第3-01話 八瀬ナツキは動じない
ば……ッ!
と、ナツキの視界が開けると、そこにあったのは法廷――のような形をした『シール』だった。建物を模した『シール』の中に入るのは初めてではないが、どうしようもないほどに暗い。
どんよりとした気配があたりに漂っており、息をしているだけで暗い気分になってくる。
「さて、八瀬くん。何か言いたいことはあるかしら」
「これは……なんですか?」
焦りのようなものと、心の底から抜けそうになる恐怖を感じながらもナツキは数回呼吸することで落ち着きを取り戻した。『精神力強化Lv3』という優れた精神安定力によって、八瀬ナツキは動じない。
「異端審問。古くより異能の罪を異能狩りが裁く時に使われる『シール』よ。両者の武力衝突を避けるために、どちらとも武装解除が行われているの」
そういって、ノゾミは両手をひらひらと振った。
害意が無いということを証明したのだろう。
だが、ナツキは周りにいる他の生徒会メンバーによって見下されているかのような感覚を否めず、少し居心地が悪い思いをした。
「では、もう一度聞くわ。悪魔を匿ってる?」
「…………」
ナツキは考えた。
どう答えるのが正解なのかと。
つまり、彼が持っている選択肢は3つ。
1つ、正直にルシフェラたちと生活していることを語ること。
2つ、嘘をつき自分と悪魔は無関係であることを語ること。
そして、3つ。ここでは黙秘し、一切を語らないこと。
「ああ、そうだ。八瀬くん。ここでの黙秘は黒になるから」
3つ目が消えた。
「な、なんでですか」
「魔女狩り時代からの慣例よ。異能は嘘つきだから」
「中世じゃないですか」
「人の本質は変わらないもの」
そう言われてしまったらなんとも言えない。
というか、論点はそこではないのだ。
なのでナツキはもう一度深呼吸をして、尋ねた。
「……もし、仮に」
「うん?」
「僕が悪魔を匿っていたら……どうなりますか?」
「そうね。然るべき対処をしてもらうわ。悪魔を連れ出すのに協力的だったら厳重注意。もしそうでなければ……」
ナツキは裁判長のように遥か上から見下ろすノゾミからの視線の圧に耐える。
「異能に対して制約をかけるわ」
「……異能に、制約?」
初めて聞く言葉に、ナツキは思わずそう問い返した。
「えぇ、こちらで期限を決めてアナタの異能を封印するの。期間は罪の重さによるわ、早くて数ヶ月……長くて、数年ね」
「……なるほど」
異能の封印などとは聞いたことがなかったが、相手は異能狩り。異能を倒すためのノウハウは信じられないほど貯まっているのだと、ホノカが言っていたことを思い出す。
「では、もう1つ聞きます」
「ええ、どうぞ」
「悪魔を匿うのは……どの悪魔を匿うのでも、犯罪になるんですか?」
「…………?」
ナツキの問いかけに対して、ノゾミの表情に一瞬疑問が浮かんだ。
……分かって、ないのか?
「僕の行動を調べているということは知っているかも知れませんが……2週間前、僕は第五階位の悪魔を倒しました」
ナツキがそう言うと、ノゾミ以外の生徒会メンバーがざわついた。
「……第五階位を?」
「嘘じゃないのか……?」
「そもそもどうして第五階位の悪魔がこっちの世界に……?」
騒然とし始めた生徒会メンバーに対して、ノゾミは数回机の上をノックしてから黙らせた。
「八瀬くん、続けて」
「彼らは自分のことを過激派、人間に対して敵対的な悪魔だと言いました」
「……つまり、敵対的でない悪魔もいると?」
「はい。その悪魔の目的は穏健派、つまり人間に対して協力的関係を築こうとしている悪魔を殺すことだと」
「……その話、真実だという確証は?」
「ありません、が……【心詠み】をしてもらえれば分かると思います」
その言葉にノゾミはしばらく考えているようだったが、ちらりとナツキのすぐ近くにいる女の生徒会メンバーを見た。彼女は自分のポケットの中から白い一枚の紙を取り出すと、ナツキに手渡した。
「八瀬くん、それは真実の紙。真偽を見抜く魔導具です」
「……魔導具」
ナツキは手渡された紙を触る。ざらざらとした質感のA4くらいの大きさの紙だ。別に何か文字が書いてあるわけでもない。本当にただの白紙である。
「先ほどの答え、誓って真実ですね?」
「はい。本当です」
そう言った瞬間、ジ……! と、短く焼き付くような音がして、先ほどまで白紙だった紙に1つの文様が浮かんでいた。困り果てたナツキはそれをノゾミに見せると、彼女はその時初めて目を丸くした。
