第08話 手を結ぶ異能
「も、もちろん無料でやってくれなんて言わないわ。……〈杯〉への願いを5つ、あげる」
ナツキがホノカの言葉を聞いて、少し考え込む様子を見せていると彼女は慌てたようにそう言った。
「……5つも?」
「私が願うのは、2つで良いの。それだけを叶えるために、〈杯〉を集めてるから……」
「……なるほど」
ナツキは相槌を打つと、深く椅子に座り直した。
どんな願いも叶える器。
確かにそれだけ聞くと、魅力的だ。
もし、それが本当なら大学に行くために一生懸命バイトをする必要も無い。
いや、『普通の生活』を送るために大学に行く必要すら無いんじゃないか?
例えば5000兆円とか願えば……。
なんて馬鹿げたことを考えながら、ナツキは彼女に尋ねた。
「……ホノカ、聞いても良いか?」
「な、なんでも聞いて」
未だにナツキが首を縦に振らないので、顔に焦りが浮かぶホノカ。
「〈杯〉は……本当に、何でも叶えられるのか?」
「なんでも叶うわ。不老不死、使い切れない財宝、魔法の真理……。どんなものでも、どんな願いでも叶うのよ」
「なら……」
ちらりと、ナツキの視線が戸棚に向かう。
そこには、笑顔で写真に写っている3人がいた。
「……消えた人間を見つけだすことも、出来るのか?」
「出来るわ」
「……死んだ人間を生き返らせることも?」
今まであえて考えないようにしていたことを、言葉にしてナツキはホノカに尋ねた。
「出来るわ」
「……ッ!」
ナツキは息をのむ。
そんな彼に、ホノカはひどくフランクに続けた。
「ナツキも、私の願いと同じなのね」
「ホノカも?」
だが、ナツキが問い返した瞬間に……『しまった』という様子を見せた。
だが、そこまで言ったのなら、と言わんばかりに続ける。
「……私が〈杯〉を追ってるのは、死んだ両親を生き返らせるためよ」
彼女の言葉に、ナツキは思わず……黙り込んでしまった。
「殺されたの。同じ異能に、ね」
ホノカはそう言うと、そっと微笑んだ。
だが、ナツキは知っている。
その笑いは……それ以外に、感情の出し方を知らないからだ。
周りに気を使わせないための、笑いだ。
「日本に、来たのは?」
「日本には沢山の異能と、〈杯〉の断片があるの。だから、1人で日本に来たのよ」
「……1人で」
その言葉に、ナツキはぎゅっと心臓を握りしめられたような錯覚に陥った。
一緒だ。彼女は俺と……同じなんだ。
「……手伝うよ、ホノカ」
思わず、そんな言葉がついて出た。
1人で何かをやらないと行けない辛さと、苦しさは……何よりも自分が知っている。
ずっと、彼女はずっと戦ってきたのだろう。
それも、たった1人で。
今日みたいに死にかけて、辛い目にあって……それで、願いを叶えるために。
「……ほ、本当に良いの?」
「俺も叶えたい願いがあるから……さ」
半信半疑のホノカに、カッコつけるためにナツキはそう言うとホノカが……涙を流した。
「ちょっ……」
泣かれるなんて思っても無かったナツキは困惑。
何をしたら良いのだろうと、おろおろしているとホノカは涙を拭った。
「ご、ごめん。大丈夫。……嬉しかったの、初めて助けてくれる人がいたから」
「初めてって……」
「異能は基本的に……自分勝手だから。――私も含めて、ね」
ホノカのその言葉に……ナツキは、ホノカの過去を見た。
「じゃあ、どんどん俺を頼ってくれよ」
だから、というわけではない。
「手伝えることがあるなら、何でも手伝うから」
「……ありがとね、ナツキ」
でも、困っている人がいるのなら……助けるのが、自分だと思うのだ。
「恩返しってわけじゃないけど、先輩の『異能』としてナツキに『異能』としての振る舞いを教えてあげるわ」
「マジか! 頼む!!」
