第2-12話 女の子に慣れろ!
「シエルのことだけど、まだ全然情報がないの。推測になるけど2つ名の『断空の魔女』って名前から、空間に関係する魔法を使うんじゃないかって思うけど……」
「【空間魔法】ならあかりも使えるよ?」
「だったらちょうど良いわ。私たちの対戦相手になって」
「え、別に良いけど。お姉ちゃんはともかく、お兄ちゃんにはなんの訓練にもならないでしょ」
アカリの【空間魔法】を見切って攻撃に転じていたナツキを相手にした経験から、彼女はそう言った。
「いや、そうでもないぞ」
そう言ったのはナツキ。
「あの時は自由に動けたけど、今は制限があるからさ……。俺もヒナタと一緒に動くときの練習はしたいからさ、だから頼むよ。アカリ」
「……う、うん。お兄ちゃんがそう言うなら」
アカリはナツキからのお願いに僅かに顔を赤くして頷いた。そして恥ずかしさを埋めるかのように自分のお椀に角砂糖を入れて卵の中に溶かして、そこにすき焼きのお肉を埋めた。いや、甘党にもほどがあるでしょ。
「もしかして、私が八瀬くんの邪魔になると思われてる? 私だって超能力者よ? 八瀬くんの邪魔にならないくらいの動きは……」
「い、いえ。それは無理だと思います……」
と、最初に口を開いたのはユズハ。
「だ、だって……一昨日に八瀬さん、信じられなくらいの速さで動いて校舎斬ってましたから。これくらいの大きさの刀で」
そういってユズハは両手を使って『影刀:残穢』の長さを示す。
「校舎を? 斬った??」
言葉の意味が理解できずにヒナタが聞き返す。
「何をやってるの? 八瀬くん」
「いや、俺も斬りたくて斬ったわけじゃ……」
『紫電一閃』の威力を見誤っていたために、勢い余ってやっちゃったのだ。
そこら辺は大目に見てほしい。
「それにお兄ちゃん。あかりの音速の氷柱を見てから避けてたし」
甘いすき焼きを更に甘くして、幸せそうにお肉を食べながらアカリがそう言う。
「だから、ナツキの動きの邪魔をしないのは難しいと思うわよ」
最後にホノカがそう言うと、ヒナタは絶句。
シエルの使い魔たちが襲いかかってきた時、ナツキは『愛欲の呪い』の影響で投擲やら魔法などの遠距離攻撃をメインに戦っていたからヒナタはナツキが近接でやれるということを知らないのだ。
しかし、今は『愛欲の呪い』のせいで近距離攻撃がほぼ不可能。
(……遠距離の攻撃、作らないとな)
そう、ナツキが得意なのはやはり近接。だから『紫電一閃』のような大技は【剣術】スキルでしか持っておらず、シエルと決闘をするまでに、新しく遠距離の技を考えなければ……と、ナツキは熟考しはじめた。俺ならできる、と。
だが、そんなナツキを置いてヒナタがぽつりと呟く。
「……八瀬くんって、凄いのね」
「この5人で一番強いわよ」
ホノカの言葉にユズハもアカリも何も言わない。
むしろ『そうだそうだ』と言わんばかりに頷いている。
周りの面々が異能とは言え、女の子に弱いなんて言われるようでは男として恥ずかしいと思うのは前時代的なのだろうか?
「そんなに強いのに妨害魔術は使わないの?」
「ま、まぁ……そこら辺は……」
『クエスト』で出てないだけだし……と、続けたかったが、ふとまだ『魔導書』の読んでないページを思い返して、ナツキは黙り込んだ。もしかしたら、そこら辺に妨害魔術の使い方が載っているかも知れない。後で読んでおこう。
「八瀬くんが凄いのは分かったわ。でも、私もそれなりにやるわよ。……まぁ、でも、足手まといにならないように頑張るから」
最後にそういって最後に話をまとめたヒナタの顔に映っている自信が無くなっているようでナツキは心配になった。
すき焼きを食べた後は、ユズハが買ってきてくれたアイスをみんなで食べ……解散した。ナツキはユズハを家まで送ろうとしたのだが、『シール』の中を通って帰るから大丈夫だと言って彼女は1人で帰っていった。従魔に乗って帰った方が速いので、そうしたかったのかも知れない。
そしてホノカはホノカでシエルの情報を手に入れるからと、庭先に出て……何らかの魔法陣を描いて、それを相手に何かをやっていた。ナツキは勉強のためにそれを側で眺めようとしたが、ホノカから近くにいると集中できないと言われてしまったので、リビングに退散。
退散するとリビングで未だにアイスを食べているアカリが、ふとアイスのスプーンから口を離して、
「お兄ちゃん。今日、泊まって良い?」
そう聞いてきた。
「うん、良いよ」
ナツキはすぐに頷く。
彼女の家に母親は帰ってこないのだと、彼女自身が言っていた。
だからきっと、家に帰るのが寂しいのだろう。
ナツキには、彼女の気持ちが痛いほど分かった。
学校で友達と遊んだ帰り、誰かの家で馬鹿騒ぎをした帰り。自分の家に帰っても誰もいないのがナツキの日常だ。それがどれだけ寂しいことか、ナツキには痛いほど分かる。なにしろ、ナツキが自分の家に帰りたくないと……そう思った時は、一度や二度ではないのだから。
