金髪碧眼で美少女の幼馴染がヤンデレになろうとしているけど、どう頑張ってもチョロインすぎる
ゆっくりと、整った爪を持つ白い指が、僕の髪をなぶるように撫でる。
僕ら二人だけの部屋に、エアコンの乾いた音が響く。
「……雅樹、あなたはわたしだけのものよ」
「うん」
「……他の女に手を出したら、殺すわよ」
「うん」
「……ねぇ、わたしのこと、好き?」
「うん」
「……じゃ、じゃあ、キスして…?」
「うん」
僕は艶やかな金髪にゆっくりと手を添えて、青い瞳を見つめながら、顔を近づけ、唇を合わせようと身動きした。
色素の薄い白い肌に、リップクリームだけでも充分に赤い唇が映える。
鼻先が触れそうなほど、近づく。
ふっと息が唇に当たる。
「……雅樹…、やっぱり恥ずかしいっ!!」
キスの直前で、シーナが僕の肩を力強く押した。そのまま、僕はシーナと反対側のソファに倒れる。
「キ、キキ、キスって!なんで雅樹は平気なの?!」
顔を真っ赤にして、夏用のセーラー服に皺ができることも気にしないで、僕と反対側のソファに突っ伏しているシーナ。
「パンツ見えそうだよ。見せてくれるなら、黒のガーターがいいな」
「そんな恥ずかしいの穿けない!」
「あぁ、じゃあ、やっぱり僕のことは好きじゃないんだ」
「好きだもん!」
「でも、僕はヤンデレのお姉さんが好きだから」
「だ、大丈夫!わたしヤンデレだから!」
「ヤンデレお姉さんはそんなこと言わない」
「中学生のくせに…ヤンデレの基準が厳しい…!」
真っ黒いウサギのぬいぐるみをボスボスと殴っているシーナを見て、僕はゆっくりと紅茶を飲んだ。
うん。セカンドダージリンも美味しいな。
両親の留守中、中学二年生の僕に勉強を教えに来ているはずの高校二年生で幼馴染のシーナは、勉強そっちのけで僕を口説き落とそうとしている。
どうせキスなんて、シーナに出来るわけがないのに。
ああ、クーラーの効いた部屋で飲む淹れたての紅茶は美味しい。
シーナは、ノルウェー人とイタリア人から産まれた父と、日本人とイギリス人から産まれた母を持つ子どもで、青い瞳に綺麗な金髪の美少女だ。
根っからの日本育ちで、僕とは三歳からの付き合いだ。
生後三ヶ月の僕にプロポーズして、僕はそれを受け入れたらしい。
いや、三ヶ月でプロポーズの意味がわかるかい。
「だって、うんって言ったもの!」
僕が疑問を投げかけるたびに、シーナは断言する。
「わたしと結婚するの!」
そう言っては、抱きついてくるのが常だった。
そんな僕もお年頃になった。
物心ついたころから、ずっと「雅樹、大好き!」と言われ続ければ、金髪碧眼の美少女でもちょっと反発したくなる。
だから、友人が貸してくれたヤンデレの黒髪ヒロインが可愛らしい漫画を突きつけて言ってやったのだ。
「僕は、ヤンデレのお姉さんが好みだから」
「保育園の時は、Eカップの美羽せんせーが好きだって言ってたじゃない!」
「それはその時の好み」
「なんでよ!こんなにがんばって育てたわたしの胸は?!」
「うん、これはこれで好き。でも、ヤンデレお姉さんに束縛されたい」
「じゃあ、わたしはヤンデレになる!」
そんな会話をしたのがひと月前。
どこで仕入れてきたのか、漫画でありそうなヤンデレお姉さんのセリフを実践してくる。
でもなぁ。
「シーナはヤンデレに向いてないよ」
「なんで?!こんなに頑張っているのに!」
「ヤンデレは頑張ってなるものじゃないでしょ?滲み出るのがヤンデレだから」
「だって、わたし雅樹のこと好きだもん。ずっと雅樹には好きでいて欲しいもん」
「そんなオープンなヤンデレは、ヤンデレじゃない」
テーブルの上に広げた数学のノートに、さらさらとシャーペンを走らせる。
「はい、解答欄見て」
「……えーと、うん。合ってる」
「ご褒美は?」
「大変よくできました」
そう言って満面の笑みで僕の頭を撫でるシーナ。
ヤンデレお姉さんには、ほど遠い。
僕はため息をついた。
シーナの通う女子校は、僕の通う中学校の隣にある。
シーナがそこに進学を決めたのは、セーラー服を着たかったからと言っていた。
金髪碧眼の巨乳の美少女がセーラー服。
幼馴染のひいき目をさし引いても、とても目立つ。
毎日の登下校で寄ってくる変なおっさんたちからシーナを守るために、一緒に通学してくれとシーナの両親から頼まれて一年半近く。
僕はお姫様の騎士よろしくシーナと毎日通学している。
「ねぇ、雅樹、今日のおやつはチーズケーキだって」
