1.あの白いヤツ
本日1度目の投稿です。本日に限り全部で3回の複数投稿予定です。
「……――にゃー」
途切れがちのか細い鳴き声が、庭の方から聞こえたような気がした。
自室で日課の腹筋背筋・腕立て伏せ及びスクワットを終え、冷蔵庫の前で牛乳パックの口飲みしていた司は、思わず噎せそうになるのを堪えた。
普段から牛乳はコップで飲みなさいとしつこく母親に言われているが、そんなの知ったことか。
一リットル入りパックを瞬く間に胃の中へ収めてから、乱暴に口元を拭った。
「そもそも牛乳は全部自分専用だし、わざわざコップに注ぐなんて、面倒臭くてやってられな……じゃなくて」
――あの白いヤツか?
昨日、玄関先で出会った白いヤツの姿が脳裏に浮かぶ。
思考が高校のガ○オタどもに影響されてきたと思いつつ、灯りを付けようと真っ暗な居間の壁を指で探った。
ちなみに母親に言わせれば、白いヤツすなわちカルボナーラのことである。赤いヤツといえばミートソースで、間違ってもボロネーゼではない。昭和の人なので。
司の自宅は分譲マンションの一階で、玄関扉を出た左横にはどの号室でも同じようにガス・水道メーターの収められた重い扉が備え付けられていた。
その扉の五センチもない下部の隙間から、白い毛の生えた立派なおみ足が一本にゅっと伸びてくるのを、朝、出掛けに目撃してしまったのである。
いや、伸びていたと表現するにはいささか語弊がある。
司が見ている前で、その隙間から手足に続いて白いふわふわな頭とやたら長い胴体がぬるりと這い出てきたのだ。
短い手足のわりに、極端に胴が長いのである。
もちろん、ミニチュアダックスフンドなどではない。大人なのか子供なのか、猫の種類に詳しくない司は遅刻寸前なのも構わず目を見開いた。
束の間、アーモンド形で空色の大きな瞳と、司の目が合う。
だが、思わず目を擦った、一瞬の隙を突かれた。
白いヤツは低姿勢のまま、もの凄い速さで半地下一階の階段を駆け上がり、植込みの向こうへ逃げ去ってしまったのだった。
そのボンボンに膨らんだ尻尾に後ろ髪引かれた司は、ものは試しと学校帰りにスーパーで買った猫の餌を小皿に乗せ、ガスメーターボックスに入れて置いた。
そして今朝、のぞいて見ると、皿の中身は綺麗に無くなっていたのである。