だいたい9兆5千億㌖とか言われた時点で私は考えるのをやめた
空挺訓練をした翌日。巨大な格納庫に来たリンドウ小隊の前には同じ数の鉄の巨人が立っていた。殺風景な壁に沿って直立する彼等は20㍍を超える身の丈だ。
厳つくてゴツい。それが第一印象。
顔は帯状のゴーグル、口部が突き出て吸気口が見え、右の耳当て風の排気口からアンテナを支える角。それは何処か大口開けた鮫の顔を思わせる。
胸部は装甲が厚く鳩胸で肩の部分には大鎧の大袖の様な逆L字のの盾の様な物が付いており、その左側に二本の槍が取り付けられ右に板の様な銃身を持つアサルトライフルが吊るされていた。
背中には増加タンクを付けた大型推進器が一つ付いており、袴の様にも見える脚部に三つと前腕に一つの小型の推進器が付いている。
「結構カッコいいな」
若い兵士は満更でもなさげでリンドウもそれは変わらない。小隊のカラーリングは誤射を塞ぐためかリンドウに合わせ群青色だった。
他よりもアンテナの長い小隊長機の足元まで行けばワイヤーが降りてくる。二つの三角の取手、下に足をかけ上をつかめば背部のハッチに。乗り込んでリングとコードを接続し操縦桿の根元か浮いてきたチョーカーを首に付ける。コックピットの椅子には座らず立ったままで。
「SCT起動」
『了解しました。起動まで321』
機械音声の返答、次の瞬間には視点が高くなっていた。目の前に腕を動かせば鉄巨人の腕が。鉄の指を二、三握り開いて。
「感覚同期良好。オオクゴ・リンドウ少尉、出る」
『了解しました!!』
通信。同時に格納庫の扉が開いて永遠と続く平地。鉄の体で一歩、確認する様に。そして歩く。
格納庫から太陽の下、六十機の鉄巨人が隊列を成して歩き出した。
『それで少尉殿!慣らしってのは何をするんだい?』
「ゴールドバーグ曹長に希望は?歩行訓練の後にスポーツか、それとも可動域確認に踊りでもしようと思ってますが」
『何方もやった方が良いね。全員大型MAに乗った経験はあるが人型じゃ無いのもいるし新しい機体だ。そうさね、踊りの後にスポーツだ。バスケかサッカーか選びな!』
ゴールドバーグ曹長とヴォルフガング軍曹メチャクチャバスケ上手かった。部活的なのでMAを使ったスポーツをやっていた者もいたが全員ボコボコだ。あとジェ◯トストリームアタ◯クが凄い昔のバレーの戦法みたいに役立った。
その翌日にはペルセウスに乗り砲身艦ドックへ向かった。通信が入り立ち止まってSCTを切りコックピットのモニターを見る。
『いらっしゃい少尉殿。知ってるだろうが君達の乗る船は君達が組み立てる。その教導を任された者だよ。親しみを込めて銀さんと呼んでくれ』
モニターの中でそう言ったのは軍服を纏う顔に丸い穴の空いたデッサン人形の様な塊だった。本来の姿は水銀のスライムだが人型を取っている液状生命体のマーキュリースライムだ。
そんな技術士官はリンドウを見て一瞬動きを止める。ジッと見たというのが正しいだろうか。
『君はアレだな。鉄◯だのガン◯ムだのゲッ◯ーがどうだのと騒がないみたいだな』
「ロボットアニメのファンですか」
『ああ、ウチのMAt研究室にも多いんだが辟易としている。いいデータが取れるとはいえ今まさにトラン◯フォーマー派とボト◯ズ派が試作機使って殴り合っててな、ホラ』
モニターに映るボロボロのMAtタロスの試作機らしい二機。肩の装甲や背中の推進器は元から無いが四肢が粉々になって千切れ崩れていた。
