第2-09話 襲撃される異能
「まさか『愛欲の呪い』が複層構造になってるとはね……」
『便利屋』の店を後にして、外に出たホノカが深くため息をつく。ナツキもセックスすれば解呪できると思っていたのだが……流石にそんなに甘い話は無かったことに落胆。シエルを倒すまではヒナタとくっついたままかと思うと、心臓が持ちそうにない。
「けど……武器はどうにかなったわね」
「そうだな。明後日って話だし、結構早く手入れしてくれるんだな」
「こんなに近くにあるんだったらもっと早くに来れば良かったわ」
ナツキはその言葉に頷く。
だが、横にいるヒナタは店を出てからずっと何も言わない。
何かを考え込んでいるかのように黙り込んでいる。
「早い内にシエルと戦うための準備をしないといけないわ。ナツキたちも、いつまでもその格好でいるわけにはいかないでしょ?」
「ああ」
もし本当にシエルが断片を探しているのであれば、ナツキたちの決闘には乗ってくるだろう。何しろナツキたちが持っている断片の数は55枚。世界最大の断片保有者なのだから。
だが、シエルが断片を求めていないとなると話が変わってくる。
「まずは情報収集よ。向こうの手札が分からないうちから仕掛けていくのは無謀だわ」
ホノカの言う通りだと思い、ナツキは頷いた。
兎にも角にも、シエルの情報を集めなければ何も始まらない。
だが、ホノカがそこまで言った瞬間、ナツキの全身を不可思議な感覚が撫でた。それはまるで、薄く張られたゴム膜を突き破って通り抜けるような、明らかに異質な世界に入り込んでしまった感覚。
その感覚が終わらぬ内に、ナツキは隣を歩いていたヒナタとホノカを掴んで後ろに飛んだ。
――ズドッ!!
遅れてナツキたちが立っていたところに、拳大の鉄球が地面にめり込んだ。
いつの間にか、周囲を走っていた車も人の影も見えやしない。
辺りには静寂と、不気味な殺気が漂っているだけ。
「ナツキ、動いて。『燃え盛れ』ッ!」
ホノカは鉄球が飛んできた方向に向かって、砲弾じみた炎弾を撃ち返す。
ドォッ!
轟音を立てて、民家が数軒吹き飛んだ。だが、手応えが無いのかホノカは同じ魔術を数発送り返す。
「……ッ!」
その時、ナツキは【心眼】スキルによって表示された攻撃予測線――敵からの攻撃を示す黒い線――が真っ直ぐ自分の胸に伸びているのを視た。だが、敵の方向は先ほどと真逆!
「『強化』ッ!」
みし、と音を立ててナツキの筋肉にエネルギーが注ぎ込まれると、音の速さを超えて飛んできた鉄球を、ナツキは掴みとった。
「は、八瀬くん、大丈夫!?」
「後ろにも!?」
炎弾を撃ち込みまくって、『シール』の中の住宅街を更地にしていたホノカと、今まで黙り込んでいたヒナタが揃って驚愕の声を上げる。
「後ろは俺がやる」
敵は集団で仕掛けてきている。
個の力が強い異能が、それも仲間のことなんて利害関係でしか動かない異能たちが……チームのような群体の意志を持って攻撃をしていることにナツキはわずかな違和感を覚えて、再び【心眼】スキルを発動。
目の前に表示される赤い攻撃推奨線が、ぱっと9つ表示される。だが、それはどれも異能を殺す線。
(無力化する線にしてくれ)
ナツキが心の中でそう指示を出すと、ばちりと線が切り替わる。殺すための攻撃推奨線が9つだったのに比べ、無力化する線は……たった1つ。
「……まぁ、良いか」
ナツキは鉄球を構えると、その線をなぞるように……鉄球を投げた。【投擲Lv1】と【身体強化Lv3】の組み合わせによって投げられた鉄球は、地面と水平に一直線になって民家を貫き、敵を無力化する。
頭の中に電子音のファンファーレが響き、【投擲Lv2】スキルを入手したというアナウンスが流れた。
「ヒナタ、ここは俺たちに任せて……」
そう言いかけてヒナタの方を見ると、彼女の視線と右腕がはるか上空へと向けられている。
「……ん?」
彼女の視線の先を見ると、2人の男が空中に浮かんでおり……浮かんだままじたばたと暴れていた。
「何あれ」
「何って、私の『念力』だけど」
「人を持ち上げられるの?」
「私を誰だと思ってるの?」
ヒナタは頼もしくそう言うと、空に浮かべている男たちを右に左にと激しく振り始めた。
そして、そのまま近くの民家に2人まとめて叩き込む。小さい時に車を持ち上げたと言っていたくらいなので、人間を2人持ち上げるのはヒナタにとって造作のないことなのかも知れない。
「……殺したらダメだぞ」
「私だってそれくらいは分かってるわよ」
そういって「ふん」と高飛車に鼻を鳴らす姿は、まるで高貴なお嬢様……いや、お姫様のようで、彼女につけられた『氷姫』のあだ名にも納得してしまう。
「ナツキ、移動するわ。ついてきて」
ホノカはホノカで敵を仕留めたのか、更地になった住宅街に向かって歩き始める。ナツキは周囲の追撃を避けながらホノカの後を追うと、道端に倒れ込んだ1人の男の姿があった。折れた電信柱に背中を預けるようにして、地面に座り込んでいる。
