君の真似
「なんか最近、恋人が冷たい」
「はあ?」
放課後の生徒会室。深刻な顔をしながら、冬雪は、庶務の女の子にそうやって話を切り出した。
女の子は話を聞かされるなり、呆れ顔になる。
女の子の反応など気にせず、淡々と語り始める冬雪。
「どうしよう、本気で恋人が冷たいんだけど…!若き庶務よ、先輩に知恵を貸してくれ」
女の子を前に手を合わせる冬雪。
女の子は思いっきり顔を顰める。
「えぇ、恋バナとか正直めんどくーー」
「めんどくさいなんて困ってる先輩を前に、見捨てるようなこと君は言わないよね?」
にこやかな冬雪の圧。
「あ、ハイ。言いません。手伝います」
圧に翻弄されて、手伝うことになった女の子。冬雪は、ニコニコの笑顔で「よかった〜!」と言った。
そんな冬雪に闇を感じながら
「えーっと、先輩の恋人ってあれですよね。夏くんですよね」
と、女の子は言った。
冬雪は、ブンブンと頭を振って頷く。
「そーそー、夏。夏ってさあ、クラスにいてもあんな感じなの?君は夏とおなクラでしょ?」
「はい。まぁ、おなクラですよ。夏くんは、いつも冷たいですよ。優しいんですけど、クール?って感じ。恋人なら知ってるでしょう?」
「いや知ってるけどさ。でも、あれはクールの度を越してるよ。cool超えてcoolestって感じだよ」
「うっわ、意味わかんな」
女の子はジト目になって呆れながら「夏くんはツンデレなんですよ」と冬雪に言った。
「夏くんは、ツンデレなんですよ、きっと。どーせ、冬雪先輩の前だと恥ずかしいとかいう感じじゃないですか?」
「えー?そーなの??」
「本当の真実は、分かりませんけどね。ていうか、こんなこと言うなら、聞きゃあいいじゃないですか」
「夏くん本人に」ため息混じりにそう言う女の子に、冬雪は「できる訳ねぇじゃん!!!」と反論する。
「はいはい。要するに、先輩はヘタレっつー訳ですね。ご愁傷様です」
女の子は、先輩の力強い反論に対して、目を細めて小馬鹿にするようにそう言い放った。
◇
『押してダメなら引いてみろ。冬雪先輩が押しすぎるからいけないんですよ。引いてみたら良いんじゃないっすか』
親愛なる後輩の優しいアドバイスを受けて、冬雪は愛おしい恋人を前に、一歩前に引いてみることに決めた。
放課後。
夏と冬雪は、二人きりで帰り道を歩いていた。
いつもならペチャクチャと、勝手に一人で話す冬雪だが、今日は珍しく黙っていた。
夏はそんな冬雪に疑問を抱く。
「なんですか、先輩。体調悪いんすか」
不安に思って顔を覗き込んでくる夏に、抱きつきたい気持ちを抑えて冬雪は「んなことないよ」と笑った。
夏はそんな冬雪の様子に、さらなる疑問を募らせる。
「そうですか…、なら良いんですけどね」
怪しいとでも言いたそうな顔つきをしている夏。
ちなみに、冬雪の方は夏が心配してくれる様子を見て少し喜んでいる。
二人の間に微妙な沈黙の間が生まれる。
「…そういえば、先輩。昨日、借りた小説読みましたよ」
夏は沈黙に耐えきれなくなって、小説の話題を振った。きのう、冬雪が夏に貸した小説というのは、最近話題のSFの本であった。
その話題を振られてもなお、冬雪は塩対応を突き通す。
「オチが良かったです。まさか、あの艦長が宇宙人だとは思いませんでした!びっくりしちゃった〜」
気を利かせてニコニコと話す夏に、だんまりな冬雪。
夏は更に顔を歪める。冬雪の態度に疑問しかない様子だ。
「先輩、本当に大丈夫ですか?」
「なにが?」
「テンション」
