第2-15話 蒼穹に舞え!
「ナツキ。準備は良い?」
煌々と月が輝く中、魔女の正装らしい大きな帽子で顔に影を作ってホノカが短くそう聞いた。
「ああ。大丈夫だ」
「ヒナタは?」
「私も行けるわよ」
決闘当日。時刻は既に夜中の2時を回っている。
そんな彼らがいるのは繁華街の噴水前だ。
前にアカリと待ち合わせた時は明るく、人通りも多かった街のみんなの待ち合わせ場所だが、今は人っ子一人としておらず、しんとした雰囲気が張り詰めて静寂だけが周りを包んでいた。
ナツキは『天蓋の外套』に身を包み、手入れしてもらった『影刀:残穢』を腰のベルトに射し込んで臨戦態勢。
「シエルは『共通シール』の中で待っているわ。私たちが入って、向こうが新しく『シール』を展開するかもしれないし、『共通シール』の中で戦うことになるかもしれない。どっちにしても、向こうの庭で戦う以上……安全な場所は無いわ」
まだ約束の時間までは20分と少し。
これが戦う前の最後のブリーフィングになる。
「改めてシエルの情報をおさらいするわよ。二つ名は『断空の魔女』。飛行魔法を得意とし、『シール』の開発にも関わったことのある魔法界の第一人者よ」
「なんでそんな凄い魔女が日本にいるんだ?」
ふと思ったナツキがそう言ったら、ホノカは首を横に振った。
「いないわよ」
「へ?」
「シエルは普段、あの『共通シール』の中に住んでるの。その入り口の一つがたまたま日本にあるだけで、彼女はこの世界のどこにも定住してないわ」
「で、でも言葉とか」
「翻訳魔術よ。私も使ってるの、ほらこれ」
そういってホノカが胸元のネックレスを指差す。
どこにでもあるアクセサリーだったが、ナツキはそのネックレスに見覚えがあった。
「あ、それ……」
「お互いのコミュニケーションを円滑に行ってくれる便利な魔術にして、最古に分類される魔術でもあるわ」
「あれ? でも、ホノカって日本のアニメで日本語を勉強したって」
確か初対面の時にそう言っていた気がするのだが。
「勉強したけど……それでこんなに円滑にコミュニケーションは取れないわよ。あの時はナツキが異能かどうか分からなかったから誤魔化したけど、本当はこれを使ってたの」
そういってホノカが自分のネックレスを指差した。
確かに言われてみたらアニメで見たにしてはホノカの日本語が上手すぎる。
「そして、ここからが一番大事だけど……シエルが持っている断片の数は25枚。私たちが持っている55枚と合わせると、一気に80枚になるわ」
「〈杯〉に思いっきり近づけるな」
ナツキは緊張を隠すかのようにベルトに挟んだ『影刀:残穢』を何度か抜刀と納刀を繰り返す。それは抜刀を慣らすためでもあった。今のナツキはヒナタと『愛欲の呪い』で繋がっている。下手な抜き方をして、ヒナタを斬ってしまったら一大事だ。
「だから、この戦い……絶対に、負けられないわ」
ホノカがそういった瞬間……沈黙を保っていた噴水から、急に機械音が鳴り響くと同時に水しぶきが上がった。
普通、この時間に噴水は上がらない。
ということは、つまり。
「……時間ね。入るわよ」
ホノカはそう言って、噴水の淵に立ち上がると……そのまま、水面へと一歩踏み込んだ。刹那、彼女の周囲がねじ曲がると、消える。
「ホノカっ!?」
「だ、大丈夫です。ほ、ホノカさんは、先に中に入っただけですから……」
露払いとして来てくれたユズハがそういうと、彼女も同じように噴水の水面に足を入れる。すると、彼女もまたホノカと同じように消えてしまう。
「お兄ちゃんたちも早く入って。あかりが最後に入るから」
「……分かった」
ナツキとヒナタは目を合わせると、互いに呼吸をあわせて……噴水の水面を踏み抜いた。その瞬間、目の前の景色が入れ替わる。そして襲ってくるあの違和感。風船の中に無理やり身体を押し込まれたような、どこまでも柔らかいスポンジに身体を押し付けられたような……そういう違和感を乗り越えてナツキが目を開くと、そこには巨大なリングが生み出されていた。
「……これは」
ナツキが最初に思ったのは……ボクシングの格闘場。
一瞬、アカリと戦った時のようなステージを思い出すが、彼女のそれと違うのはリングを取り囲むようにして作られている観客席には無数の観客がいるッ!