今は【鑑定】スキルと推測で、なんとかやりくりしているのだ。
もし教えてもらえるのであれば、すごく助かる。
「まず、一番大切なことを言うわね」
「ああ」
「異能は、隠すこと」
「……なるほど?」
一番大切なこと、というのだから、どんなものが飛んでくるんだろうと思って身構えていたが……ホノカが言ったのは、とてもシンプルな内容だった。
「ナツキはまだ『異能』の世界に足を踏み入れたばっかりだから、分からないだろうけど……世界の国々には異能がたくさんいるのよ」
「沢山いるのか!?」
「少なくないわ」
どっちだよ。
「でも、そのほとんどが未覚醒。一般人として過ごしてる。その中でも覚醒した『異能』たちが取る行動は大体2つに分かれるわ」
「2つ?」
「そう。1つは『異能』を隠して、今まで通りに振る舞う者」
「ふむふむ」
それは簡単に想像がつく。
「2つ目は、『異能』を使って悪事を働こうとする者。例えば誰もばれないようにこっそりレジからお金を抜いたりとか」
「小物だな」
「誰にもばれないように、こっそり人を殺したりだとか」
「…………」
大物だな、とは流石に言えない。
「だから、異能なんてものがいるって分かったら世界は混乱するわ。だって、簡単に人を殺せる人が沢山いるんですもの。ナツキも、それは分かるでしょ?」
「……ああ」
例えば今、ナツキが持っている【剣術Lv2】。
これは手刀ですら剣術に当てはまる。
もし、ナツキが『鎌鼬』を使おうものなら、誰にもバレずに人の首を刎ねれるだろう。
もし、ナツキが刀を持って電車の中で暴れまわったら誰にも止められることなく、皆殺しにできるだろう。
すでに彼には、それだけの力がある。
「だから、各国は異能がいるってことを隠してる。そして、異能がバレないように異能を囲ってるのよ」
「異能を……囲う?」
「異能の犯罪者を捕まえたり……巻き込まれた一般人の記憶処理をしたりするのよ」
はぇ……。
「彼らは異能狩りって呼ばれてるわ。強くて、経験豊富。異能を捕まえるためのノウハウも蓄積されてる。それに、一般人に危害を加えた異能を殺して良い権限を持ってるわ。だから、彼らの前で悪事を働くと問答無用で殺されるの。有名なところだとバチカンの殲魔士とかね」
「……日本にもいるのか?」
ナツキの疑問に、ホノカは頷いた。
「いるわ。“天原”って家をトップにして、異能狩りをやってる。とても強いわよ」
「…………」
「でも、悪いことをしない限り何もしてこない。異能の警察ってところね」
「警察も一般人には何もしない……か」
「そう。だから、異能は隠すの。特に、人前じゃ見せない。何が起こるか分からないし……それに、いつどこで他の異能が見てるかわからないしね」
「……異能に見られるとまずいの?」
「それは、私よりもナツキの方が詳しいんじゃないの?」
ホノカにそう言われても、理解できないのでナツキは首をかしげる。
「【鑑定】よ」
「……あっ」
合点がいって、頷いた。
そもそもあれを他人に使おうという発想がなかったが、それで他人のステータスが見れるなら……簡単に相手の異能が分かってしまうだろう。
「新しい異能は大体これを持ってるって聞くわ。……スキルって言うんだっけ?」
「……俺も、持ってる」
「魔女にも似たような魔術があるの。ナツキたちのより時間がかかるけどね。それを使えば、相手がどんな力を持って、どんな異能を持ってるか分かるのよ」
【鑑定】を使うとひどく具体的に情報がでるのだ。
自分が持っている異能なんて簡単にバレてしまう。
「バレたら、不利になる。分かるでしょ?」
「……なんとなく」
「それに、断片は他の断片と引き合うの。私たちは、ただでさえ他の異能に狙われやすいのよ」
「断片が引き合う?」