夏は冬雪の態度をストレートに心配してくる。
冬雪は珍しい夏の態度に、内心ニヤニヤが止まらなかった。
表面ではもちろん、ポーカーフェイスである。
「テンションってこれが普通だよ」
そう答える冬雪に夏は目を細めた。
普通じゃねえだろとでも言いたげな瞳を揺らしてる。
また微妙な沈黙が二人を包む。
沈黙を気に留める様子もなく景色を見ている冬雪。夏は、そんな冬雪をジロジロと見た。
冬雪は単純に移りゆく景色を楽しんでいて、夏の視線に気づかない。
夏は、構ってくれない冬雪にムッと口を尖らした。
いつもならうざったらしいほどに絡んでくる冬雪が、今日に限って構ってくれない。それほど、夏にとってつまらないことはなかった。
「先輩」
いつまでも塩対応の冬雪に、夏が自ら構いに行く。待ってても、冬雪は構ってくれそうもないので。
冬雪は愛おしい恋人の声を聞いて、振り向いた。
「何?どぉしたの、夏ーー」
優しい声色で話しかけてくる恋人の話を聞くまでもなく、あざとい後輩の夏は、先輩である冬雪の胸ぐらを掴んだ。
胸ぐらを掴んで、自分の顔の方にグィッと力強く引き寄せる。
引き寄せてから、優しく自分の唇と冬雪の唇を合わせてキスをした。
夏と冬雪の身長差は十五センチほど。
夏から冬雪にキスをするには、夏が冬雪の身長に合わせて爪先立ちをしなければならない。
先輩を前に、自分が爪先立ちするのは癪だ。
そう考えた夏は、冬雪の胸ぐらを掴み自分の身長似合うぐらいまで冬雪を屈ませることにした。その作戦は見事に成功。
満足そうな顔の夏と、呆気にとられる冬雪。
冬雪は「え?」と思わず口に出した。
そんな先輩に反応する間もなく何事もなかったかのように、スタスタ歩き出す夏。
「え、え、ええ????」
冬雪は顔を茹だこ並みに真っ赤にしながら、スタスタと先に行ってしまう後輩の後を、急いで追った。
「え、まって。ど、どうしたの夏」
「どうしたのって別に、僕はどうもしてないですよ」
ツーンとした様子で夏は「先輩の真似しただけです」と意地悪そうに笑った。
冬雪はこの言葉を聞いて、どんどん顔を朱に染めていく。
「夏ってほんとそういうトコロあるよねっ…」
「そういうところってどういうトコロですか」
先輩改め恋人の表情の変わり具合を見て、夏はニヤニヤと意地悪な笑顔で話の続きを促した。
冬雪は夏の生意気な態度に、顔を歪める。
「あ〜っ!もうっ。こういうところだよっ!!!!」
楽しそうにクスクスと声を上げて笑っている夏。
冬雪は大きな手で、真っ赤な顔を隠しながら、我が愛しの後輩を睨んだ。
「先輩、そんなに睨まないでください」
夏は、真っ赤な顔した先輩を目の前にして、優しい口調で「僕はただ先輩の真似しただけですから〜」と微笑んだ。
◇
「あー、で、先輩。夏くんとは仲良くできたんですか?」
後日。
女の子は冬雪に、あの『押してダメなら引いてみろ』作戦の結果を訪ねた。
冬雪は顔を机に伏せたまんま「うまくいったよ、ある意味な」と言う。
「ある意味ってどういうことですか」
「ある意味はある意味なんだよ」
女の子は、冬雪の意味不な言葉に、理解ができず頭の上に?を浮かべる。冬雪は何にも語る様子はなく、ただ女の子を前に突っ伏していた。
「まあうまくいったなら良いですよ」
ニコニコとそう語る女の子に、冬雪はただ静かに「もう二度とあんな作戦やんねーわ」と呟いた。
構われすぎるのはウザいけど、構ってくれないのはつまらない。
年下に攻められて、どうしたらいいか分かんなくなるダメな年上が好きです。