第2-08話 《依頼》と異能
「なんでナツキの上に乗ってたの? ソファに座れば良いじゃない。なんでそうやって人の身体に触りたがるの? ただでさえ、ナツキと一緒にいるんだから普通にしてればいいのに。そ、それに、もしかして、ちょっと間違えたことが起きて……その、しちゃったらどうするつもりだったの? ねぇ、それで『愛欲の呪い』が強くなるかも知れなかったのよ? そうなったら、解呪薬で解呪できるはずだったところができなくなるかも知れないのよ? 分かってる?」
「…………」
「ナツキもナツキよ。ああいうときは男の子がちゃんとしないと。そ、その……ナツキはただでさえ勘違いされるような発言をするんだし、ヒナタが勘違いしたっておかしくないじゃない。それで……行くところまで行ったらナツキはどうするつもりだったの? ちゃ、ちゃんと責任は取れるの? もし、そ、それで……子供ができてたらどうするつもりだったの? 確かにナツキは異能として優秀だわ。でも、ナツキの血族がちゃんと異能かどうかも分からないのに、そ、そういうことをするのはダメよ。何が起きるか分からないじゃないの。ナツキが男の子だからそういうことをしたいのは分かるけど、まだ知り合ったばっかりなんだし……よく分からない異能と、その……するのは良くないわ。ねぇ、ナツキ。ちゃんと聞いてる?」
「……………………」
ナツキの上に乗っかっていたヒナタを下ろしてからというもの、ホノカはずっとこの調子。最初のころはちゃんと話を聞いていたナツキも、流石に10分を超えた辺りからちゃんと聞くのをやめて、右から左に流している。
というのも今ナツキたちは『便利屋』に向かっている途中。
夜会で教えてもらった『便利屋』なら、ナツキたちにかかった呪いを解呪できるかもということで、ホノカは学校を早退してナツキの家に戻ってきてくれたのだ。しかも『便利屋』の店の下見までしてくれて。
そこまでしてくれた彼女にはとても頭が上がらない。
上がらないから、この調子を止められないのだ。
「い、異能だからそういうことをするのも分かるけど、2人ともまだ高校生なんだから節度を保って……」
「ほ、ホノカ。そろそろじゃないか?」
ずっとナツキとヒナタに説教を繰り返したホノカは、その言葉でぴたりと止まった。
「……そうね。ここだわ」
そういってホノカが立ち止まったのは……花屋の前だった。長く花屋をやっているのだろう。かなりの年季の入ったお店の前には色とりどりの花が飾られており、精一杯お客にアピールしていた。
そこに並んだ花は季節のものばかりだと思われるが、あいにくとナツキにはどれがどの花なんて名前は分からないので『綺麗だなー』とぼんやり考えているだけ。だが、ふと冷静になると、違和感に気がついてホノカに尋ねた。
「え? ここであってるの? だってここ……花屋だよ?」
ナツキが首を傾げて店を指差したが、ホノカは「あってるわよ」と言って首を縦に振った。
「異能は……異能の中でも、魔法使いや魔女は、こういう風に表の家業を持ってるのが珍しくないわ。元はと言えば中世の魔女狩りの時に、異端審問官を誤魔化すのが発祥って言われてるけど……詳しい所は分からない。でも、こうして地域に密着して生活している異能も珍しくないの」
「……なるほど」
ホノカがそう言うなら、間違いないのだろう。
ナツキたちは『花屋 くろせ』と書かれた扉を開けて、中に入った。
「……いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのはナツキの想像と違って、ひどい仏頂面の青年だった。歳のほどはナツキの2歳、3歳ほど上だろうか。ボサボサとした黒い髪に、黒い瞳。そして、徹夜でもしたのか目の下には深いクマが刻み込まれている。
「《依頼》よ」
その青年に、ホノカが言うと彼はすっと立ち上がった。
「着いてこい」
そんな彼の後ろについて部屋の奥へと案内されたナツキたちに、青年は静かに告げた。
「俺の名前は黒瀬レイ。黒瀬でもレイでも名前なんて好きに呼んでくれ」
「私はホノカ。で、この澄ました顔の女がヒナタで、こっちがナツキよ」
「それで、《依頼》の内容は?」