「真実が出るなんて……」
どうやら、このよく分からない文様が真実の文様らしい。
これ嘘だとどういう文様になるんだろう。
なんてことを考えているナツキを他所に、生徒会メンバーは顔をよせて何かを話し合っていた。恐らくだが、彼らは悪魔が2つの派閥に分かれて争っていることを知らなかったのではないだろうか。
確かに悪魔たちの言葉を借りれば、彼らは数百年前に人類に敗北し、この世界からその姿を消している。だから、その先のことなど人類は知りもしないし、知るすべもなかったのだ。
そこに、突如して起きた魔界を真っ二つにする戦いと、断片が集まったことによって生み出された世界の歪みによって穴を空けて悪魔がこの世界にやってきた。
だから、異能狩りといえども、彼らは悪魔の中に人類との共生を唱える連中がいるということを知らないのだ。
「八瀬くん。少し、状況が変わったわ」
「……はい」
「人類に協力的な悪魔、それが存在するとして……それを匿うのであれば、それは罪に問うべきではないのかも、と私は考えるわ」
「はい」
わずかに見えた光明。
そんなナツキに対して、「けれど」とノゾミは続けた。
「私に、この状況に対して審判できるほどの権限がないの。だから、上に話を通しておくわ」
「……上とは?」
「日本の異能狩りのトップよ」
「……“天原”」
「そう。知ってるのね」
一度、ホノカが話しているのを聞いた覚えがある。
日本の異能狩りは“天原“という家がトップに君臨して、行っているのだと。
「では、今回の件に関しては一度終了とし、日を改めて行うわ」
……うわ、改めるんだ。
と、思わず顔をしかめてしまうナツキ。
願わくばこのまま終わってほしかった。
「最後になにか聞きたいことはあるかしら? 八瀬くん」
ノゾミは『シール』を解除したのか、ゆっくりと周りの景色が希薄になっていく。そういえば先ほど不思議なことを言っていた思い、ナツキは尋ねた。
「……全然関係ないことでも良いですか?」
「良いわよ」
「さっき、会長はこの学校が異能の因子を集めると……そう言いましたよね」
「ええ、言ったわね」
「それは、どういうことなんですか」
その言葉に、会長は笑った。
「元々この土地は“天津”……私の家が管轄する異能の街。星の巡りによって、異能が生まれやすい街なの。それはずっとずっと昔から。だから、異能を管理するために“天原”の家がこの土地に異能の管理区域を作ったの。小さい頃から異能同士をより集め、育成するための場所として」
「……異能を、育てる」
「最古の記録では1200年前には、この学校の原形はできてるのよ。でも、次第に異能の力は先鋭化し、やがて学問として教えることが出来なくなった。だから、その代わり未覚醒の異能を受け皿として、覚醒依然の異能たちを管理する学校になったの。それが、ここ」
「……そんな、ことが」
「この学校にいるほとんど人間が、何らかの形で異能に関与している者よ」
「ほとんど……?」
それはおかしくないだろうか。
だって、未覚醒の異能は全体の15%のはずで……。
いや、そもそも前提として間違えている。
「……い、いや。それはおかしいですよ。会長」
「何が?」
「だって、俺が異能に目覚めたのは一ヶ月前。それまでは異能なんて知りもしなかったのに」
「いえ、それは違うわ」
「な、なんでですか」
「アナタはこの学校に入るべくして、入っている。だってそれ以外の子は、この学校に見向きもしないように予め思考に指向性が与えられる魔術が仕組まれているもの。八瀬くん、不思議に思ったことはないの? どうして、あなたの家からこの学校まで1時間以上もかかるのに、ここを選んだのか」
「……それは」
ふと、会長に聞かれて……ナツキは言葉に詰まった。
果たして自分が、この学校を志願したのはなんでだったのだろうか。
「お、俺の成績で……大学に行ける高校ってなると、ここしかなくて……」
「その成績が操作されてないとでも?」
「……無茶苦茶だ」
そんな話、あるわけが……。
「信じられないのも無理はないわ。それに、信じる必要もないもの。全部私の与太話ってことにしておきましょう」
そういってノゾミが笑うと、ちょうどチャイムが鳴った。
1限目の授業が終わったのだ。
「いつまでも生徒会室に拘束しておくのも悪いから、これで終わり」
ナツキは踵を返して、生徒会室の扉に手をかけた。
「また会いましょう」
その言葉を後に、ナツキは生徒会室を後にした。