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勇者の幼馴染は思い出のワンシーンを活用して、スパッと身を引く(予定だった)



 のどかな田舎町ハーニカム。

 穏やかで素朴な雰囲気、入口には常に「ここはハーニカムの町です」と言う町民がいる以外、特筆すべきもののない町だ。


 だがここは魔王を倒す使命を授かった《勇者》クリスの故郷である。

 そして旅の仲間の一人、《ミツバチドリ使い》ロビンの故郷でもあった。


 幼少期を仲良く一緒に過ごした、幼馴染だ。

 しかし二人の間には、5年ほどのブランクがある。


 勇者の神託を受けて約5年間、王都で剣術や魔法の修行に明け暮れたクリス。

 同じ頃、養ミツバチドリ家を営む実家の手伝いのため、幻獣ミツバチドリを使う訓練に明け暮れたロビン。(採集したハチドリミツは甘くて滋養たっぷり。数量限定ロイヤルエッグの殻は魔力回復薬の原料にもなります。)


 ある時ミツバチドリの天敵、暗黒スズメバチドリを退治しようとしていたクリスと再会。

 それへの協力をきっかけに、ロビンも勇者パーティーに加わったのだった。



 久しぶりの故郷で近隣の魔物退治を完遂し、依頼主の町長の家から出てきたクリスの前に仲間たちが集まる。

 簡単な報告とニ、三の指示を出したあとは、今日はこのまま解散するようだ。


「町長からご厚意で傷薬をいただいた。今から配るから、回復魔法が使えない者は残ってくれ。まずはセオドア、3個」

「おう、助かるぜ!」

「ウィリアムは……2個でいいな」

「ありがとう」

「ドロシーは念のため3個」

「わぁ~い! クリス優しい~すき!」

「ロビン」

「はい」


 名前を呼ばれてクリスの前に立つと。

 どさどさどさっ。

 両手いっぱいに傷薬が渡された。その数、10個。


「いやこれ。ちょっと多……、」

「何」

「……いえ。ありがとうございます」


 突き放すような、温度のない声。


(いつものことだから。もう慣れたけど)

 ロビンは従順に頭を下げ、傷薬を抱え直すときびすを返した。

 そのまま皆が向かう宿とは別方向に歩く。


 宿代がもったいないので今夜は実家に泊まる。

 ……ということにしてあるが。一人になって、今後の身の振り方をじっくり考えるつもりなのだ。


 実家の仲間たちの気配を感じとったのか。腰に下げた幻獣ポーチの中のミツバチドリたちが、機嫌よさそうにブンブン鳴きだした。

 だが手塩にかけて育てた幻獣たちの楽しげな合唱も、ロビンの沈んだ心を癒してはくれない。


(低体力低魔力、パーティ―最弱なのに回復手段なし。そもそも蜜の生成が本分のミツバチドリは戦力として微妙(一撃必殺の針攻撃はミスが多いうえ、強力な敵には効きにくいし。)最近は後方支援ばかりで全然戦闘に参加してない)


(だから傷薬も必要ないのに、過去最多の10個。……役立たずなのにアイテム消費の激しい、コスパ悪いお荷物、って言いたいわけ??)


 クリスの整った顔を思い浮かべる。

 再会してから、彼の笑顔をほとんど見ていない。

 ロビンに笑いかけたことなど、一度もない。

 そもそも事務的な会話以外はゼロに等しい。旅の間ずっとそんな感じだ。


(幼馴染とは名ばかり。今はパーティーメンバー内、ダントツうっすい関係……。向こうにはもはや知人以下レベルの存在になってるのかも……)