「2つよ。まず、1つ目は呪いを解いてもらいたいの」
「呪い?」
ホノカの言葉に片眉を上げてレイが尋ね返す。
それに応じるようにホノカが静かにナツキたちに視線を移すと……レイはナツキとヒナタを見て、顔をしかめた。
「これはまた……随分と面倒な呪いを貰ったな。シエルか」
「知ってるの?」
「ここら辺で、見ず知らずのやつに『愛欲の呪い』をかける魔女なんてシエルしか知らん。幼女の姿に裸ローブの魔女だろ?」
「それよ!」
どんぴしゃで容姿が一致したあたり、ナツキたちに呪いをかけた魔女はシエルという名前らしい。流石に異能の世界と言えども、裸ローブ幼女魔女はそういないはずだ。
「しかし、『断空の魔女』とはまた面倒な相手から貰ったな。大方、魔女でも無いのに、夜会に参加したとかだろ?」
レイの推測が的確すぎて、ナツキたちが何も言うことなく話が進んでいく。
「それで、この呪いは解呪できるの? できないの?」
「できないことはない」
「どっちなのよ。イエスか、ノーで答えて」
「できる。だが、時間と金がかかるな」
「どれくらい?」
「期間は半年。金は……300ってところか」
「噂通りの守銭奴ね」
「失礼な。適正価格だぞ」
300円?
……そんな訳ないよな。
「だが、自分たちで解決するなら……今すぐにも出来る方法があるにはある」
「何よ」
「シエルと戦うことだな。【宣誓】を使って、解呪を要求すればいい」
レイの言葉に、ホノカはため息をついた。
「そんなことくらい言われなくても分かってるわ。でも……あの魔女を決闘に呼び出す飴が無いの。自分へメリットがないのに決闘の誘いになんて乗らないじゃない」
ホノカは肩をすくめて「困ったわ」と言わんばかりにため息をついた。
(……なんでホノカも黒瀬さんも話し合いって発想が無いんだろう)
しかし、ナツキは殺伐としている異能たちの頭についていけず混乱。
普通はまず、話し合いからだと思うのだが。
「これは真偽不明の噂だけどな……」
黒瀬レイは、ホノカが誰だか知っていたのだろうか。
それともたまたま耳にした噂話だったのだろうか。
それは分からないが、彼は3人に言い聞かせるように……教えてくれた。
「シエルは〈杯〉の断片を集めているらしい。〈杯〉の情報、あるいは断片を持っていけば……決闘の場に引っ張りだせるかもな」
「……本当?」
「あくまでも噂話だ。だが……もし、向こうと連絡を取りたいのであれば、言ってくれ。金さえ払えば繋ごう」
「そうね。そうなるのなら、その時はお願いするわ」
ホノカがそう言うと、レイは少し困ったような表情で続けた。
「しかし、タイミングが悪かったな。俺もつい最近、『愛欲の呪い』を知り合いにかけられて、解呪薬を使ったばかりなんだ。あいにくとそのせいで今は在庫切れでな」
「……黒瀬さんはシエルに因縁が?」
『便利屋』なんて仕事だ。色々なところから恨みを買ったりするのだろう。
そう思ってナツキは聞いたのだが、彼は大変渋い顔をして、
「いや……。ちょっと、恋人にな……」
と、言いづらそうに答えた。
黒瀬さんもそれなりに苦労しているんだなぁ、と思ったがふとナツキはレイの返答に引っかかったので思わず聞き返す。
「あの、黒瀬さん」
「なんだ?」
「どうして恋人からかけられたのに『愛欲の呪い』を解呪するのに薬を使ったんですか?」
セックスをすれば『愛欲の呪い』は解呪できる。
どうして彼は恋人にかけられたというのに、そちらを選ばなかったんだろうか。
「どうして、とは? 『愛欲の呪い』を解呪するのに、セックスするやつはいないだろ」
「……え?」
「もしかして知らないのか? 『愛欲の呪い』がどういうものか」
「身体が離れなくなるんでしょう?」
ヒナタがそう言って、くっついたままの手を見せる。
「それは1つ目の呪いだ。その呪いを解こうとセックスした瞬間に、被呪者は2つ目の呪いにかけられる」
「「「2つ目の呪い?」」」
3人の声が重なって、紡がれた。
「ああ、1つ目の呪いは身体の呪い。つまり、『愛欲』の『欲』の部分だ。そして、2つ目の呪いは『愛欲』の『愛』の部分。心に、呪いがかけられる」
「……どういう、効果になるんですか」