「要件は何?」
「…………」
ホノカの問いに、男は弱々しく顔を見上げたまま……何も言わない。
「言わないなら言わないで良いわ。どうせ、目的なんて分かりきっているし」
敵の狙いは断片だろう。
ホノカは口に出さなかったが、ナツキには彼女の言いたいことが手に取るように分かった。
「それにしても妙なことをするものね」
襲いかかってきた敵の数は全体で6、7人ほど。異能たちがそこまで大きなチームを作って動くなど珍しいが……何よりも意外だったのは、男たちが弱すぎることだ。
「どこかの異能に雇われたの? それとも、私たちが子供だから勝てると思ったの?」
ホノカが男に問いかける。だが、倒れた男は無言のまま何も言わない。
じぃっとホノカを見ているだけ。そのまま互いににらみ合うようにしていると、先に視線を外したのはホノカだった。
ホノカはちらりとヒナタを見て……ヒナタは視線だけでホノカに返した。
「ふうん。言わないなら、こっちにも言わせる方法がいくつかあるから……それを使うだけよ」
そういってホノカが取り出したのは1つの小瓶。
だが、ナツキはそれに見覚えがあった。
それはナツキたちがアカリを追い詰めた時に、ホノカが彼女に飲ませようとしていた薬。飲んだ人間がぐったりと力を失い、まるで術者に操られる人形のように言いなりになってしまうという薬だ。
それを見た瞬間に、男はぱっと顔色を嬉々としたものに変えると残る力を振り絞って……どこから取り出した短剣を自分の胸に刺した。
「……シエル様に、幸、あれ」
小さく言葉を吐いた瞬間、ナツキの【心眼】スキルに表示されたのは……視界全てが真っ黒に染まった光景。それは、攻撃予測範囲!
男は自分の命を以て、『シール』全てを吹き飛ばす最後の魔法を発動したのだッ!!
「……『冥爆』!?」
魔法を知っているホノカが顔を真っ青にしたまま叫んだ。
「ホノカ、この魔法は……?」
「自分の体を反物質に置換して対消滅させる魔法よ! その時に発生する破壊力は核兵器の数百倍! 『シール』の中で死んだ時に、殺したやつごと共倒れにする最悪の魔法だわ……ッ!」
顔を青くしたまま答えるホノカに、男が告げる。
「『シール』は、解かない。お前達の、断片は……シエル、様が……!」
「じゃあお前らはシエルの手先ってことで良いのか?」
ナツキはもう救えぬ男に問いかけるが、彼はそれに答えずにやりと笑った。
「俺たちごと……ここで死ね」
男がそういうと、彼の身体に無数の魔法陣が浮かび上がる。
【鑑定】スキルによれば爆発まで残り30秒。
「ナツキ、何を冷静になってるの!? 今すぐここから逃げるのよ!」
「逃げるっていってどこに逃げるのよ!? 他人の『シール』よ!」
ホノカの言葉にヒナタがひどく焦った声で返す。
「いや、その必要は無いよ」
これ以上は危険だと思ったナツキは、ヒナタとホノカの手を握る。
「……自殺には付き合えない。『出よう』」
ぱちん、とシャボン玉が弾けるような音が響くと、ナツキたちは次の瞬間には元の世界に戻っていた。
「……え?」
わっと耳に戻ってきた喧騒に、ホノカが目を丸くする。
それは隣にいたヒナタも同じだ。同じように、固まって何も言わない。
「……どういうこと?」
そして、ようやく状況がつかめてきたのかヒナタが最初にそう言った。
だから、ナツキは隠さずに答えた。
「俺、人の『シール』に自由に出入りできるんだ」
「えぇ……?」
「そ、そういえば最初にナツキが助けてくれた時も『シール』に侵入してた……」
ヒナタはドン引き。心当たりがあるホノカは声を震わせながら規格外の事態を飲み込んだ。
「……と、とりあえず、ナツキのトンデモは置いておいて。どう、ヒナタ。詠み取れた?」
ホノカの問いかけにヒナタは胸を張るようにして答えた。
「ええ、もちろん。妨害魔術が張られてなかったし、八瀬くんを読み取るよりも簡単だったわ」
ヒナタはそう言うと、男たちの正体について語り始めた。
「彼らはあの……シエルという魔女と契約した異能たち。つまり、彼女の使い魔よ」
と。
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八瀬 那月
Lv:47
HP :240 MP:520
STR:143 VIT:142
AGI:100 INT:101
LUC:66 HUM:65
【異能】
クエスト
【アクティブスキル】
『鑑定』
『結界操作』
『心眼』
『投擲Lv2』
『身体強化Lv3』
『無属性魔法Lv1』
『四属性魔法Lv1』
【パッシブスキル】
『剣術Lv3』
『持久力強化Lv3』
『精神力強化Lv2』
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