 昔はこの道を二人で笑いあい、手を繋いで歩いていた。

 ロビンは両手いっぱいの傷薬を落とさないように気をつけながら、懐かしい家路を重い足取りで進んだ。



   ×××



 町の噂で勇者たちの到着を知ったらしい。大量の手料理をこさえていた母親が、一人で帰ってきた娘に呆れたような顔で文句を言った。


「クリス君が来ると思って腕によりをかけたのに。どうして誘ってこないのよ」

「彼は勇者様。もうただの幼馴染が気軽に夕食に誘える存在じゃないから」

「ええ~? 堅苦しいわねぇ。ちっちゃい頃はあんなに仲良かったじゃない。結婚の約束なんかして」

「……いつの話をしてるの」

「もしそうなったら、うちのハチドリミツを『勇者御用達』から『勇者謹製』に変えようかと思っていたんだがな」

「地味に広告効果狙わないで。……そんな約束、とっくに忘れてるわ」


 残念そうな父から目を逸らし、母の味を黙々と口に運ぶ。

 隠し味に蜜をたっぷり使っている(ので、隠れていない)クリスの好物が並んだ食卓は、どこかほろ苦い気分になって胸が締めつけられた。


 とはいえ久しぶりの我が家だ。

 自室のベッドに身体を預けると、ロビンはやっと少し落ち着いてきた。


(仕方ないわ。5年もあればミツバチドリにひ孫ができる。幼馴染が赤の他人になってもなんら不思議はない歳月よ)


(私と結婚したいって言ったら、父さんに蜜の採集をさせられて危うく針攻撃を食らいそうになったのも、すでに忘却の彼方でしょうね。ちびっこ時代の話だし、べつに本気になんかしてないけど~)


(一時期私が近所のおじいちゃんの「肯定的な言葉はどんどん使え」という教えを信じて、目につくものなんでもかんでも「好き」って言うのにハマったら、)


(「もう好きって言うのやめて」「今度言ったら絶交するから!」)


(っていきなり怒って禁止令だしてきたりして。勇者様のご幼少エピソードにしては黒歴史だろうから、これも忘れてしかるべきね)

 懐かしさに思わずくすっと笑ってから、我に返って自分を叱る。


(思い出にひたるために帰ってきたんじゃないでしょ。このままパーティーに居座り続けるか否か。戦力外通告を待ってないで、自分で決断しなきゃ……――)


 そこでふと、思い出を反芻した。


「……好きって言ったら絶交、か」


 ロビンは離れていた間もずっと好きだった。

 危険な旅への参加を決めたのは、彼の傍で、少しでも役に立ちたかったから。

 当然のように将来結婚するつもりでいたからだ。(本気にしていた。)


 だがさんざん冷たくされ、あの約束は子ども特有のソレだったと思い知った。


 さらには王都からクリスに寄り添っている《聖女》プリシラとの恋の噂。

 婚約秒読みだな、といつか酒場でセオドアたちが盛り上がっていた。

 勇者と聖女。人目を引く美男美女。運命的にお似合いだとロビンも思う。


(パーティーのお荷物な自称幼馴染に未練がましく傍にいられたら、やっぱり迷惑よね)


 ゆるゆる上半身を起こし、ひとり頷く。


「それならせめて、思い出のワンシーンをうまく使って幕を引いてあげるわ」



   ×××



 善は急げ。

 景気づけにロイヤルエッグかけご飯をキメてきたロビンは、皆が揃った頃を見計らい、ゆったりと集合場所に姿を現した。


「遅刻ギリなんて珍しいじゃん。そんなに実家の居心地がいいなら、旅なんかやめて一生このド田舎でぬくぬくしてたらぁ~?」


 ドロシーを一瞥し、無視すると忌々しげに小さく舌打ちした。

 この《魔女》の少女もクリスが大好きで、プリシラではなくロビンによく絡んでくる。彼に相手にされないことへの八つ当たりだ。

 数分後にはロビンの行動に手を叩いて大喜びするのだろう。今は無視で十分だ。


(どうせやるなら潔く、皆の前で公開処刑よ)


 これはべつに自棄になっているのではない。

 仲間たちにはしっかりと、これから起こることの見届け人になってもらうのだ。

 クリスとロビンの(過去の)仲は、この町でそれなりに有名だ。万が一プリシラとの婚約後に「勇者は故郷にも婚約者がいる」など噂が立ったら面倒になる。後腐れはなくしておきたい。


