第2-16話 蒼穹を駆けて
色々な状況を想定してきた。
向こうは歴戦の魔女。こちらの想像を超えた手法など、いくらでも用意できると思っていた。
だが、これは……こんなものは……ッ!!
「八瀬くんっ!」
「ヒナタっ!」
無限に続く空の『シール』なんて予想してないッ!
ぐぐぐ……と、ナツキたちの落下が低速になると、完全に停止。そして、ヒナタは「行くわよ」と、小さく呟くとロケットのようにシエルに向かって飛翔した。
「落ちこぼれの魔女に、燃費の悪い超能力。そして、万能タイプだけど空中で機動力がない新しい異能。ちょぉっと考えれば、これがいっちばん良いってすぐに気がつけるよう」
そんな余裕ぶったシエルに向かってホノカが巨大な火球を撃った。
大人の男くらいはありそうな大きさのそれは、しかしシエルの手前1mほどで目に見えない壁に激突するようにして、散ってしまう。
「まず倒すべきは落ちこぼれの魔女だね」
ぐるりとシエルは向きを変えると、ナツキたちから離れたところで飛行魔法によって飛んでいたホノカに向かって指を振るう。その瞬間、シエルの周りに拳大の光球が5つ出現すると、くいっと指を動かした。
パァァァアアアアアッッツツツ――!!!!
5つの光球が寄り集まって巨大な光の奔流が生まれると、ホノカに向かって放たれたッ!
「……っ!」
だが、とっさのところでホノカは回避。すれすれの部分を回避したのか、ローブの裾が焼け焦げて、はるか下へと落ちていく。だが、ホノカの身体に負傷は無いのか、彼女は空中で縦方向のUターンを行うと凄まじい三次元軌道で空を駆ける。
彼女は大丈夫。
だから、
「飛びながら撃つッ! ヒナタは回避に専念してくれ!」
「分かったわ」
ナツキの手元に出現するのは、全長2mはありそうな巨大な雷の槍。
「『雷の槍』ッ!」
パァン!!!
ナツキの【投擲Lv2】スキルの効果によって、初速で音速を超えた雷の槍が凄まじい音を立ててシエルに飛んだ。だが、彼女は気が付かない。それもそのはず。『雷の槍』が空気を裂いた音がシエルに届くよりも、槍が届く方が速いッ!
「……へぇ?」
だが、シエルは右手を『雷の槍』に向けると――くん、と向きを変えて『雷の槍』はあらぬ方向へと逸らされた。
「中々やるじゃん。思ってたよりも本気ださないとにゃぁ」
ふざけたような態度を崩さず、シエルが手を振るうと……ぐにゃりと世界がねじ曲がる。
「これでどう?」
シエルがそう笑った瞬間に、ナツキの身体が撃ち抜かれた……と、錯覚してしまうほどの衝撃が叩き込まれた。
バヅンンンッッ!!!
まるでトラックでも激突したかのような衝撃に、一瞬ナツキの呼吸が止まった。
「……ッ!?」
『天蓋の外套』と【身体強化Lv3】の力によって衝撃が緩和されたが……それでも、凄まじい撃力。思わずナツキは大きく咳き込んだ。だが、それよりもナツキが不気味に思ったのは、どこから攻撃されたのか全く分からなかったこと。
攻撃が、見えないのだ!
「もういっぱぁつ!」
「【鑑定】ッ!!」
それと同時に【心眼】スキルを発動。刹那、黒い攻撃予測線がナツキの心臓部を通過しているのを見た。そして、それと同時に【鑑定】スキルによって、シエルが何をしているのかも。
「……見えた」
「は、八瀬くん! 大丈夫!?」
「ヒナタ。位置はこのまま、絶対に俺の位置を動かさないでくれ」
ナツキに起きた異変に隣のヒナタが焦ったようにナツキの顔を覗き込む。そんな彼女の頭の位置がナツキとの心臓を結んだ直線状に浮かんでいるシエルが笑った。
【心眼】スキルの攻撃予測線はナツキの心臓を貫通し、ヒナタの頭を撃ち抜く予想を立てている。【心眼】スキルはご丁寧に3Dモデルの人形でナツキとヒナタが撃ち抜かれたらどうなるかまで見せてきた。
シエルはナツキとともにヒナタを殺すつもりだ。
「へぇえ? 動かないの?」
「ああ、動かない」
30mは離れているだろうか。
上からシエルがナツキたちを見下ろしながら、そう尋ねる。
だが、ナツキは動かない。狙ってくれと言わんばかりに、全くもって微動だにしない。
「ふうん? 武士道ってやぁつ? 面白そうだけど……それは、愚策だよ」
そういってシエルが指を動かした瞬間、ナツキの心臓部に……小さな鏡が出現した。【無属性魔法Lv1】で生み出した鏡は、シエルの不可視の一撃を見事に弾くと、
――バシィッ!!!