「まぁ、操縦をミスしてああならない様に気を付けてくれ。全くタロスの時点でダメだったんだから採用する訳も無いのにあの馬鹿どもめ」
水銀人形には表情が無い。厳密に言うと表現してないだが、ともかくスッゴイ顰めっ面で言ってそうだった。
「失礼、バカ共……部下共が燥いだ結果だが訓練に身が入るだろう?無駄な報告書を作成させられる上に訓練も始まっても無いのに壊すなと当然の小言を言われるのだからせめて君たち兵士の糧にしてくれ」
「……ご苦労様です。活用させて頂きます」
「ああ、そうしてくれ。君達の砲身艦の置いてる場所は、今マップを送ったよ」
銀河連合国所属惑星コーヴェルアルガ。三時方位外2区マルレギナ星域ガーディアンポート星団の最外端にある惑星で入植時は星の大半が苔に覆われた美しい緑の星だ。開拓順に第一から第八の大陸があり惑星に第繁殖している藻類の育成と研究が盛んである。
そんな星を眺めるでも無く巨人の身になったリンドウは地上からポータルを通って来た戦艦の四角い装甲の角を掴んだ。状況的には四角に四機、その中間に四機、そして装甲面に四角く四機が貼り付いていた。
「姿勢固定、ヨシ。第二、第三分隊準備いいか!」
『第二分隊準備完了しました』
『第三分隊同じく』
SCTを切って操縦桿を握る。
「第一分隊、押せ」
十二機の推進器が同時に光り装甲板がMAtを推進器にして進む。その差には長い長い筒があった。それは砲身艦の根幹にして竜骨に相当する部分。
全長7㌖口径700㍍の砲身、ヒートフォトン球体型薬室炉、薬室と推進器の機構、推進器が一直線に繋がる柄を取り除いた最初期のハンドキャノンのような物が宇宙空間に浮かんでいた。それに縦3㌖、横1㌖の白い装甲を貼り付けいく作業中である。
左右で三十機に分かれて合わせ十六枚を貼り付けていき最後に下部へ四つの鰭に見える推進器を付けたタンカーの如き下部燃料タンクを砲身下に設置。ここまで三日掛かったがクソだるい。
作り上げた空いてる部分を上にしたコの字型の囲い。そこにMAtを使って配線しながら様々な機構を押し込んでいく。機関部及び発電区画、食糧プラント及び居住区画、後部バリア装置、通信及び軍事司令区画、MAt格納庫及び修理区画、前部バリア装置及。以上を詰め込んでから前部装甲で蓋をする。
この作業は半月掛かった。配線ミスに気付いてやり直しなった時は小隊全員ゲボ吐きそうになってたマジで。
「あー、やっと完成した……」
白い抹香鯨の様に見える新型砲身艦を眺めてリンドウは達成感と共に呟く。
『完成おめでとうリンドウ小隊の諸君』
「御協力有り難う御座いました丹技術中尉」
『ああ、御苦労様。じゃあ完成した事だしこの船の艦級を教えよう。何となくわかってそうだけどね』
「まぁ絵面が抹香鯨で白いですからね」
『予想通り7㌖砲身モビーディック級砲身艦だ。出来た順番的に七番艦ラッキーセブンだね。それじゃあ健闘を祈るよ小隊諸君」
「小隊、中尉に敬礼!」
『フフ、またね』
「さて小隊各位、今日は軍港じゃなくて母艦の格納庫にMAtを入れて明日は艦長と顔合わせだ。一先ずお疲れ様」
隊員達から「えーい」と返答。リンドウはコックピットでホログラムを出して報告書を作成してからモビーディックを眺めた。てか小隊全員が文化祭だの体育祭をやり切った様な顔である。否この凡そ二週間で否が応にも連帯感と宇宙空間でのMAtの操縦技術は向上した。
「曹長、ティック=ホーン・ダイナステス=ネプチューン=ローチ中佐とは知り合いなんですか?」
