第27話 かくて異能は惹かれ合う
アラタからナツキたちが奪った断片の数は32枚。
ナツキたちが持っている断片と合わせると、なんと合計55枚の断片を持つことになった。
〈杯〉の断片は全部で108枚。
なので、ナツキたちは半分以上の断片を手に入れ、〈杯〉争奪戦を誰よりもトップに立ったことになる。
けれど、
「ナツキ。気をつけて」
アカリと一緒にナツキの家に泊まり込んだホノカが、駅に向かう途中でそう言った。
ちなみにだが、ナツキは昨日からホノカにつっけんどんにされており、かと思えば急に距離を詰められたりと彼女との距離感が分からなくて困惑している最中である。
「何を?」
「私たちは、世界最大の断片保有者。つまり、他の断片は私たちに引き寄せられる」
「……ん」
そうだ。断片は他の断片と互いに引き合う。
なら55枚という多くの断片を保有してしまった自分たちは、確かに他の断片保有者に狙われるだろう。
「だから、ナツキ。今からは戦い方を変えるわよ」
「変える?」
「そう。今の私たちは、他の保有者に攻撃を仕掛けていた。より多くの断片を求めてね。でも、今からは防衛戦がメインになる」
「……防衛戦」
ナツキはホノカの言葉をオウム返し。
「これからは私たちの断片に引き寄せられた断片保有者に加えて、探知魔法が使える異能も敵になってくるの」
「探知魔法か。そういえばあれってホノカも使えるの?」
「簡単なやつならね。それに、これからの敵は魔法使いだけじゃない。物を探しだす探知魔法は超能力者も使えるから」
「……超能力者?」
え、なにそれは。
「念力とか透視とかを使う異能よ。ナツキも聞いたことくらいあるでしょ」
「……え? 超能力者ってほんとにいるの??」
テレビで他の人が何を考えてるかを読み取ったり、スプーンを曲げてるあれでしょ?
あれって手品じゃないの??
「いるわよ。だって、テレビにも出てるじゃない」
「いや、あれは……ネタがあるっていうか?」
「え? 日本語だとネタなの? 種じゃないの??」
「……種です」
素で間違えたナツキは恥ずかしくて赤面。
日本にやってきた子に日本語教わるってどういうことよ。
「中には手品師もいるわよ。見てれば分かるもの。でも、本物の超能力もいるわ」
「はぇ……」
「彼らも探知能力を使える。そして、探知の異能は大きな力により反応するの」
「大きな力……。断片とか?」
「そういうこと」
ホノカはこくりと頷く。
「だからこれからは、より多くの異能に狙われることになるわ」
「……なるほど。そういうことか」
一難去ってまた一難。
いや、むしろ断片を集めれば集めるほど、そういった連中と戦うことになるということだろう。
けれど、
「でも、ホノカ。俺たちなら大丈夫だ」
ナツキはいつものように鼓舞する。
けど、それは自分1人だけじゃない。
「うん?」
「俺たちならきっと、〈杯〉にたどり着ける」
ホノカと、2人なら。ユズハと、アカリもいればきっと出来る。
〈杯〉にたどり着けるのだ。
ナツキがホノカの目を覗き込みながらそう言うと、彼女は僅かに顔を赤くしてこく……と小さく頷いた。
「うん。そうね、私たちなら……きっと」
ちょうど駅に電車が滑り込む。ナツキたちはそれに乗り込むと、相変わらずの人の密度にちょっと辟易。でも、それすらも日常の一部に戻ってきたような感覚があって、ナツキは思わず笑ってしまった。
全ては電車から始まったのかも知れない。
この電車で、ナツキがホノカを助けたその瞬間から、
「ナツキ」
「ん?」
「これからも、よろしくね」
「もちろん」
柄にもなくナツキが過去のことに思いを馳せていると、ホノカが顔を近づけて……そう言った。きっと、彼女もナツキと同じことを考えていたのだろう。
お互いに顔を見合わせて笑うと――ナツキの前に、ディスプレイが展開された。
――――――――――――――――――
『緊急クエスト』
・少女が痴漢する前に彼女の魔の手を止めよう!