「シーナ、チーズケーキ好きだよね」
「うん、お母さんの作るケーキは大好きなの」
「美味しそうに食べるシーナが僕は好きだよ」
「ほんと?嬉しいな、雅樹、大好き」
そう言って僕の腕にしがみついてくるシーナの胸はいつも柔らかい。
「あれ?雅樹、身長伸びた?」
「うん、最近膝が痛い。成長痛かな」
「わぁ、背の高い雅樹もかっこいいね」
「まだ伸びてないから」
そんな会話をしながら女子高の校門に着く。
「じゃあ、帰りは四時半にこの校門まで迎えに来るから」
「うん、図書館で勉強してる」
「じゃ」
「またねー、雅樹」
そう言ってから、シーナが高校の敷地内に入るのを見届けるまでが毎朝のことだ。
その後はひとりで中学校の校門をくぐり、校舎に入る。
教室について、机にカバンを置いてからひと息つく。すると前の席の大河が僕の方を振り返り、にやにやと笑いながら挨拶をしてきた。
「おはよう。雅樹、今日も羨ましいな」
「おはよう、大河。いつものことだよ」
「モテモテだな」
「全然モテてないよ。大河こそバスケ部のエースでモテモテじゃないか」
「まあなー。でもなぁ」
大河が何かを言いかけたが、教室の後ろを見てから、何でもないように頭を振ると、今日の数学の課題の話になった。
大河はモテるせいか、シーナに対して全くいやらしい目をしない。だから、安心して友人でいられるんだが。
シーナは本当に小さい頃から、変態ホイホイで多種多様なおじさんたちに声をかけられている。
アブラギッシュなメガネのおっさんに、真夏でも長袖長ズボンに革手袋をしているおっさん、赤いフェラーリに乗ったおっさん、真っ白な髪の執事服のおっさんと数え上げればキリがない。
シーナが小六までは僕と同じ小学校だったから、朝は一緒に通学していた。帰りはおばさんや僕の母さんが迎えに行っていた。
母さんが迎えに行く時は、僕も一緒で、途中で買ったコーラを交互に飲みながら帰ったのもいい思い出だ。
シーナが中学校に入ってからは、同級生の女の子たちと帰るようになった。それでも女の子たちだけだと、変態どもはまだいけると思うのか、ちょこちょこシーナの前に現れては変なことをしていく。
そんなある日、公園で友だちと遊んでいると、学校帰りのシーナがひとりでいるのを見つけた。
「シーナ、友だちと一緒じゃないの?」
慌てて僕が駆け寄ると、シーナは顔を俯かせたまま、ぼそりと答えた。
「……ケンカしちゃった」
「なら、今日は僕が送るからっ」
目を合わせてこないシーナが心配で、僕は遠くから一緒に遊んでいた友だちに、先に帰ると大声で叫んだ。
振り返ると、シーナがいない。
ぞっとした。
公園の周りは住宅街で、少し奥に行くと路地が入り組んだつくりになっている。人間が二人くらい隠れそうなところがいくつもある。
急いで一番近い路地の奥に向かって走ると、くぐもった声が聞こえた。
「シーナ!」
後部座席のドアを開けようとしながら、シーナを抱き寄せているおっさんの姿が見えた。
「てめぇ、何してんだ!」
手に持ったままだった木製バットを車のフロントガラスに叩き込むと、車の防犯ブザーが鳴り響いた。
おっさんが僕の方を見て、慌てたようにシーナを突き飛ばす。
「きゃっ!」
シーナがアスファルトに倒れ込むのを見て、僕はキレた。
フロントガラスの他に、サイドミラーとボンネットをべこべこのぼこぼこにした。
たぶん、そんなに高い車じゃないと思う。ボンネットがかなりへこんでたから。
ブザーと、車を連打する音で近くの人が警察を呼んだらしく、不審なおっさんはすぐに捕まった。
僕は車をべこべこにしたことで、警察から話を聞かれたが、「シーナねぇちゃんが、シーナねぇちゃんが」と、ずっと泣きながら言ったせいか、親にも警察にも特に怒鳴られずに済んだ。
とにかく、シーナを守りたかった。
人を殴ることもできない小学生の僕は、シーナを連れ去ろうとしていた車を無闇に攻撃しただけだった。
頼りない小さな子どもの抵抗だった。
それでも、ためらわずに行動に出られるだけの勇気を認められたからか、シーナのお迎えは僕に任されることが多くなった。シーナにとって、僕の存在はとても安心するらしい。
実際、僕の腕にしがみついていないと不安で、シーナひとりだけでは学校に行けなくなっていた。
許すまじ、変態。
「なぁ、雅樹。姉ちゃんから頼まれたんだけど、これ、シーナさんに渡して」
「いいよ。漫画の続きかな。これ、面白いよね」
「姉ちゃんもハマっててさ。今度、感想聞きたいから帰りにミセスドーナツに行こうって。雅樹も一緒に」