車と人間が激突したかのような、凄まじい衝撃音を空中に響かせて……シエルの身体が『く』の字に曲がった。
「……ッ! もう、私の魔法を見破ったの……!?」
「丸見えだ」
ナツキはヒナタの肩を2回触る。刹那、ヒナタとともにナツキの体がシエルと距離を取るとナツキは再び『雷の槍』を撃った。それを苦しそうな顔で、ぎりぎりで避けたシエルはナツキが弾き返した魔法の激突部分であるお腹を必死に手で覆っていた。
恐らくは【治癒魔法】。それを使わせないように、ナツキは『雷の槍』で畳み掛ける。
「い、今のって……何をしたの? 八瀬くん」
「……鏡だ」
「鏡?」
「シエルの魔法は、太陽光を集めた魔法なんだ」
『圧縮熱光』と呼ばれる魔法だと言う。古代ギリシャで開発されたその魔法は、空中に見えない不可視の圧縮レンズを生成し太陽光を1点に集中させることで、敵を穿つコスパの良い魔法。
だが、後世にて魔法の開発が進められ太陽光を圧縮するという視点は同じまま、光がレンズを通過した瞬間、純粋な破壊エネルギーに光を等価交換することで、不可視の一撃を相手に叩き込むというエネルギー兵器に変化した。
最初にレンズを作る時にしか魔力を消費せず、作った後はレンズが消えるまで無限に使用できることからシエルが好んで使う魔法だと、【鑑定】結果に書いてあった。
だが、仕組みが分かってしまえば……こちらも、同じように対抗できる。
「……【無属性魔法】で生み出すものはMP制限内だったら、どんな物でも生み出すことができるし、『属性』を付与できるんだ」
「属性?」
「『切断』とか、『貫通』とか……かな。衝撃を『反射』する鏡は……ちょっとサイズが小さくなったけどさ」
だからこその、手鏡サイズ。
だが【心眼】スキルによってシエルがどこを狙ってくるのか、どう返せばシエルに飛ぶのかが分かっているナツキには、手鏡どころかビー玉サイズでも余分にすぎる。
「ナツキを甘く見たわね、シエル」
刹那、空を駆ける魔女の声が響く。
「悪いけどその魔法……私も使えるのよ。『集まり』『穿て』」
バスンンンンッッッツツ!!!
次に響いた衝撃派の音は、とても人間の身体から鳴っている音とは思えなかった。まるで、トラックが建物にでも激突したかのような巨大な音。シエルの身体が断裂してしまうのではないかと錯覚するほどの衝撃波が世界を舐めて、シエルが初めて喀血した。
そこにナツキは魔法を叩き込む。
「『風の刃』」
彼の詠唱によって生み出された真空の刃が、シエルの右腕を斬り飛ばした。
「アンタの負けよ。私たちを新米と馬鹿にしたツケを払ってもらうわ」
右腕を失ったシエルは、流石に苦悶の表情を浮かべると……最も近くにいるホノカを見た。
「……そう、ねぇ。流石に私も油断したかもぉ」
だが、すぐにけろりとした顔になると……ローブがはためいて、腕が治った。いや、生えてきた。
「……ッ!?」
これには流石のナツキも目を丸くして驚く。
というのも、あの元勇者とて腕を斬り落とされたときには切断された腕を元の身体に繋げ直すという形で修復したのだ。
だが、シエルが行ったのは……腕の再生。
まるで木々の新芽が生えるかのように、彼女の身体から腕が生えてきた。そんな領域の【治癒魔法】など見たことがない。
「どうして、私がこんな幼い姿をしてるのか。不思議に思ったことはなぁい?」
そして、腕が治るやいなや……彼女の容姿が移り変わっていく。ぼこり、と泡のような肉が彼女の中から立ち上がると、全身が沸騰したように泡立ちはじめ……次第に彼女の肉体が切り替わる。
「魔法の性能は肉体に大きく依存するんだよぉ? ということはさぁ、この姿は君たちへのハンデ」
先ほどまで140cmほどしかなかった身長が伸びて……170cmほどに。幼い身体に肉が戻り、より女性らしい姿へと切り替わる。身体に曲線が現れて、胸が膨らみ腰が丸くなっていく。
彼女の蒼い髪の毛がまっすぐ伸びて、腰辺りで踊ると……彼女のぶかぶかなローブが、ぴったりと成長した姿を纏った。しかし、相変わらずの裸の様子で……。
「恥ずかしくないのか?」
思わず、ナツキはそう聞いてしまった。
前回はまだ子供のような格好だったからあれだが、今は完全に大人の女性である。正直ナツキも目のやり場に困る。
「あのさぁ、君たちは服装を変えたら恥ずかしいと思うの? 服着てたら恥ずかしいなんて思わないよね」
「服によるんじゃない?」
「そうね、服によるわね」
シエルの言っていることに納得が行かなかったので、ナツキはヒナタに聞いたのだが彼女もナツキと同じ考えらしい。
「私は思わないの!」
まるで子供みたいに駄々をこねると、シエルはふぅ、と息を吐いてナツキたちを見た。
「じゃぁ、2回戦と行こうよ」