第2-11話 備える異能たち
すき焼き……ッ!
その言葉でナツキは思わず目が輝く。というのも、ナツキがすき焼きを食べるのは実に6年ぶり。両親がまだいた頃の思い出として残っている。だから、というわけではないが、ナツキはすき焼きを食べない。
……本当のことを言うと肉が高いから手が出ないだけなのだが。
「昨日またバズっちゃってフォロワーがすごい増えたんだよね。だからそれも兼ねてのお祝いパーティーだよ!」
「おー!」
アカリの言っていることがよく分からなかったが、良いことがあったのだろうということは伝わってきた。お祝いというならちゃんとした方が良いのかな?
「そういえば、アカリって料理できるの?」
「できるよ。だってあかり、ほとんど一人暮らしだもん」
……ほとんど?
「ママほとんど帰ってこないから、あかりが自分でご飯を作ってるんだー。自炊の写真あげるとバズるしね」
「へー。どんなの作るんだ?」
「リゾットとか?」
とか? と、半分疑問で返されたがリゾットを知らないナツキは「そっかぁ」と、答えた。
「でもすき焼きも作ったことあるよ。鍋の素を使えばそんなに難しくないし」
そうなんだ、とあまり自炊しないナツキは流すしかできない。
と、そのとき気がついてしまった。
(あれ? 俺って一人暮らし長いけど家事のスキルって微妙……?)
よく考えてみれば、ナツキは人に振る舞う料理を作ることはできないし、人に教えられるほど掃除ができるわけでもない。当たり前のことを当たり前にやっていると言えば聞こえは良いのだが、ナツキはそもそも家にほとんどいないので部屋が汚れないし、食事もコンビニやスーパーで買ってきたもので済ませることが多いのだ。
(……アカリを見習って頑張ろう)
なのでナツキはそう心に決めた。
というか、彼女に教えてもらえば良いんじゃないだろうか?
「せっかくだからユズハも呼んでいいか? 4人だけってなんか仲間はずれにしてるみたいで悪いしさ」
「うん。良いよ。お兄ちゃんが呼びたいなら」
そういうわけでユズハに電話してみると2秒で「行きます!」と返ってきた。流石は彼女だ。返事が早くてとても助かる。
さて、家に入ったナツキはアカリにキッチンのあれこれを説明。
しかし、流石に彼女1人に手伝いをさせるわけにも行かないので、
「なんか手伝うよ」
「じゃあお兄ちゃんは野菜を切って。はい」
そう言って、アカリから野菜を渡された。
「それくらい私がやるわよ」
と、くっついた状態のヒナタが言うが彼女には『念力』を使ってお皿を並べてもらうことにして、ナツキは包丁を手に取ると……そのまま手を、止めた。
「…………」
「どうしたの? お兄ちゃん」
「いや……」
見えるのだ。野菜の切り方が。完璧に。
まるで補助線でも引かれたかのように、どこにどう包丁を通せば良いかが分かってしまう。
(……【剣術Lv3】スキルってすごいな)
よく考えてみれば手刀ですら剣術になるのだから、包丁が【剣術】スキルに当てはまらないわけがない。とは言っても、その活用方法がまさか料理とは……。
「そういえば、アカリ」
「なに?」
「【料理】スキルとかってあるのか?」
彼女の異能は『ガチャ』。
ナツキと同じ新しい異能であり、ガチャを引くことでスキルを入手したりアイテムを入手したりというナツキの異能と似たような能力を持っているのだ。と、言ってもナツキの異能よりランダム性が高いのだが。
「あるらしいよ? 昔、チームにいたお姉さんが持ってたって聞いたことあるし」
「へー」
俺も【剣術Lv3】スキルのような殺伐としたスキルばかりではなく、そういう日常生活でも活用できそうなスキルが欲しい。
「あかりは【裁縫】ってスキルを持ってるから、もしお兄ちゃんのシャツのボタンが取れたら言ってね。付けてあげる」
「女子力高ぁ……」
ちなみにだが、ナツキは当然そんなことできない。
家庭科の成績は3なのだ。
「そうでもないよ。できることをできるようにしてるだけ。……って、お兄ちゃん。この家のお玉はどこにあるの」
「あ、ごめん。上にしまっちゃった」
そういってナツキはあかりの後ろに立って、上の戸棚からお玉を取り出す。
「〜〜っ!」
お玉をアカリに手渡すと顔を赤くして、そっぽを向いた。
え? いまなんか恥ずかしいことやっちゃった??