 仲間たちに囲まれているクリスを見つけ、凛とした表情で歩みを進める。

 ロビンに気付いて振り向くと、冷ややかな美貌にかすかな戸惑いの色が浮かんだ。隣のプリシラが不思議そうに小首を傾げる。


 すぐに視線を外して皆に号令をかけようとするのを遮り、


「クリス」


 ひと呼吸おいて、はっきり声を響かせた。


「あなたが好きです」


 クリスが大きく目をみはった。

 驚いた表情はいつもより少しだけ幼く見えて。数年ぶりにまっすぐ見つめあって、ロビンは無意識に微笑んでいた。


 長い長い、だが実際にはほんの数秒の沈黙のあと。

 感傷を断ち切るように、ロビンはくるりと背を向けた。


 

「――……さよなら」



 返事は必要ない。もう分かっているから。

 相手にも、見届け人たちにもその意図は通じているはずだ。突然の告白劇への驚きはあっても、周囲の空気に、別れの言葉に対する疑問は感じられなかった。


 そのまま来た道を反対に歩きだす。


(予想が外れたわ。昔の発言なんて忘れて、速攻お断りしてくると思ったのに)

(まぁ覚えていたって結果は同じなんだけど)


 パターン1。思い出を忘れたままロビンを振る。

 パターン2。「好き」=「絶交」の意味だと気付き、ロビンが去っていくのを黙って見送る。

 本人に確認はしなかったが。きっと後者なのだろう。


(……あ~あ。田舎娘に不似合いな、格好つけすぎな身の引き方しちゃった。いっそ俳優でも目指そうかしら)


 心の中で自嘲しながら。ロビンは振り返ることなく歩き続けた。



 そうして出てきたばかりの我が家が見えてくると、張り詰めていたものが一気に緩んで地面にくずおれ、ミツバチドリたちが心配そうにブンブン飛び回るなか、こらえていた涙をあふれさせる…………ことはなかった。



 自宅が見えるどころかまだ数歩のあたりで。


「――っロビン!!」


 久しぶりに事務的ではない声で名前を呼ばれた。

 そう思った瞬間、いきなり片手を掴まれ危うくつまずきそうになる。


 反射的に振り向く。目の前にクリスの真剣な顔があった。

 驚く暇もなく、クリスが勢い込んで口を開く。



「俺も……っ、ロビンが好きだ!!!」



(――――は?)


「この5年間、一日だって忘れたことなんてない。ずっと君を想っていた。だから本当は毎日不安だったんだ。こんなに好きなのは俺の方だけなんじゃないかって」


(――――ふぁ??)


「嬉しいよ。……もう二度と離さない」


(――――え待って? なにこれどういう?? ……絶交どこいった?????)



 パターン3。思い出は忘れているが、両想い?



 ほんのり瞳を潤ませ、感極まったようにクリスがロビンを抱きしめた。

 そこでやっと放心ぎみに見守っていた仲間たちが大きくどよめき、歓声を上げる。悲鳴も上がった。


 泣き喚いて怒り狂うドロシーの顔も。

 二人を凝視するプリシラの、なぜか奇妙な既視感を覚える昏い瞳も。


 想定外すぎる展開に真っ白になったロビンは、視界に映るもの全てを素通りさせることしかできなかった。



   ×××



(……いなくなった絶交さんが戻ってこない……。パーティ―を去るのは私だったはずなのに……)


 丸太で作られた素朴なベンチ。ロビンの父のお手製だ。

 慣れた座り心地のそれに腰かけ、ぼんやり目の前のスクロスレンゲ畑で蜜を吸うミツバチドリたちを眺めていると。隣のクリスが顔を覗き込んできた。


「ロビン? どうしたの」

「ううん、べつに…………あ、やっぱり言ってもいい?」

「うん、なに?」

「その……、私たち、こんなことしている場合なのかなって」

(むしろ“何もしていない”というか……)


 困惑ぎみの疑問へ、にこっと爽やかな笑顔が返ってくる。


「このところ魔物退治ばかりだったからね。皆にも休息が必要だ」


 言いながら、繋いでいた片手の指をからめ直した。

 甘ったるい空気と仕草に思わず頬が熱くなって、つい早口になる。


「(私と違ってスタメンの仲間は)その通りだけど。でも、この町に来てもう4日よ。今も世界のどこかで魔物の被害が起きているかもしれないし……。魔王の居所だって、早く突きとめなきゃ」


