第2-06話 眠れない異能たち
「はぁッ!?」
急に大きい声を上げたのはナツキではなくヒナタでもなく、ホノカだった。
「ちょっと困るわよ! 私の使い魔に変なことしないで!!」
「後を付けられたのは君の落ち度だよぉう。若い魔女さん」
そういって箒に乗った幼い魔女が笑うと、ホノカは何も言えずに黙り込む。
「それとも私を倒す? それも良いかもねぇ! そうしたら、呪いが解けるかもしれない。でも」
魔女は高らかに笑うと、
「今はその時じゃない」
そう言って、ナツキたちの前から姿を消してしまった。
そして消えるやいなや、周囲の魔女はナツキたちに興味を失ったかのように、また談笑へと戻った。
そこに取り残されるようにして、ぽつんと3人が向かい合う。
「どうする、これ」
ナツキはヒナタから離れられない手を掲げる。
彼の腕と一緒に、ヒナタの手もあがった。
離れないのだ。まるで身体の一部がくっついてしまったかのようにして……離れない。
「どうもこうも無いわ。……解呪するのよ」
頭を抱えてホノカが答える。
「解呪ってことは、私が八瀬くんと……せ、せっ……を、すれば良いってことよね!?」
いつもは済ました顔をしているヒナタが、顔を真赤にしながら下ワードを連発している姿が、普段とのギャップすぎてナツキは思わず感心してしまった。いや、何に感心しているか本人もよく分かっていないのだが。
「だだだダメよ!」
しかし、それに素早く食いついたのがホノカ。
「解呪方法を言ったのは術者の魔女。本当のことを言ってる証拠がどこにあるの! え、えっちしたら呪いが強くなるかも知れないのに!」
やけに早口でまくしたてるように言うものだから、聞き取りづらい部分もあったが……ナツキはそれに納得した。確かに、これでもっと大変なことになったら目も当てられない。
「でも……それなら、どうすれば良いんだ? これだと……戦えないぞ」
ナツキは魔法が使えるので、全く戦えないという訳でもないが……ヒナタとくっついたまま、近接戦闘は無理である。そうなると、ナツキの戦力は半減以下だ。
「か、解呪するのよ! それしかないわ!」
「だ、だから! その方法を探してるんでしょ!? 八瀬くんと……その、しないなら、どうするのよ」
ホノカはナツキを見て、ヒナタを見て、再びナツキを見て、「あぅ……」と小さく漏らすと、声を張り上げた。
「わ、私がなんとかするから!! 絶対にえっちしたらダメだからねっ!!!」
という一悶着を挟んで、ナツキたちは帰宅した。
帰宅するのも大変でホノカは箒に3人乗るのは無理だというし、ヒナタは『転移』をしようとしたが、ナツキがくっついているから出来ないとか言うので、結局ナツキが『シール』の中をヒナタを抱えて全力疾走して帰ることにした。
1人、箒に乗って帰ることになったホノカが非常に不機嫌になる以外は問題なく返ってきたのだが……。
「わ、私、今日は八瀬くんの家に泊まるから」
「うん、分かった」
確かにそうせざるを得ないのでナツキは頷くと、
「ちょ、ちょっと。私がいない間に勝手にナツキとえっちするつもりじゃないでしょうね」
「す、すっ、するわけないでしょ!? 私を何だと思ってるの!」
「あ、怪しいのよ! 私もナツキの家に泊まるわ!」
ということでホノカもナツキの家に泊まることになった
「でも、これだと明日の学校は休まないとな……」
ぼそりとナツキが言うと、ホノカの身体がびびびっと電流が流れたように震えた。
「じゃ、じゃあずっとここの家に2人でいるってこと!?」
「だって、このままだと学校には行けないでしょ」
一緒に登校するくらいはまだ、出来るだろう。手を繋ぐなりなんなりで呪いはカモフラージュできる。
だが、ナツキとヒナタは別クラス。
そうなると、どちらかがお互いにくっついたまま別のクラスで授業を受けなければならない。
さて、異能が多いとは言え全体の15%しかおらず……その大半が未覚醒の学校で、そんなとんでもないことができるだろうか?
