第3-20話 顕現
「鬼退治は兄貴の方が得意なんだが……」
アマヤの直上をナツキの拳が振り抜ける。
音速という壁を簡単に超え、ソニックブームを撒き散らし、生まれた衝撃波で瓦礫を吹き飛ばすナツキの拳は、しかしアマヤに当たらない。
「次の当主が俺となると、祓わねぇわけにも行かねェよな」
しゃがみこんだアマヤはそのまま膝をバネのように使って起き上がりながら、ナツキの顎めがけて強烈なアッパー。しかし、ナツキは後方に一歩下がると回避。アマヤの炎がナツキのオーラを削り取ると、火花を散らす。
その瞬間、ナツキの身体がくるりと回ると……グンッ! 回し蹴りがアマヤの腹部に吸い込まれた!
「『彗星』」
だが、アマヤは笑いながらその衝撃を余さずナツキに叩き返すッ!
「俺たち“天原”の初代は……ただの一般人だった。何の能力も持たねぇ。なんの特異性もねぇ。だが、それでも異能を狩ると決意した。何故だか分かるか?」
『どうでも良い』
「弱いからだよ」
アマヤはそういうと、地面を蹴った。
どこまでも前のめりになった彼は弾丸のように身体をしならせると、まっすぐ腕を伸ばす。ナツキがそれを防ぐために、片腕を掲げた瞬間、
「『星穿ち』ッ!」
キュドッッツツ!!!
ナツキの左腕に凄まじい衝撃が激突。だが、彼にとっては腕が痺れた程度。
鬼と化し、条理の外側にでたナツキの身体を壊すには“天原”の技ですらも不可能なのだ。
「やっぱりな」
自分の技が防がれたというのにアマヤは特別、不思議がることもなくそう言うと笑った。
「これじゃあ届かねェか」
『届かせねぇよ』
ナツキが言葉を突き刺す。
『お前は俺に届かない。それをお前に教えてやる』
「いんや、届くさ。俺たち“天原”はそのためにいる」
『…………』
「俺の炎は【神仏降臨】。人の身に余る神々をその身に降ろし、溢れ出る神々の炎で神敵を焼く。そのための、炎だ」
『それで?』
「俺の身体の修復にかかる時間は43秒。それまでは全ての能力を自己再生に使った。お前なら、これがどういうことか分かるだろ」
『これから本気を出しますとでも言うのかよ』
「本気なんてずっと出してた。これからは“魔”を祓うための、狩りの時間だ」
アマヤが飛んだ。ナツキはそれを見た。格段に速度の上がったアマヤの蹴りにナツキは身体が追いつかず、両腕を掲げてガード。次の瞬間、アマヤは空中で二回転するとナツキの身体を蹴り飛ばしたッ!
ドッッツツ!!!
腕に足が触れたと思った瞬間、ナツキの身体が地面と水平に飛ばされた。ナツキは腹筋を使って地面を足に下ろすと減速。だが、それよりも駆け出したアマヤの方が早いッ!
「せっかくの黒鬼になったんだったら」
地面に向けていた背中に向かってアマヤが膝蹴り。背骨が砕けたかのような錯覚を覚えると、ナツキの身体が宙に舞う。
「もうちょっと、身体を使ってやれよ」
そして遥か高くに上がったナツキに向かって、アマヤが浮かび上がった。
これはアマヤの意趣返し。先ほどナツキから食らった技をそのまま返しているのだ。
そのまま、アマヤがナツキを蹴った。
パァン!!!!
空気の破裂する音が周囲に響くとナツキの身体は数百m吹き飛ばされて、鉄筋コンクリートで作られた小学校の校舎に激突すると壁を貫通し、3階を粉々にして止まった。
「学校ごとぶっ壊すつもりだったんだが……耐えたか」
見ればナツキの身体が伸びている黒いオーラが校舎に空いた穴に付着すると、それはハーネスのようにまっすぐ伸びて、ナツキの身体を支えている。
「へぇ?」
オーラは大きく唸ると、カタパルトのようにナツキの身体を射出ッ!
「……こいッ!」
ナツキの身体は飛ばされた速度と遜色ないレベルにまで加速し直すと、アマヤの横腹を蹴り飛ばしたッ!!