 今までその配下を名乗る魔物は、かなりの数を退治してきた。

 しかし肝心の魔王の行方がわからないのだ。忠誠心から口をつぐんでいるというより、どうやら配下魔物たちも知らないらしい。


「ああ。だからこそ、今は英気を養っておきたい。いずれ決戦の時が来る」

 真剣な表情を、今度はロビンが覗き込む。

「もしかして、クリスには居場所の見当がついているの?」

「いや……。だけどそろそろ動きだすはずだ」


 勇者の勘なのだろうか。ひとまずはそれを信じることにした。


「だったら尚更、いつでも迎え撃てるように体勢を整えておきましょう。私も後方支援なりにできる限りのことをするわ」

「ありがとう。なんでもしてくれるんだね、俺のために」

「え、うん……、いや世界平和のために。あとなんでもとは言ってな……」

「じゃあ次の聖地に行こうか」


 すでに魔王との決戦を控えた勇者ではなく、恋する男の顔に戻っていた。繋いでいる手をそっと引かれて、一緒にベンチから立ち上がる。


(……ガチ勇者が言うと、まじで神聖な場所みたいに聞こえるのよ。なんにもないただの野原とかなんだけど)


 たっぷり蜜を吸ってご満悦なミツバチドリたちを幻獣ポーチに収めると、ロビンは心でため息をついた。



 あの告白で、予想外にも両想いになると。

 今までの態度を180度転換させ、急激にデレ化したクリスは仲間に「とりあえず、しばらく自由行動」の号令をだした。


 沈着冷静な勇者の思わぬ一面を目の当たりにした仲間たちは、一人を除き素直に頷いた。ロビンにべったり張りつくクリスの無言の圧力に従ったともいう。


 いつまでも喚き散らすドロシーを宥めたのはプリシラだった。


「了解しました。どうぞ愛する方とゆっくりお過ごしになって」


 悠然と微笑みを浮かべ、嘆き悲しむ様子はない。

(噂は皆の誤解だったのかな……)

 奇妙な違和感はあったものの。ロビンはそう思うことにした。



 それからクリスはロビンを誘い、子ども時代をともに過ごした思い出の場所巡り――“聖地巡礼”を開始したのだった。


 基本的にだだっ広いばかりで何もない場所だ。

 その田園風景を眺めながら幼い頃の思い出を語りあったり、離れていた間の話をしたり、不意打ちで愛を囁いてきたりする。


 クリスに愛おしそうなまなざしで見つめられ、ロビンは『混乱』を耐えるのに必死だ。もちろん舞い上がるほど嬉しいのだが……。


 混乱の状態異常は、うっかり仲間(クリス)を攻撃したい衝動に駆られる。そんな時はミツバチドリの『∞の字ダンス(かわいい)』を見て心を落ち着かせた。


 美しい夕日を眺めた後は、一緒にロビンの家に帰る。

 一緒に食卓を囲み。そして当たり前のように空き部屋に泊まる。(昔も同じ部屋によく泊まっていた。)

 今のところ連日連泊だ。自由行動の間、ずっと入り浸るつもりでいるらしい。


「無事魔王を討伐したら、改めて結婚のお許しをいただきに参ります」

「……っっ!???」

「あらまぁ。昔から家族ぐるみのお付き合いなんだし、そんなにきっちり考えなくてもいいのよ~」

「いえ、けじめは大事ですから」

「そうかそうか。だが蜜の採集が一人前になるまで、娘はやらないぞ~」


(あれ?? なにかすごい勢いで外堀が埋められていく??)