「セックスした相手のことを好きになる。そして、何があっても好きのままだ。つまり、『愛欲の呪い』は相手を惚れさせる呪いなんだよ」
レイがそういうと、ナツキの隣にいたホノカの身体がびびびっ! と震えた。
「呪われた永遠の愛ってやつだ。そんなものは……いくら異能と言っても欲しくない」
「だから、黒瀬さんはセックスをしなかったんですか?」
「そうだ。魔術や呪いで人を好きになったところで、どこかでそのバランスを取ることになる。だったら、そんなものに頼らない方がいいだろ?」
そう言って呆れたように微笑むレイは、ナツキが思っていたよりも大人に見えた。
「もし、お前が弄くられた心で相手と一生添い遂げたいと思うならセックスすればいい。だが、そうじゃないなら……それ以外の方法で解呪するしかないな」
「どうすれば、解呪できますか」
「方法は2つだ。1つ目は解呪薬をのむ。だが、今は『愛欲の呪い』用の解呪薬がない。今から作るとなると半年はそのままで過ごしてもらう」
「……む、無理ですよ!」
「もう1つは、呪いをかけたシエルに決闘を挑み【誓約】を使って、解呪を要求しろ。だが、シエルは契約者な上、300年以上を生きている古代の魔女。一言で言うと、めちゃくちゃ強いぞ」
契約者ってなんだ……?
と、思いながらナツキは【鑑定】スキルを使うと、
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契約者
・悪魔、あるいはそれに準ずる者と契約を交わしたもの。契約の代償として、いくつかの物を失うが、その代わりに大いなる力を得る。差し出した代償の大きさによって与えられる対価が異なり、一般的には髪の毛や爪などの肉体の一部を提供する代わりに魔術を授かることが多い。しかし、一部の魔女は欲望や命を差し出すことで人を超えた力を手に入れるという。
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そう表示された。
(……悪魔)
ナツキは文章を読み直して、心の中で呟く。だが、既に人狼と戦った身。次に出てくるのが悪魔だろうが、吸血鬼だろうが……構うものか。
「……シエルを、倒します」
「あいつは契約の代償として自身の『愛』を悪魔に売り払っている。その対価は凄まじいぞ? それでも戦うのか?」
「はい、俺なら……出来ますから」
「そうか。頑張れ」
レイはナツキの返答に静かに頷くと、
「それで、もう1つの要件は?」
そう聞いてきた。
それにすかさずナツキは『インベントリ』から『影刀:残穢』を取り出すと、レイに見せた。
「これの、手入れをお願いしたいです」
彼はちらりと黒い短刀を眺めると、
「……妖刀の卵か。手入れできないことはないが……俺は魔剣鍛冶師じゃない。最低限の手入れしかできないぞ?」
「はい。それで良いんです。次の戦いさえ持ってくれれば」
ナツキの未達成の『クエスト』の中に、
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・『影刀:残穢』で異能を倒そう!
報酬:『呪刀:浄穢』へと成長
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という『クエスト』がある。
今のままではボロボロの刀も成長してしまえば新品同様になると言うのだから、それを使わない手はない。
「分かった。だが、手入れ代は取るぞ。……そうだな、これなら5万はもらおう」
ナツキは財布から5万円を取り出すと、レイに手渡した。
来る時にホノカの言っていた通りの金額だ。下ろしておいてよかった。
「明後日までには手入れしておく。また来てくれ」
「お願いします」
ナツキが頭を下げると彼は少しだけナツキを心配そうな表情を浮かべた。
「……色々大変だと思うが、頑張れ」
「は、はい」
「それと、俺が『愛欲の呪い』をかけられた時に分かったことなんだけどな」
「……はい?」
レイはナツキとヒナタに聞かせるように、
「『愛欲の呪い』は被呪者を2つ目の呪いにかけるために発情させようとするから気をつけろよ」
そう、言った。