ぶわ……っ! と、空気の壁に押し付けられるようにしてアマヤが着地。
そのままナツキを見上げると、そこには雷の槍を構えたナツキが空中に浮かんでおり、
『神鳴槍』
アマヤに向かって、投擲した。
それは光の線のような速度で地面に着弾すると、突き刺さった周囲の地面を一瞬にして赤熱化させると、気化した大地の体積が膨れ上がって――爆発ッ!
異能たちの戦いで生まれた瓦礫の山を散弾のようにして周囲に撒き散らす。しかし、アマヤは衝撃を全て地面に流してそれを受け止めると地面を蹴って加速。着地狩りの体勢。無論、ナツキもそれを見ていて何もしないわけがない。
彼は【空歩】スキルによって一歩空中を踏むことによって、アマヤのタイミングをずらすと上向きに空中を蹴って加速。ぐるりと廻ると、アマヤに向かって踵落としを叩き込んだッ!
「……ッ!」
アマヤは頭の直上で腕を交差させてガード。
バゴッ!!!
大地が大きく陥没するが、一瞬逃しきれなかったダメージがアマヤの腕に蓄積し、決壊。粉微塵に腕が砕け散るが、まるでカメラの逆再生でも見ているかのような速度でアマヤの腕が修復されていく。
『しぶといッ!』
「お前も似たようなものだろッ!」
そうだ。アマヤが降ろしているのは神々。
その力を借りた攻撃であれば、如何にナツキといえども無傷では済まない。
それでも今のナツキが万全の状態で動けているのは、【鬼神顕現】の副次効果によって身体の再生速度が信じられないほどに向上しているからだ。そのせいで、お互いに倒れない。死ねない。
通常であれば即死の一撃となるはずの攻撃ですらも、彼らにとってみれば一挙手一投足に過ぎないのだ。
『ぶっ殺してやるよッ! “天原”ァ!!』
「死ぬのはお前だッ! “八瀬”ッ!」
二人はそう叫ぶと互いに距離を置いた。
埒が開かない。
互いが互いに同程度の異能。
だからこそ、お互いを倒すには絶対の一撃が必要となる。
アマヤは右腕を前に突き出すと、左腕を遥か後ろに下げる独特の構え。
それはノゾミが『流れ星』と言って見せてきた技の構えにとても良く似ていた。
ならば、あれこそが本家の持ちうる技なのだろう。
一方でナツキが取り出したのは『呪刀:浄穢』。
金属は脆い。だから、彼に刀が通らないことはよく分かっていた。
だからこそ、より強固な刀を作り上げる。
固く、大きく、重たい刀を。【無属性魔法】を使って刀の周囲をコーティングし、この戦いに用いることのできるレベルにまで押し上げた呪いの刀で持って、この戦いを終わらせる。
ズドン、と重たい金属の音がした。
ナツキがふと見れば、いつの間にかそこには刀は無かった。
3mはあるだろうか。
夜の闇を削り出したかのように真っ黒で、太くて、無骨な金属塊があった。
それは無意識だった。
いや、ナツキの血に眠る本能だったのかも知れない。
ナツキが求めたのは頑丈性。
それだけを追求し、魔法で覆った結果、ナツキの手元に生み出されたのは大きな金属塊だった。
「鬼に金棒ってか」
『…………』
ナツキは手の中でそれを遊ばせる。
強化された身体では、金属塊を鉛筆のように感じた。もっと重たくても良い。
だが、金棒が地面に落ちた時に走った亀裂を見れば、それがどれだけの重さを誇っているのか分かるというもの。
『ぐちゃぐちゃにしてやる』
「大口を叩けるのも今のうちにしておけよ」
ナツキとアマヤがそういって互いの獲物を構えた瞬間、その後ろから凄まじい光が溢れ出した。
夜を塗りつぶさんばかりに溢れ出た光によって、ナツキは目がくらむかと思ったが……オーラがそれを防いでくれた。
光の上がっている方角はナツキの自宅。
見れば光に包まれて、背後にいくつかの光輪を携えた……大きな本が1冊、空に浮かび上がっていた。
真っ白でいて、くすみは1つもなく、明らかにこの世の者とは思えない。
それが何なのか、ナツキは見ただけで理解できる。
『――〈杯〉』
追い求めていたものが、ついに顕現していた。