「明日は少し遠出して、アカシアの丘まで行こう。おやすみ」

「わかったわ。おやすみなさい」


 ロビンの部屋の前で向かいあう。

 なんとなく見つめ合ったままでいると。やさしく引き寄せられ、唇が重なった。


 夢見心地でベッドに突っ伏し、眠りにつくまでの間。ロビンは世界を救う旅の途中であることを完全に忘却した。



   ×××



 純白の花をつけたアスパルテムアカシアの下で、思い出話にも花を咲かせる。

 お喋りが一段落すると、クリスがロビンをそっと抱き寄せた。


 小鳥のような軽く触れるだけのキス。

 それを何度も繰り返してから見つめ合い、また顔を寄せると、ロビンの唇がやんわり甘噛みされる。


「あのぅ……勇者様。なんか慣れてませんか……」

「……なんでそこ疑うのかな」

「疑うっていうか、その。王都でもクリスに憧れる人はたくさんいただろうし。……再会してからはずっと、私なんて眼中にない感じだったし」


 ついわだかまっていた気持ちがこぼれた。クリスが困ったように眉を下げる。


「ごめん。でもああしていないと気持ちを抑えられなくて。旅の間、皆に君への想いを知られるわけにはいかなかったんだ」


 真摯に弁解するのを思わずぽかんと見上げる。

 今までの塩対応は、ロビンへの恋愛感情を隠すためだったらしい。


(……ん?なんのために? それにまだ旅は終わってないわよね。バレてよかったのかな)


「こんなに一途なのに浮気を疑われるなんて。今だって混乱寸前、いっぱいいっぱいなんだけど」

「クリスも状態異常になったりするの?」


 神託を受けた特別な存在のせいか、勇者はほとんど状態異常にかからない。

 拗ねたような言い方に、ふと浮かんだ疑問は脇に置き、ささいな質問を先に投げると。

 答えるかわりに再びぐっと真剣な顔を近付けて、熱のこもった声で囁いた。


「もっと激しく攻めていい?」


「!? ま、待って。今すぐうちの子たちの∞の字ダンスを……、っ」


 風に揺れるアカシアの葉擦れの音。器用にホバリングして蜜を味わうミツバチドリたちの羽音。

 しばらくの間、それらのささやかな音色だけが丘の上を流れていた。



   ×××



 子どもの行動範囲はそれほど広くない。聖地巡礼は2周目に突入していた。

 毎日クリスの蜜よりも甘い攻撃を浴びせられ、ロビンもようやく糖分過多な恋人関係に慣れてきた……かもしれない頃。


 それぞれが好きに時間を過ごすなか。《学者》のウィリアムが、ロビンの家にロイヤルエッグを買いにきた。


「以前、『生のロイヤルエッグには、運と命中率を爆上げする効果が期待できる』という論文を読んだんだ。生卵を食べた弓士の腕が上がったり、不良在庫を大量に抱えていた商人が、なにげなく訪れた町でバンバン売り切ったそうだよ」


「へぇ~。それが本当なら嬉しいわね」

「まぁまだ研究段階で信頼性は高くない新説だけどね。効果は約1週間らしいから、いい機会だしこれを食べて的を射た論文を書き上げるつもりさ」

「がんばってね」


 そんなやり取りをした後。ふとロビンの頭に嫌な考えがひらめいた。


(運と命中率。……まさかと思うけど。“告白の成功率”も爆上がったり……?)


 あの日、朝食に生のロイヤルエッグを食べた。

 もしそのせいで“愛の告白”の命中率を高めてしまったとしたら。


 効果が切れた瞬間、またあの冷たいクリスに戻ってしまうのだろうか。

 そしてロビンは改めてフラれ、噂の通りプリシラと……。


「――どっち?」

「……っっ!!!」

「わっ! ロビン?」

「あ、ごめん……なに?」

「お義母さんが、目玉焼きを半熟にするか固焼きにするか、って」


 とびあがって驚いたロビンにクリスが不思議そうに言う。

 その顔をまじまじと観察した。もし仮説の通りなら、『魅了』の状態異常中ということになる。


 人魚魔物の攻撃でセオドアが何度もそれにかかり、仲間に攻撃したり人魚に傷薬を使ったりして皆から殴られていた(これは一応、目を覚まさせるための処置である。)だがやはりクリスには一度も効いたことがない。


(クリスは勇者よ。私ごときの魅了攻撃(したつもりないけど。)に引っかかるわけないわ)

(だけど聖女で美人で回復魔法の使い手、王都でも5年間傍にいたっていうプリシラじゃなく、お荷物の私を選ぶなんて本当にあるかな……?)


 うつむいて考えこんでいたロビンの背中から両手が回される。

 抱きしめられ、髪にキスが降ってきた。

 見上げると返ってきた蕩けるような微笑みを、ぼうっと眺める。


(魅了されてるのは私の方では??)