報酬:『天蓋の外套』の入手
【00:04:59:31】
――――――――――――――――――
おいおい、また痴漢かよ……。
と、思わずナツキが考えてしまうのも仕方のないことだろう。
だが、痴漢は社会問題。
気が付かないだけで、日本のどこででも起きているんだろうなぁ……と、ナツキは思いながらクエスト文を読み直して、目を疑った。
「……あい?」
「どうしたの? ナツキ」
「いや、ちょっと『クエスト』が……」
ナツキはクエストの文章を読み間違えたのかと思って、読み直す。
だが、そこに書いてある文章は変わっていない。
前にホノカを助けた時は、少女が痴漢を受ける側だった。
だが今回のクエストは、どこからどう見ても、少女が痴漢をする側になっている。
「……とりあえず、止めるか」
クエスト報酬が防具っぽいので、ナツキはホノカに『クエスト』の内容を伝えてから……【鑑定】スキルを使った。生まれた矢印はまっすぐ伸びると……1人の少女を指差す。
そこにいたのは、隣のクラスの少女。
ナツキもその顔に見覚えがあった。
真っ黒い髪の毛を腰まで伸ばし、透き通るような白く煌めく肌。大和撫子という言葉を擬人化したような姿で、静かに電車の席の端っこで本を読んでいる彼女はまるで絵画から切り取ったかのように美しく、光でも放っているかのように存在感がある。
彼女の名前は、夢宮ヒナタ。
ナツキは彼女と直接の接点があるわけではないが――曰く、才色兼備で文武両道。
なんでも出来る完璧超人で、周りの人間からの評判は高い。だが、彼女が笑っている様子を誰も見たことがないので『氷姫』なんて影で言われているんだそうだ。
顔が良いので鬼のようにモテるが彼女はその告白を全て断っているのに加えて、彼女の放つ近寄りがたい雰囲気が彼女の孤高さと、神秘さに拍車をかけている。
そんな子が痴漢なんて……と、思うが相変わらず【鑑定】スキルはまっすぐ彼女を指している。指しているのであれば、彼女がこれから行われるであろう痴漢の犯人だ。
「……あの、夢宮さん?」
「何かしら?」
話しかけると、彼女は読んでいた本から顔を上げた。
「ん、あなたは……八瀬、くん?」
「え、俺のこと知ってんの?」
ナツキが彼女のことを知っているのは当然だが、彼女がまさかナツキのことを知っているとは思わなかった。
「ええ、鏑木さんの虐めを止めた人よね?」
そういって彼女の透き通るような緑の瞳がナツキを貫く。
鏑木、というのはユズハの名字だ。
夢宮さんは他のクラスなのに、ユズハの虐めのことを知ってたんだ。
「ああ、俺がユズハへの虐めを止めた」
ナツキがそういうと、彼女はうっとりした様子で立ち上がる。
「素晴らしいわ。八瀬さんは、他の方には無い正義感をちゃんと持ってるのね。実は私……その話を聞いてから、あなたのことを尊敬していたの」
「ああ、それなら話は早い」
自分が尊敬されているということに1つの気後れも抱かないナツキは、そのまま彼女にしか聞こえない声でそっと続けた。
「……これからする痴漢を、やめてくれ」
ナツキが半信半疑ながら、早鐘のようになり続ける心臓を抑えてそういうと……清楚の文字をかなぐり捨てて、ナツキにしか見えない様子で彼女の口角が釣り上がる。
「へぇ、八瀬くんも……こっち側なのね」
「……なんの話だ?」
「別に痴漢をやめるのは良いわ。どうせ暇つぶしだし、それに……八瀬くんの方が、楽しそうなことをやってそうだし」
「だから、何の話を……」
とぼけてみるが、彼女は笑いながら……続けた。
「隠さなくても良いの。私、勘は鋭いから」
「……勘」
そういえばホノカが言っていた。
異能には第六感が発達しているものが多いのだと。
「ええ、八瀬くん。なにか……大きく心がひりつける物に手を出してるわね? 大召喚? 大錬成?? ううん、違うわね」
そういうと、彼女は人差し指をそっと自分の頭に当てて目をつむった。
「……これは、儀式規模のLv3……?? 〈杯〉の争奪戦……。異能同士の奪い合い……いや、これは殺し合い……?」
熱にうなされるようにヒナタが言葉を連ねる。
「ああ、……なんて面白そう!」
そして、焼き付いてしまうような熱意でもって彼女が目を見開いた。
(な、何なんだ。この人……!?)
次々とナツキの巻き込まれている事象を当ててくるヒナタにナツキがドン引きしていると彼女はひどく透き通るきれいな声で、
「……ああ、心配しないで。八瀬君。私にとって思考を読むのはお手の物。だって私は」
ナツキの耳元でそっと優しく、
「超能力者だから」
そう、言った。
Advance to the NEXT!!!
これにて1章終了です。
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