「悠河さんに、日程はシーナと決めておいてって伝えて」
「ん。わかった」
昼休み。
バスケットボールを片付けた大河と体育館の階段に座って、のんびりと弁当を食べる。
大河のお姉さんの悠河さんは、シーナの友だちだ。高校が別になっても仲良しのようだ。
「なぁ、雅樹はシーナさんの彼氏なの?」
「違うよ。幼馴染。結婚の約束してることになってるけど」
「……それは、婚約者ってことか?」
「違うよ。僕はヤンデレのお姉さんがいいんだ」
「ヤンデレのお姉さんって、何だ?」
「常に僕を溺愛してくれて、病的なまでに僕に依存してるの。そんで、他の女の子と話したり目を合わせるだけでどす黒い嫉妬に燃えて、僕を囲い込むんだ」
「……それって」
「シーナは、僕が手を繋いだだけでも真っ赤になるんだ。あれはただのチョロいヒロインにしかなれない。正真正銘のチョロインだよ」
「……そうなのかなぁー?」
「何だよ」
「いやー?」
何か含みのありそうな声だったが、大河はそれ以上は何も言わなかった。
漫画の話をしようかと、僕が口を開こうとした時、体育館横の屋根付き通路から女の子の声がかかった。
「大河くーん、ごめん、ちょっといい?」
「……わり、ちょっと行ってくる」
「はいはい、ごゆっくりー」
また告白の呼び出しだろうか。二年になってから何度目の呼び出しかわからない。
その度にひとり置いていかれる僕は、友人のモテモテぶりに呆れて、ぶらぶらと手を振って見送った。
*****
「大河くん、こっちに来て」
雅樹と離れて、体育館倉庫前まで移動する。
どうせいつものことだと、うんざりしながら目の前の女子たちと向かい合う。
「で?何の用?」
「ま、雅樹くんが隣の女子高の先輩と付き合ってるって、本当?!」
「結婚の約束をしてるらしいよー」
「え、ええぇ?!」
「心愛、やっぱり無理だよー」
「でもぉ、だってー」
「告白するのは自由だけど、その後は知らないからなー」
「え、大河くん、何?雅樹くんに告白するとどうなるの?」
「さぁー。わからないなー」
俺はできるだけニヤニヤと笑ってやると、女の子たちは顔面蒼白になったり、真っ赤な顔になったりと忙しい。
「やっぱり、あの先輩のバックに何かついてるんだよ」
「おじさんたちが頭下げてぺこぺこしてたもんね」
「それに、あんな美少女で、む、胸まである人に勝てる気がしない!比べられても悲しいだけなんだけど!」
俺はそこについては何も触れずに黙って立っていたが、女の子たちは何かよくわからないながらも何かを理解したらしく、心愛と呼ばれた女の子の背中を撫でながら、立ち去っていった。
「あー、めんどい」
雅樹は気づいてないが、シーナさんは充分ヤンデレだと思う。
姉ちゃんから聞いた話では、中学時代は毎日下校する雅樹の姿を双眼鏡で見ていたらしい。
あの日も、下校してからバットを持って公園に向かう雅樹を見ていたシーナさんが、姉ちゃんたちに頼んで公園まで連れていってもらったらしい。待ち伏せをしていても、雅樹はまだ帰らない。
呆れた姉ちゃんたちが帰ると、偶然に知らないおっさんに話しかけられ、塩対応でさっさと追い払ったところに雅樹がようやく来たらしい。とっさに嘘をついて、姉ちゃんたちとケンカしたから、ひとりだと言ったところで、塩対応されたおっさんに誘拐された。
その後は雅樹も知っての通りだが、そこからがシーナさんの本領発揮だった。
姉ちゃんから聞いたことをまとめると、
「あんな怖い思いをしたから、男の人は金輪際信じない。でも、助けてくれたのは雅樹だから、雅樹だけは信じる。
孫の顔が見たければ、雅樹と結婚させて」
と、互いの親から囲い込みを始めた。
お互いの両親も仲良しなので、それならいいかと両家では結婚を承諾。
ただし、雅樹の意志が一番大事だと諭され、シーナさんはせっせと毎日口説き落とそうとしている。
ヤンデレの自覚があるのか、雅樹の許容範囲を知るために、俺を使ってヤンデレの漫画をぶち込んできたのも、シーナさん本人だ。
姉ちゃんから頼まれる漫画のおつかいも、姉ちゃんが雅樹と顔見知りになるための手段だったりする。
別に姉ちゃんが関係しなくても、雅樹とは気が合うから、俺は一番の友人になっていたと思う。だが、姉ちゃんも雅樹と顔見知りになることで、周囲の女子に牽制が出来たりする。
まあ、例えばこんな感じだ。
「……シーナさん、雅樹はまだですよ?」
「あ、大河くん!ランニングおつかれ!