「ロビンは半熟だよね。もう頼んでおいたから」

「……ありがと」


 その日は野原でピクニックをすることになり、昼食用のタマゴサンドはしっかりと固ゆでにした。


 ピクニックの途中、巨大ロリポップ(武器にもなる)に乗って空を飛ぶドロシーに声をかけたが、振り向くことなくどこかへ飛び去っていった。



   ×××



 ハーニカムに滞在して1週間。


(新説が本当なら、もうすぐ効果が切れる頃……)

(で。またロイヤルエッグかけご飯を食べてしまった……)


 新鮮な朝採り卵がとれたと父が喜んで持ってきたので、今日は四人揃ってそのメニューになった。


(効果が切れる前に、また告白すれば……ううん、ダメよ。永遠に週1で卵かけご飯食べて告白する謎ループから抜け出せなくなるわ。確実に心を病む)


 不安を隠してクリスの泊まる部屋の前で待つ。

 支度を終え出てきたのは、キリリと表情を引き締めた“勇者クリス”だった。


(彼女好きすぎる彼氏……じゃない)

 表情だけではない。最高防御力の服に、さりげなく能力アップ効果のある装飾品をいくつか付けていた。勇者の剣も装備している。

 さらに物理・魔法攻撃を数回無効化する秘宝のネックレス(これを入手するために強力な魔物がウヨウヨいるダンジョンに潜った。《盗賊》のラビは偽宝箱に13回噛まれた。)を、呆然と出迎えるロビンの首にかけた。


「聖地へ向かおう」

(ガチの聖地ですか?)


 凛々しく宣言したクリスが向かったのは、アカシアの丘だった。

 空気の違いを感じたのか。ミツバチドリたちも、時々警戒音を立てながら慎重に蜜を吸う。


(この緊迫感……)

「ねえクリス。もしかして魔王、」

「ロビン。愛してるよ」

「あっ……っっ!!?」


 緊張の面持ちから一気に真っ赤になるのを見ると、一瞬だけ彼女好きすぎる彼氏に戻って笑う。


「なんかどうしても伝えたくなって」

「や、やめてよこんな時に……(嫌なフラグが立ちそうで怖い。)(っていうかまた『魅了』……)」

「ごめんごめん」


(私も言っちゃおうかな? 今なら不自然じゃないよね。『魅了』重ねがけ返しして、この先もクリスとずっと……)

(あぁでも週1卵かけご飯の闇ループが~~(大好物だから全然いけるけど~))


「――――来た」

「えっ??」


 正面を見据えるクリスの視線を追う。

 ゆったりと丘を登ってくる意外な人物に、ロビンは小さく声を上げた。


 プリシラだ。胸の前で両手に何かを抱えている。

 近付いてくるとそれが何かわかった。柔らかい布にくるまれ、大人しく目を閉じた子ども――赤児だ。

 思わず怪訝な顔をしたロビンに、プリシラが口の端を上げた。


「お邪魔してごめんなさい。ですがいい加減に認めていただかなければと思って」

「何を?」

「いやですわ。まだ白を切るおつもりなのね」

 美女が目を細める。ロビンの胸にまた違和感が広がった。


「この子を認知してください、クリス様。あなたとわたくしの愛の結晶を」

「………………あいのけっしょう???」


(えっと旅の間に産んだわけがないから。王都にいた頃、17歳の時の?)

 ここにいる三人とも18歳だ。

 あまりの衝撃に。つい逆算をはじめたロビンの混乱を止めるように、クリスが一度彼女の手をきゅっと握って離した。

 それから深く息を吐き、冷え切った声で返す。


「もう少しまともに相手をする気になるネタは思いつかなかったのかな。それとも呆れて脱力させるのが狙いか」

「クリス様? 酷いわ。そんなふうにふざけて、いつまで経っても認知を……」

「いつまで下手な演技をするつもりだと言っているんだ。魔王」


 驚くロビンと、剣の柄に手を置いたクリスを交互に見やると。

 プリシラ――魔王が無造作に赤児を放り投げた。地面に転がるそれが、人ではなく人形の姿に変わる。


「ロビンと再会する少し前だよ。いつの間にかプリシラにすり替わっていたんだ」

「そんな……! 本物は……!?」

「聖女を殺せば王都の聖域が変質し、誰もが気付く。逃げ隠れするのを優先して、そこまでする気はなかったようだが」


 本物はどこかに監禁されているようだ。ひとまず命は無事だと知り安堵する。

 だが人質には変わりない。このことに気付いたのはクリスだけだった。そのため魔王の狙いがわからないうちは、プリシラの安全を考え迂闊に動かず知らないフリをして、仲間たちにも黙っていたそうだ。