「ああ、まぁちょっとね。苦手だねぇ」
「アイアンビートルでしたっけ。まぁ男は好きですけど女性は苦手ですよね。けっこう虫っぽいし」
「良い奴なんだけどねぇ……」
そう言って艦長室の前に立ち止まる。リングを操作して。
「失礼致します。MAt小隊長、挨拶に参りました」
扉が開き中には4㍍の黒いカブトムシが立っていた。真っ黒な鉄鎧を着た様な身体で、その胴体は異常に巨大だ。身体の中心から身体に沿う様に腕が伸びて、人の腕の如く四本の太く棘まみれの腕が生えている。更に頭の後ろから黄色い毛の生えた一本の長い角、人で言えば両肩に二本の小さな角が生え、背中には切れ目があって下には翅が伸びていた。
胴から伸びる首は山の様で複眼の瞳のついた機械じみた顔は鋭く太く長い刀の様な角の一部の様になっている。触覚の様なブラシの口と開閉式の口が備わっており全身が鉄の様であるが為に西洋甲冑の頬当てビーバーを思わせる見た目だ。そんな巨大な身体を支える他関節の足は短く太く鉤爪の様だがハッキリ言って竜頭蛇尾。
その軍服は一応人型の宇宙人としては最も改造部分がが多いだろう物で、肩章の部分はツノのために穴になってるし、形状的に仕方無いが階級章は腕に付いていた。
「初めまして艦長殿。MAt小隊隊長オオクゴ・リンドウ少尉であります!」
「MAt小隊副長メアリー・ゴールドバーグ曹長であります」
「7㌖砲身モビーディック級七番艦船長ティック=ホーン・DNR中佐だ。リンドウ少尉初めまして。ゴールドバーグ曹長は久々ですな」
リングの通訳に合わせてブラシの様な口が揺れて羽の音と共に響く。そして椅子に座る様に促された。
「戦法の見極めついでに如何です?貴方方の故郷のバナナでも。こればかりは故郷の樹液や果実と肩を並べる美味しさだ」
表情は全くわからないが陽気に言う艦長。
「有り難く頂戴します艦長」
そう言ってリンドウはゴールドバーグ曹長と共に敬礼した。
リンドウはカツ丼と麦茶にバナナをデザートに。ゴールドバーグ曹長はステーキにパンとバナナシェイク。ティック=ホーン艦長は赤土粥と発酵バナナとバナナペースト樹液掛けを並べる。
全員が軍人故に量が多い。だがティック=ホーン艦長の皿は一際で一皿が中華鍋の様。それを手で持ち上げてブラシで削る様に食ってる。
ブラシの口を赤土粥に付けて食べていた艦長は一心地ついたのか二人の食事風景を見て。
「お二人は余り食欲が無いのですか?」
「アースウォーカーはこんなモンですね。私は軍属にしては少食ですけど」
リンドウが答えれば艦長は空になった中華鍋を置いて角のブラシ部分を撫で付けながら。
「ああ、申し訳ない。どうも最近まで同輩の多い現場に居たもので」
「いえいえお構い無く。私も異星人や他生命体との認識齟齬は多いクチですから」
そうして食事を終えた三人は訓練や連携の方法を打ち合わせして解散した。艦内の自室に戻るまで服がバナナフレーバーに包まれていたのは笑いどころだろうか。
翌日、MAt部隊は廃棄する現主力艦の側を並べて戦闘の流れを確認する事になった。ある程度動きが纏まれば現主力艦と実際に模擬戦闘を行う手筈である。随分と豪勢な事だがそれも当然の事で塹壕戦の様に、そしてそれよりも長い期間を敵と睨み合い明日をもしれぬ期間を過すのだ。実数年でいえば10年はザラに艦隊同士が宇宙空間を漂い続けるのだから打開策に期待しての大盤振る舞いは至極当然の事だった。