うん、四時半に校門に迎えに来るって言ってたんだけどね。でも、それじゃあ、雅樹を狙う女たちが気づかないじゃない?」
うっそりと笑うシーナさんは、まだ明るい夏の陽射しの下で見ても、どこかぞっとするほど闇が深い。
「わたしの後輩だった今の三年生だと、雅樹へのわたしの深い愛を知っているけど、雅樹の同級生や後輩の子たちは知らないから、ね」
可愛らしくウィンクするが、その目は笑っていない。
「……それで?話しかけてきたんだから、何かあったんでしょ?」
「昼に、同じクラスの心愛っていう女子に、シーナさんが雅樹の彼女か聞かれました」
「そう。それで?なんて答えたの?」
「結婚の約束してるらしいって」
「んふふっ。嘘じゃないものね」
「無効だと思いながらも、雅樹もそこは分かってますから」
「いい子ね、大河くん」
「……うっす」
俺はちょっと震えた声で答えた。
シーナさんは変態ホイホイだが、それ以上にオヤジ殺しだ。この辺の有力者のおっさんたちに可愛がられている。
きっかけがナンパでも、変態息子の不始末でも、気がつけばシーナさんの虜だ。
ある意味、シーナさんの後援会は恐ろしいことになっている。
俺のような中学生でも、逆らってはいけないことくらい分かる。
「それじゃ、ミセスドーナツの日程は姉ちゃんとシーナさんで決めてください」
「うん、分かったー。学校の外でも雅樹に近づく女は排除しなくちゃね」
「……姉ちゃんのことは、信用してるんですね」
「だって、悠河はわたしの顔が大好きだからね。逆らったらもう顔を合わせないって言ってるもの」
「我が姉ながら、何だかなぁ」
「あ、雅樹〜!こっちこっち!帰ろー!」
同一人物かと思う勢いで、無邪気な声をあげては、両手で雅樹に手を振っている。
雅樹もヤンデレのお姉さんが好きだと言っていたし、これでいいかと俺は大きなため息を出した。
*****
シーナの学校へ迎えに行こうと校舎から出ると、大河と一緒に校門近くに立っているシーナを見つけた。
「雅樹〜!こっちこっち!帰ろー!」
元気に両手を振るシーナ。僕が近づくと、嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねた。金色の髪と大きな胸が揺れる。
「セーラー服の襟、折れてる」
「え?直してなおして」
僕がシーナの肩に手を伸ばして、折れて変な風になっていたセーラーの襟を直す。
嬉しそうに笑うシーナ。
「それじゃ、雅樹来たんで」
そう言って、大河は体育館の方へと去っていった。
「一緒にいてくれてありがとうな、大河」
背中を向けたまま、大河がひらひらと手を振って返した。
「シーナ、そっちの校門に迎えに行くっていったじゃないか」
「大丈夫だよー。近いんだから」
「その油断が危ないんだ」
「へへっ、雅樹の方がヤンデレじゃないの?」
「これは、ヤンデレじゃない。ただの保護者だ」
「えー、わたしの方が年上のお姉さんだから、保護者じゃないの?」
「なんか違うと思う」
「もう、そんなこと言うんだったら、紅茶淹れてあげないから。わたしの淹れた紅茶じゃないと飲めないくせにっ」
「わかったよ。保護者のシーナさん」
そう言って僕はシーナの手を繋いだ。それでもまだほっぺを膨らませて怒った顔だったので、指と指を絡ませる形に握り直した。
途端に、シーナはにっこりと笑う。
「今日の茶葉は何にする?」
「チーズケーキだから、ニルギリにしようか」
「うん!」
シーナは絡ませた指を嬉しそうに、ぎゅっぎゅっと握り返してくる。
こんなことで喜ぶなんで、やっぱり僕のシーナはチョロい。
ヤンデレなシーナも見てみたいけれど、まぁ、どんなシーナでも可愛いから、いいかと思っていたりする。
チョロインのシーナと対極のヤンデレお姉さん好きを続ければ、もう少し困った顔のシーナを見続けることが出来るなと、僕は心の中でニヤニヤと笑みを浮かべた。
「雅樹、大好きっ!」
「うん、知ってる」
「えへへ」
今日も僕のシーナは可愛い。
『【連載版】金髪碧眼で美少女の幼馴染がヤンデレになろうとしているけど、どう頑張ってもチョロインすぎる』
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はじめました。