答えは否である。
「わ、私、八瀬くんと一緒にいるってこと!? 八瀬くんの家に!?」
「……うん。悪いけど」
そのことに気がついていなかったのか、ヒナタが驚いたように言うと……ぎゅ、とホノカが自分の手を握りしめた。そして、やけに気合の入った面持ちで顔を上げる。
「あ、明日には解呪するわよ!」
「う、うん!」
ホノカの熱意に動かされるようにして、ナツキは手を上げた。
ついでに、ヒナタの手も上がった。
さて、ここまでは……まだ何とかなっていた。
ヒナタとくっついて動く。それは、ナツキにとっては常に二人三脚で行動しているようなものだ。大変だが、慣れてしまえば問題ではない。
それに、新しい発見があった。
『愛欲の呪い』は、身体のどこかしらをくっつけていれば良いのだ。言ってしまえば、手の指と指の先でも問題ないし、足の裏同士でも問題ない。ただし、100%離れることは出来ない。
そういう呪いなのだ。
だが、それが分かったからと言って問題は避けられない。
しかし、時間は午前四時。
濡れたタオルで汗を拭き取ったとは言えシャワーを浴びれてないナツキは気持ち悪さを抱えつつも眠りたかったし、それはヒナタもホノカも同じだった。
なので、ナツキは苦労しながらも来客用の布団を敷いたのだが。
「ちょ、ちょっと! なんで、布団が2つくっついてるのよ!!」
ローブを脱いで、いつの間にか寝間着を身にまとっていたホノカが、ナツキの部屋に敷かれた2人用の布団を見て文句を言う。
「だってくっつけないと寝れないし……」
「いや、で、でも……近くない……?」
恐る恐るホノカがナツキに聞くが、彼も「うん。近いね……」としか言えない。ナツキだって距離が近いなとは思っているのだが、お互いに離れられない以上くっつけるしかないのだ。
「ね、ねぇ。ナツキ。もうちょっと、布団を離しても……」
「布団を離しても俺たちが離れられるわけじゃないし……」
そう言ってナツキは手の甲がくっついた状態の手を見せた。ヒナタは寝不足なのか、頭痛に苛まれているかのように、顔をしかめていた。
「そ、それは……そうだけど……」
「と、とにかく寝ましょう。寝不足で考えても何も思いつかないわ」
ヒナタがそう言うものだから、ホノカも渋々と言った具合に引き下がり……ナツキたちはようやく寝ることになった。
なったのだが、
「……ん」
寝れない。
当然のごとく、ナツキは寝つけない。
そもそもだが、ナツキは女の子と一緒に寝たことがない。なので、初めての経験で心臓がバクバク言っているし、くっついたままの手の甲からは女の子のすべすべとした肌の感覚がダイレクトに伝わってきて、ナツキを眠らせてくれない。
しかも極めつけはあの魔女の言葉。セックスをすれば外れると言った言葉が頭から離れないので、嫌でもそれを意識してしまう。でも、それを表に出すわけにも行かず、ナツキは悶々としたものを抱えていた。
(……彼女がいる男ってどうやって寝てるんだ?)
女の子と一緒にいて寝られるという神経が信じられない。普通に緊張して眠るどころか、目が冴えてくる。だが、ヒナタが寝ると言った手前……それ以上何をするわけにも行かず、腕をガッチガチに硬直させて耐え抜いた。
しかし、寝れないのはナツキだけではない。
ヒナタも同じように眠れない。
まず、大前提としてヒナタも男の子と寝たことがない。というか、男の子と手を繋ぐのがそもそも生まれて始めてだし、手を繋いだ相手は入学したときから同級生の異能の間で噂になっている男の子。
一般人に虐められていた異能を何のメリットもなく助け出した正義感溢れる同級生だ。しかも、尊敬していた。そんな子と手を繋いだまま寝ることができるだろうか?
(出来るわけないでしょ……っ!)
と、心の中で呪いをかけた魔女を恨むが……どうあがいても自業自得。なので、諦めて寝るしか無いのだが眠れない。しかし、自分から寝ると言った手前……今さら寝れませんでしたと起きるわけにもいかない。
そして、こちらも先ほどの魔女の言葉が忘れられない。彼女だって年頃の少女。当然、知らないわけがない。いや、知らないどころか興味は人並みにある。だから、知っている。知っている以上、意識してしまえば頭から離れない。離れないからこそ、眠れないのだ。
そして、寝つけないのは2人だけではない。
別室でベッドに入っているホノカも眠れない。
まず、ホノカの中に巣食っているのは罪悪感。自分がもっとちゃんとしていれば、ナツキが巻き込まれることはなかったという罪悪感と、彼を巻き込むんじゃなかったという後悔。そして、もう一つは言葉にできない『なんか嫌だ』という感情である。
(だって、ナツキは私の仲間なのよ!? それに、キスまでしてくれたのに……。なんで、今日知りあったばっかの女と一緒に寝てるのよ……!)
そして……言葉にはせず、認めたくは無かったが……どうして、自分じゃないのか、という思いを心の中に抱えていた。
ベッドに横たわったまま目を開きに開いて、ホノカは心の中で悪態を付く。
付いても、どうしようもないことはよく分かっているが……ついてしまう。
「……眠れないわ」
そうして、三者三様。
全く眠れないままに夜が更けていく……。