「殺せーッ!!」
「良いぞー! 新米ッ! 気合充分だッ!!」
「女を売れーッ! 買ってやるぞッ!!」
下卑た歓声が届くなか、ナツキはちらりと周囲を見渡して……息を呑んだ。
(……全員、異能だ)
まだ異能歴が浅いナツキだが、周囲を見れば簡単に分かる。古い異能、新しい異能、人間、モンスター。種族を問わず、能力を問わず、性別を問わずに、それらが集まって、歓声を飛ばしていた。
「へぇい。君たち、久しぶりだねぇ」
稲妻のような瞳。だが、ナツキよりも遥かに低い身長の少女……に、見える魔女が笑う。相変わらずの裸ローブ。彼女は全裸の上に、ローブを羽織っているだけだ。
「君たちの方から決闘の誘いが来るなぁんて……ねぇ。思いもしなかったよぉ」
へらへらと、人を小馬鹿にしたような態度で笑うシエルはぐるりと観客を見た。
「私に挑みにくる馬鹿は80年ぶりだからさぁ。こぉして観客を集めさせてもらったよ」
「構わないわ。私たちは【誓約】さえ守ってもられば、どんな環境でも良いもの」
そんなシエルに正面切ってホノカが啖呵を切る。
「【誓約】ねぇ。……そりゃあ、いくら私でも【誓約】を破るほどの魔術は用意できないし、するつもりもないよぉ。でも、良いの?」
「……何が?」
笑い続けるシエルにナツキが尋ねると、彼女はばっと手を広げた。
「私が勝てば55枚の断片と、グレゴリーの身柄を自由に出来るんでしょ?」
その言葉に、ナツキは弾かれたようにホノカを見た。
「ホノカっ! 君は……ッ!」
「落ち着いて、ナツキ。向こうを交渉のテーブルに付かせるためには必要だったことよ」
とても落ち着いて、なんでもないかのようにホノカが言う。ナツキは聞いていない。シエルに差し出したのは、〈杯〉の断片だけじゃなかったのか!
「でも……っ!」
「良いから。唯一残ったグレゴリーの血は大きな価値よ。使わない手はないわ。それに……」
ホノカが気取ったように笑って、観客を見渡す。
「勝てばいいだけの話でしょ?」
「……ッ!」
わぁ……ッ!
と、一気に観客が沸いた。
「流石は名門。盛り上げ方が分ぁかってるねぇ」
シエルがくすくすと笑う。
その笑い顔を見ながら、ナツキはぎゅ……と右の手のひらを握りしめた。
「……そうだな。ホノカの言う通りだ」
何を日和っているんだ、俺は。
「勝てばいい」
俺に、出来ないはずがない。
相手は魔女。それも300年以上を生きると言われている古代の魔女。
勝てるかどうかと聞かれたら、ナツキはなんと答えるだろう。
そんなものは、愚問だ。
「俺たちなら、出来る」
「いやぁ。若者は良ーい眼をするねぇ」
ぎらりとした瞳がナツキたちを捉える。
「今から潰すのが楽しみだぁ」
シエルがそう言った瞬間、ナツキたちの視界がぼけていく。まるで、透明な水の中に一滴の絵の具を落としたときのように、薄く淡く……しかし、確実に目の前全てが塗り替えられていく!
「ユズハお姉ちゃん! 降りるよ!」
その時、後ろにいたアカリがユズハの身体を掴んで、リングから飛び降りた。
「あぁ、あの2人は露払いだったんだ。ちょっと急ぎすぎたね。悪いことをしちゃったよ」
「断空の魔女シエル。【誓約】よ。私たちが勝ったら、あなたが持っている全ての断片と、ナツキとヒナタにかけた『愛欲の呪い』を解きなさい」
「良いよん、グレゴリーの落ちこぼれ。さぁ、【誓約】だ。私が勝ったら、君たちが持っている55枚の断片と、グレゴリーの身柄を私がもらう」
互いに【誓約】を結んだ瞬間、バッ――! と、一気にナツキたちの視界が晴れる。それと同時に、ナツキたちの身体が重力に引かれて下方向へと落ちていく!
「……ッ! ナツキっ!?」
弾かれたようにナツキは地面を見るが、そこには何も無い!
どこまでも虚空に広がる無限の蒼穹が広がっている……ッ!!
「さぁ、始めよぉよ! 異能の新米たち」
重力という魔の手に捕まえられて、落ちていくナツキの身体を『念力』が包む。
「私は君たちに興味なんてないけどさぁ。知りたいんだよ。もう随分前に失くしちゃった愛ってやつを」
ヒナタの超能力によって減速していくナツキとヒナタを見下ろして、シエルは続けた。
「私に愛を見せてよ」
はるか上空から見下ろしながら……彼女は、笑った。
余談なのですが、なろうでは発情シーンをカットしています。
なろうでえちえち話をやるとBANされるし、本筋には大きく関係しないという理由も相まって全部削りました。
具体的にどうなるのかっていうのを読みたい方はお手数ですがカクヨムの「2-13」と「2-14」を読んでいただければと思います。
ちなみに読まなくてもマジで問題は無いです。それでは。