「……お兄ちゃんって、背が高いんだね?」
「そうかな? 普通くらいだけど……」
背が高いなんて言われたことは無い。というか、アカリの身長が低いのだ。
恐らくだが、145cmくらいしかないのではないだろうか。
中学生だからまだ成長期はあると思うが、それにしても彼女の背は周りと比べて背が低いだろう。
「ちょ、ちょっとね。びっくりしちゃった。お兄ちゃんがすぐ後ろにいたから」
「悪い」
「ううん。悪くはないの……」
なんてアカリとやり取りをしていると、すっとナツキたちの後ろに2人の少女が立った。
「ナツキ、何か手伝うわ」
「八瀬くん。お皿並べるの終わったわ。他に何をすれば良い?」
「ううん。大丈夫だよ、2人とも。ここは俺たちで準備するからさ」
2人ともお客さんなので、あまり手伝ってもらうのも悪いなと思いながらナツキは言ったのだが、
「気を使わないで、ナツキ。私たちもただ休んでるだけじゃ悪いし……」
と、ホノカが言うものだが本当にすることも無いので座ってもらうことにした。ヒナタはナツキと身体のどこかが接触しておかないと行けないので、足だけ触れ合うことで何とか座ってもらう。
そして、ナツキが包丁で残る野菜を斬っていると、アカリがぽつりと漏らした。
「い、良い感じだったのに……」
「どうしたの? アカリ」
「ううん。お姉ちゃんたちにやられたなって」
「……?」
ナツキはアカリの言っていることを理解することはできなかったが、肝心の彼女がそれから何も言わなかったので、ナツキも野菜を切ることに徹した。そんなこんなをしていると、ユズハもやってきて、より家の中が盛り上がる。
わいのわいのとやっている内に、すき焼きが完成した。
「食べながらで良いから聞いて」
ナツキが卵をお椀に割っている時に、隣に座っているホノカがそう言った。
とりあえず、ナツキは彼女のお椀にも卵を割って入れておく。
「ちょうどチーム全員が集まったから、今後のことについて話しておくわ」
「ヒナタもチームに入ったのか?」
「今日のアレを見てる限り、入れてもいいと思ったのよ」
あれ、というのはシエルの使い魔との戦いのことだろう。
「まず優先するべきは、ナツキとヒナタにかけられた『愛欲の呪い』を解呪すること。そして、その呪いをかけた魔女から断片を奪うこと」
「それなんだけどさ」
各々好き勝手にすき焼きを食べているので、話しているホノカの代わりに彼女のお椀にすき焼きをよそっていたナツキが尋ねた。
「本当にシエルは断片を持っているのか?」
「間違いないわ。私たちの断片を使って探知魔法をしたの。そしたら引っかかったわ。あの連中から」
「連中って……使い魔?」
「そう。あいつらから大きな断片の反応の残滓があったの」
「反応の残滓?」
「あいつらの近くに20枚後半から……30枚前半のかなり多数の断片があったってこと。相当貯め込んでいるわよ、あの魔女」
「……それなら」
今度は自分のお椀にお肉をよそうナツキが、ホノカの代わりに言葉にする。
「こっちの断片を餌にして、おびき出せるのか」
「ええ。おびきだしたところで【誓約】を使って断片を奪い取るのよ」
「決闘するってことか? でも、いつやる?」
先日、アラタと戦ったことが記憶に新しいナツキは渋い顔をした。
「だから、もうしたわ」
「……はい?」
ホノカの言葉に、ナツキたち全員の箸が止まった。
「だから、したのよ。『断空の魔女』であるシエルに決闘の申し込みを」
「……え? いつ??」
「ついさっき。私の使い魔を使って、『便利屋』に頼んで向こうと繋げてもらったわ。……まぁ、私がしなくても向こうから挑んでくるつもりだったらしいけど」
「色々と……早くない?」
さくさくと進んでいく状況にナツキは空恐ろしいものを感じてしまう。
「遅くたって早くたって変わらないもの」
「いや、それは……そうかも知れないけどさ」
「時は1週間後。上弦の月が輝く時、彼女の『シール』の中でやるわ」
「……いや、良いのか? 『シール』は」
異能同士の戦いで、『シール』を貼るのは一般人に被害が出ないようにするという意味もあるが、それだけではない。
自分に有利なフィールドで戦うためでもあるのだ。
それはアカリがナツキに仕掛けたように、ホノカがアカリに仕掛けたように、異能同士の戦いでは少しでも勝率を上げるために異能たちは少しでも有利な状況を作り出す。
「えぇ。それが戦いの条件。向こうが『シール』を張る代わりに、1人で戦うの。それに対して、こちらの人数制限はないわ」
「……5人全員で戦うってことか?」
「そう。でも、現実的には不可能よ」
「え、なんで」
「屍肉漁り」
「あっ」
ナツキは合点がいって、思わずそんな変な声をだした。
「シエルは多くの魔女や使い魔を配下にしている古い魔女。そんな彼女が持ち前の『シール』で戦うとは言え、1対多の戦いにOKしたのは55枚という破格の枚数を私たちが持っているからよ」
「……なるほど」
「だから彼女を倒したとしても……こちらが弱っている隙をついて、彼女の手下が攻撃を仕掛けてくるかも知れない。だから、最低でも2人。欲を言うと、3人くらいは露払いをお願いしたいの」
「2、3人であの魔女と戦うのか……」
「どう思う?」
「いや、俺1人で十分だ」
ホノカの問いかけに、ナツキは自信を持って答えた。
ナツキの言葉にホノカはにやりと口角を上げて、
「そう言うと思ったわ。だから、シエルは私とナツキ。それとヒナタの3人であの魔女とやるわよ」
そう言った。
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