 ロビンは今までの違和感に納得した。時々プリシラの目つきに、魔物に似た邪悪さを感じたのだ。


「逃げ隠れではない、機をうかがっていたまでよ。聖域の変質などより、そこに育つ世界樹が問題なのだ。勇者の心に呼応し、聖なる力を放つあの若木がな」

 魔王がちらりとロビンに横目を向けた。


「だが逆に貴様の心を闇に染めれば、世界樹は邪気を放ち、我が力を増幅してくれる。聖女を人質にとっておけば、いずれ容易く達成できると思って様子を見ていたが……。まさかそっちの平凡お荷物が本命とは」


 嘆くような言い方に内心ムッとしつつ、


(世界樹ってそういう生態だったんだ。……じゃあずっと私に冷たくしていたのは。告白の後、うちに連泊していたのも。ぜんぶ私を守るため……?)


 隣をのぞき見る。緊張感を保ったまま、疑問顔に気付いたクリスが優しい目で頷いてみせた。

 ロビンの心が一気に晴れた。これで週1卵かけご飯のループからも解放される。


 真実が解明されたのはいいが。たった二人(実質一人)で魔王との決戦だ。

 クリスに促され、後退しながら呼び戻したミツバチドリたちを戦闘モードで待機させる。


 クリスが先制の魔法を使った。降り注ぐ光球を魔王が闇の力で払いのける。

 続いて勇者の剣を振るい、強力な衝撃波を放つ。それに闇の魔法をぶつけて相殺した魔王が嘲笑った。


「足手纏いがいるお蔭でずいぶん攻撃が鈍いではないか」

「……」

「いいことを教えてやろう。もはや用済みの聖女をいつまでも生かしておくと思ったか? 今頃、貴様を慕う魔女の手で亡き者となっているはずだ。失恋の痛みに沈んだ心を支配し、思い通りに動かすのは簡単だったぞ」


(そんな、ドロシーが魔王に操られた!? まさかピクニックの時に見かけたあの後、プリシラを……!?) 


「彼女を甘くみるな。お前につけこまれるほど弱くない」

「くくく。甘いのは貴様の……」

「そのとーり! 見積もりドロ甘なのはあんたの方だから~!!」


 大空に含み笑いをぶった切る声を響かせ、草の上をロリポップの影が舞った。


「ドロシー! プリシラは無事か」

「うん、意外と元気だったよー。とりあえず安全な町の宿で待機してもらってる」

「ありがとう」

「なっ……!?」

 操ったと思い込んでいた少女の登場に、魔王が驚愕に顔を歪める。


「ふふん、天才美少女ドロシー様を舐めるんじゃないわよ。200歳ほどサバ読んだかいあって、あたしが精神攻撃耐性持ちのエルフだって全然気付いてなかったみたいね~。ついでにクリスも好きだけど、あたしの本命ウィルだから!」


