の機微に疎い司に分かるはずもない。
ただ、息も絶え絶えな司が思うに、雪子の『雪』は空から舞い落ちる冷たい雪ではなく、雪のように白い真綿なのだ。
暖かく柔らかで居心地が良く、そして真綿で首を締め上げるように少しずつ戒めがきつくなっていく。気が付けば周囲に誰もいなくなり、間抜けな自分が辺りを見回した時には手遅れで、雪子の呪縛にすっかり絡め取られてこのざまである。
司は自分を笑おうとしたが、顔が少し歪んだだけだった。
司の意識が暗闇に飲み込まれようとした、まさにその時である。
暗闇ごと、その鋭い爪で切り裂くように、
「……――にゃー」
よく通る伸びやかな鳴き声が、草深い庭に響き渡った。
もはや生者とは思えない姿をした高科夫妻と雪子の注意が一瞬、そちらへ向かい、司も朦朧としながら耳をそばだてる。
秋の夜長を、短い生をけん命に生きようと鳴き交わす虫の声が聞こえてきた。
生きているもの達がみな声高に生を賛美していて、暗い流れに身を任せてしまいそうになる司を励ましているようにも聞こえた。
もちろん、それは人間側――司の勝手な思い込みだ。
連中は単に、雌を取り合って必死に羽根を擦り合わせているだけに過ぎない。いや、でもそれが生きるということなのかもしれなかったが。
「なぜ邪魔をするの? 私ほどあなたを愛した人間はいないっていうのに」
愛猫に語り掛けているらしい雪子は、本気で戸惑っているようだ。
首を絞めるリボンが少しだけ緩んで脳への血流が甦り、無意識ながら海馬の奥へ封じた想いが意識の表層へと湧き上がってくる。
――大勢の取り巻きの中で、雪子だけが特別だなんて言えるわけがなかった。
雪子の舌が触れた瞬間、あるかなきかの胸に焼け爛れるような熱さを感じて取り乱したなんて、認められる訳がない。こんな気持ちは自分の胸の奥底に封じ込めて、あの世まで持っていくしかないと思ったのだ。
司はある種の感情と共に甦って来た、猛烈な吐き気と頭痛を堪えながら、
「あ…あたしが男……だったら……」
司の口だけが動いて紡ぎ出したのは、誰にも言えない血を吐くような想いだ。
「……まったく、あなたって人は」
司の口の動きを、あるいは亡霊だけに不思議な力で発せざる言葉を読み取ったのだろうか。雪子は一瞬、泣き笑いのような奇妙な表情をして俯く。
だが、次に顔を上げた時にはもう、元の人形のような無表情に戻っていた。
そして乱暴にリボンを引き司の上半身を引っ張り上げ、
「あなたはこの先も、ずっとひとりぼっちで生きていくといいんだわ」
コユキと一緒に薄汚く老いさらばえて、他人にへこへこしながら惨めな一生を送って死ねばいい――そう、耳元に唇を寄せて囁いた。
ばいばい。それでも私は、あなた達が好きだったけど、とも。
もはやグロッキ―寸前の司の唇に、何かが触れたような気がした。雪見○福みたいに冷たくて柔らかな何か、が――。
……本当は、叙述トリックだったんですよね……(ぼそっ