「そう。より多くの断片ほど、引き寄せるわ。だから、異能を見せびらかして……無駄なリスクを負う必要はないのよ」
「……なるほど」
なんとなくだが、理解した。
異能を見せないなんて言われたときには、研究所に捕まって解剖される……とか言われるのかと思ったが、現実はもっと冷たくて……現実的だった。
「あっ、でもさ」
「どうしたの?」
「異能が悪いことをしたら、異能狩りが来るんだろ? だったら、異能に襲われることは無いんじゃないか?」
ナツキの言葉に、ホノカは首を横に振った。
「異能狩りが動くのは、一般人に危害を加えた異能だけよ。異能同士の戦いは……見逃すわ」
「そ、そうなの? なんで?」
「勝手に潰し合ってるからよ。でも、もしその戦いで一般人に被害がでたら、異能狩りが来るわ。だから、私たちは『シール』の中で戦うの」
「……な、なるほど」
だから、わざわざあんな所で戦ってたのか……。
「だから、異能は隠しておいた方が得だわ。自分からリスクを背負いに行く必要は無いしね」
ホノカの言っていることがド正論極まりなくて、ナツキは唸った。
ためになるなぁ。
ナツキが感心していると、ホノカはスマホを取り出して時間を見た。
「もう夜は遅いし、私は帰るわ。ナツキの家族が帰ってきても悪いし」
「……送ってくよ」
家族はいつまで経っても帰ってこないが、それをいちいち言うのは空気を悪くするだけだ。だからナツキがそう言うと、
「私は魔女よ? 夜道でも平気だわ」
だが、ホノカは口では言うものの少しだけ期待するかのような顔でそう言うものだから、
「女の子を夜に1人で歩かせるわけには行かないだろ」
彼女にそういうと、ホノカはぱっと笑顔を咲かせて……すぐに真顔になったが、それでもニヨニヨとしているのが見えて、ナツキは思わず張り切ってしまう。
だが、家から駅まで送っていくので張り切るも何もないので……家の外に出ると、ちょっと前から気になっていたことをナツキは尋ねた。
「そういえば、ホノカって空を飛べるの?」
「ああ、あれは……飛行魔法よ。ナツキも聞いたこと無い? 箒にのって空を飛ぶ魔女の話」
「絵本で読んだことある」
「あれは16世紀くらいの魔法なの。今は何も使わなくても空を飛べるのよ」
「凄いな」
ナツキとホノカは他愛のない話をしながら、夜の住宅街を歩いていく。2人の他には誰もいない。ただ、等間隔に並んでいる外灯が地面を照らしていく。
もう少しで駅にたどり着くというところで、ホノカが立ち止まった。
「どうした?」
もしかして、さっきの戦いで怪我でもしたんだろうか。
ナツキは心配になって彼女の方を振り向くと、
「ナツキは……怖くないの?」
「何が?」
「私が」
「いや、全然」
ナツキは急にホノカが何を聞いてきたのか分からずに、首をかしげる。
「じゃあ、不気味だとか思わないの?」
「いや、全然」
急にどうしたんだろう? と、ナツキは不思議に思っていると、彼女はガチガチに緊張した様子も隠さずに、震えた声で口を開いた。
「じゃ、じゃあ……私と、友達になってくれる?」
「もう俺たちは仲間だろ?」
「ち、違うの! そういうのじゃないの!!」
どうやら違ったみたいだ。
「あ、あれはただの協力関係。そうじゃなくて、な、ナツキは……私と友達になってくれないかなって……」
なにかに怯えるように、何かを誤魔化すように早口でそういうホノカ。
ナツキは断る理由もないので微笑むと、大きく頷いた。
「もちろん。友達になろう。ホノカ」
そういうと、彼女はぱっと花のような笑顔を浮かべる。
そして、その場でジャンプでもしそうなくらいに顔を明るくすると、
「初めて……友達ができたわ。ナツキ」
とても嬉しそうな声で、そう紡いだ。
その言葉に、ナツキは心の中で涙した。