 ウィリアムが聞いたらさぞ論文がはかどるだろう。むしろ手につかなくなるかもしれない。彼のドロシーへの好意を、ロビンはうすうす勘付いている。


 本物のプリシラも無事救出されたようだ。颯爽と舞い降りた頼もしい仲間を、二人が感謝とともに迎える。

 形勢逆転。一気に攻撃をしかけるクリスとドロシー相手に、魔王がじりじり後退していく。

 二人から距離をとった魔王が、観念したように背を向けた。


「せいぜい束の間の平和を楽しむがよい」

「逃がさないよっ!!」

「……っ!? 待て、ドロシー!」


 逃げる魔王を、全身小さなケガだらけのドロシーが気丈に追いかけた。

 だが何かに気付いたクリスが制止する。


 ちょうどドロシーに傷薬を渡そうとしていたロビンは、クリスの鋭い声に一度足を止め。

 視界の端でとらえたものに大きく目を見開くと、反射的に走りだした。

 クリスがロビンの名を叫ぶ。それを振り切り、全力でドロシーの背中を追った。


 必死で走るロビンを見た人形が、大物がかかったとばかりにニタリと笑う。

 その異様に裂けた口が、邪悪な呪文の続きを唱えた。


 赤児の姿で二人の目を惑わそうとした人形――あちらが魔王の本体だったのだ。


 わずかな逡巡のあと、クリスが走り、人形に勇者の剣を突き立てた。

 だがそれも惑わしの姿で、離れた場所に幻影がまた現れる。その攻防を繰り返すうち、魔法が完成した。


 何もない空間に巨大な亀裂が走り、そこから闇の力がドロシーを呑み込もうと無数の手を伸ばす。

 ロビンは大きく踏みきると、罠と悟って立ちすくむドロシーにとびついた。


(秘宝のネックレス……!! 私たちを守って!!)


 闇の攻撃が二人を呑み込む、その瞬間――


「ブーーーーーーン」


 ぷすっっっ


「あっ」


 軽快な羽音。軽快な刺突音が、アカシアの丘に小さく響くと。

 人形――魔王(本体)の声も小さく響いた。

 何が起こったのか分からない。そんな表情のまま、魔王だったものが真っ黒な砂に変わる。

 それらが風に乗って流れていく間に、プリシラの似姿も同じように消滅した。


「……オートカウンター針攻撃」


 長く戦闘に参加していなかったせいか。ロビン本人も忘れていた技名を、クリスが呆然と呟いた。

 ロビンが攻撃を受けると、自動的にミツバチドリが反撃する。

 命中率が低く、強力な相手には効きにくいという性質自体は、基本の針攻撃と同じなのだが……。


 どうやら新説の信頼性を爆上げする例が、また一つ生まれたようだ。


「あれ? 世界、救っちゃった??」


 主人の呟きに、針攻撃を生まれて初めて成功させたミツバチドリが、誇らしげに∞の字を描いて飛び回った。



   ×××



「絶交なんてやだやだ!! ……クリスにも、好きって言ったらダメなの?」

「ダメ、じゃないけど……。でも軽い気持ちで連発されるのは、嬉しくない」


「――わかったわ。クリスに言うのは本気で本気の時だけにする」

「ほんと?」

「ほんと! ほんとに本気の本気のまじで本気の本気のほん……」

「も、もうわかったよ。……それならおれも本気の時だけ、“好き”のもっとすごいやつを言う」

「もっとすごいやつ? なにそれどんなの~!?」

「今は言えないよ……。大きくなったら、いつかロビンにだけあげる」


「約束だよ!」

「うん、約束」



   ×××



 平和になった世界、その田舎町の片隅で。


「ふぅん。忘れてたんだ」

「いやそのなんていうか。ほんのちょこっと、一部分だけ……」

「へぇ。一番大事な一部分だけ、忘れてたんだ」

「だからごめんってば~~」


 冷ややかに白い目を向けるクリスに、ロビンが顔の前で両手を合わせ、ぺこぺこ頭を下げる。


 会話の流れであの思い出について語り合ったところ。

 上機嫌でワンシーンの続きを語っていたクリスの表情がだんだん訝しげになり、最終的にはまるで再会直後のような寒々しいものに変化した。

 彼の気持ちをしばらく疑っていたロビンとしては、平身低頭謝るほかない。


(うああ。まさかのパターン4。思い出(の全貌)をコロッと忘れていたのは、私の方だった件……!!)


「あの告白で作戦も何もかも吹っとばして追いかけた時も、決戦を前に約束していた“好き”の上級編を使った時も。ぜんぶ俺一人で盛り上がってたんだなー」

「ごめんて~。今日は私がクリスの好きな蜜料理を作るから、機嫌直してよ~」

「それも楽しみだけど。……今すぐ食べたいものがあるんですが?」


(最近この顔(彼女好きすぎる彼氏(エロ心はみだしバージョン))多いな……)


 魔王のいなくなった世界で勇者の座を退き、ただの田舎青年に戻ったクリスの期待に満ちた表情をしみじみ見つめると。


 愛する彼の首に両手を回し、ロビンはスパッと甘い甘いご機嫌取りを開始した。



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