だから、きっとアカリもそうなのだ。
「良いけど、着替えとかはあるの?」
「全部『インベントリ』の中に入ってるから」
「へー。便利だな」
「お兄ちゃんも持ってるでしょ? 『インベントリ』くらい」
「でも着替えは入ってないぞ?」
「容量に空きがあるなら入れておいた方が良いよ。何が起きるかわからないし」
アカリはそういって、またアイスにスプーンを溺れさせた。
「『インベントリ』って何?」
「なんでも入れられる魔法のカバンみたいな感じ……?」
『インベントリ』を知らないヒナタが聞いてくるが、ナツキは上手く答えられず言葉に詰まる。
「え? 八瀬くんが持ってるってこと? その魔法のカバンを」
そう言われてしまうと、ナツキは言葉で説明するよりも見せた方が速いと思い、『ディスプレイ』を開く。ナツキの『インベントリ』に収納されているアイテムはそこに一覧で表示されるのだが……ふと、入れっぱなしだった『天蓋の外套』に目をつける。
これはヒナタの痴漢を止めた時に手に入れたアイテムで、手に入れるだけ入れて着ていなかったので、『インベントリ』から取り出した。
ぱっ、と何も無いところから『天蓋の外套』が出現し、ナツキの手元に収まる。
それを見たヒナタが、感嘆の声を漏らした。
「凄いわ。これ、どこにしまってたの?」
「どこって……難しいな。どこでもしまえるし、どこからでも取り出せるんだよ。それが『インベントリ』なんだ」
「……便利ね」
ヒナタは古い異能なので『インベントリ』を持っていない。彼女はとても羨ましそうにそう言うと、ナツキの『天蓋の外套』を指差した。
「ねぇ、ちょっとそれ着てみてよ」
「……ん」
せっかくだからと、ナツキはトレンチコートのようなゆるやかな外套を羽織ってみる。すると、バチ! と身体を纏うような感覚と共に、『天蓋の外套』が身体のサイズにフィット。
全身を包む安心感に身を委ねながら、身体を動かすが……違和感はどこにもない。服が全身の動きをサポートしてくれているかのように、スムーズに動く。一つだけネックがあるとすればちょっと厨二っぽいところだが、ナツキは元厨二病患者なので問題は無いのである。
「……すご」
思わずそう漏らした。
丈の長いコートなんて生まれて初めて着たが、全然熱くない。熱がこもっている感じがしない。流石は『クエスト』が用意してくれたアイテムだ。
「うん。似合ってるわよ、八瀬くん」
「ほんと?」
「えぇ。とっても。やっぱりシンプルなのが一番ね」
そういって頭の先から爪先までを何度も視線で往復しながらヒナタがそういうものだから、ナツキも少し自信が出てくる。女の子に服を褒められるなんて人生で2度目だ。
そう思っていると、ナツキの服を初めて褒めてくれた女の子がアイスを食べ終わったのか、スプーンを流し台に置きに行く途中で、ふとナツキを見た。
「急にコートなんて着てどうしたの? お兄ちゃん」
「ん。『クエスト』の報酬でさ。手に入ったけど、まだ着てなかったから」
「ふうん」
アカリはそういうと、ヒナタと同じようにナツキの上から下までを舐め回すように見つめて、
「うん。100点満点だよ。お兄ちゃん」
そういって笑顔で頷いた。
(……流石は『クエスト』だな)
ナツキの私服センスはアカリ曰く40点だったが『クエスト』様は満点である。頭が上がらないとはこのことだね。
(後でホノカにも見せようっと)
なんて気分を良くしたナツキはすっかり上機嫌。風呂でも洗いに行こうかと思っていた時に、庭先の大きな窓を空けてホノカが部屋の中に戻ってきた。
「ごめん、ナツキ。すぐに帰らないと行けない用事ができたの」
「用事?」
「えぇ、いまちょっとお世話になっている家があるんだけど……最近、帰りが遅いからって心配されて」
「ああ、そういうことか。こっちは大丈夫だから、帰って安心させてあげてよ」
「ありがとね。また打ち合わせしましょう」
「家まで送っていこうか?」
「大丈夫よ。私も魔女だから」
前回誘った時とは違って、ホノカは安心させるようにそういうとナツキの姿をあらためてちゃんと見た。
「似合ってるわね、そのコート」
「……ありがと」
「じゃあ、悪いけど私は帰るわ。あ、ヒナタとえっちしたら駄目だからね。アカリ、ちゃんと見張っててよ」
「任せてよ、お姉ちゃん」
アカリがしっかり頷くと彼女は庭先から、ぱっと消えてしまった。
『シール』を通って帰って行ったんだろう。
「八瀬くん、ホノカさんに褒められて嬉しそうね」
「え、何が?」
「すぐに顔に出てるわよ」
ナツキは何を言われているのか理解して、閉口。
女の子に褒められ慣れてないから仕方なくない? とは、ちょっと恥ずかしくて言えなかった。