第24話 異能バトルは終わらない④
「ホノカを放せッ!」
屋上へと一足飛びに駆け上がった馬からナツキは飛び降りながら男に叫ぶと、彼はホノカを屋上に投げ捨ててナツキを見た。
「……っ」
腕のないホノカは屋上に打ち付けられて、声のない悲鳴を上げる。
「わ、私が応急処置を……!」
対敵するナツキの後ろに隠れるようにして、ユズハがホノカの元に駆け寄った。
それを横目に、常闇の底でナツキと男の視線が合う。
175cmほどの身長に、夜闇に紛れるような黒い外套。
そして、背中には一本の剣。明らかに異質な格好。
だが、何よりもそこにいる男は、
「八瀬?」
「先生……?」
そこにいたのはナツキに剣道を教えてくれた、あの体育教師だった。
「……何をやってるんですか、ここで」
ナツキはその問いに意味がないことを知っている。
女の子とはいえ1人の人間を片手で吊るし上げられるだけの力。
そして、現代日本では明らかに銃刀法違反になる一本の剣。
それらを持っている人間が、異能でなくして何だというのだ。
「そんなこと聞かなくても分かってんだろ? お前も、異能なんだから。八瀬」
ナツキの登場に驚いた様子を見せていた教師も、ナツキがユズハの召喚した馬に乗っていたこと、そしてホノカを追ってきたことから異能と断定。
「さて……『シール』を張っていたはずだが、どっから侵入した。お前ら」
「ホノカを解放してください。話はそれからです」
教師の言葉に耳を傾けず、ただ要件だけを告げる。
だが、彼はナツキの言葉には頷くことをしなかった。
「……話す気はねぇってか。じゃあ、良い。八瀬はグレゴリーの仲間だろ。なら持ってんな、〈杯〉の断片を」
「それがどうしたって言うんですか」
ナツキがそう答えると、教師は静かに手を差し出した。
「俺にくれ」
「嫌です」
即答。
いくらお人好しのナツキとて、ホノカをいきなり攫っていくような人間の願いを、はいそうですかと聞くわけがない。
「先生こそ持ってる断片を渡して、ここから引いてください。今なら、痛い目に合わずにすみますよ」
ナツキはそういうと、『インベントリ』から『影刀:残穢』を取り出して構える。
【剣術Lv3】スキルという剣術スキルの頂点にも等しいスキルによって生み出されたナツキの構えは――完璧だった。
〈杯〉の断片を狙っている男が。
それもチームを作り計画的に断片を奪いに来ている男が、断片を一枚も保有してないなんてことはありえない。
「痛い目、ね。異能のくせに脅してくるとは……随分と優しいなァ、八瀬」
男は馬鹿にしたように笑った。
「なるほど、八瀬は剣道をしたことは無いって言ってたが……剣術はしたことがあったのか。そりゃ、剣道が上手いわけだ」
そう言いながらゆらり、と幽鬼のように剣を抜いた教師の顔は……人斬りの顔になっている。
「……先生は何が目的で〈杯〉を求めてるんですか」
「人の願いを聞くなんて、野暮だと思わないか?」
「戦う理由を聞くのは、そんなに変なことですか」
ナツキの問いかけに、教師は犬歯をむき出しにして――笑った。
「いや。何もおかしくない。ただ、久しぶりで驚いたんだよ。俺が戦う理由を聞いてくるやつなんて、久しぶりだったからな」
剣を地面に着く寸前で遊ばせると、男は静かに語る。
「俺は、帰還者だ」
「……帰還者?」
聞いたことのない単語だが、ナツキは【鑑定】スキルを使って……調べた。
――――――――――――――――――――
帰還者
・異世界からの帰還者。転生、あるいは転移等により異世界へと渡った人間が、何らかの方法によって元の世界に戻ってきた時にそう呼ばれる。
異世界にてレベルを上げておりステータス等が強化されている。また、魔法や『スキル』を習得している場合がほとんどであり、対応するのは極めて困難。
――――――――――――――――――――
(異世界……!?)
ナツキは初めて聞いた言葉に驚きが隠せないものの……今はそれどころではないと気持ちを切り替える。
「俺は14のときにレファームっていう国に召喚されて、勇者として魔王を殺せば帰れると言われた」
初めて剣道の試合を行った時、ナツキは彼が熟練の剣士だと思った。
あの時は日本にいながら何を言っているのかと、ナツキは自分で自分にツッコミを入れたが……あれは、間違いではなかった。
――彼は、剣士だったのだ。
「10年かかって魔王を殺した。で、こっちの世界に戻ってきた。そして、知り合いのツテでこの学校で働くことになった」
「……だから、教師に」
「でも、戻ってきてすぐに気がついた。この世界は間違ってるってな」
「……間違ってる?」
「生きてはならない連中が、はびこっている」
男のその言葉が、何を指すのか……ナツキには、よく分からなかった。
だが、彼はすぐに続けた。
「弱くても、愚かでも、金さえあれば生きられる。そして、真に生きるべき強い者たちは弱者として淘汰され、踏み潰されている。こんなことあって良いのか? なぁ、八瀬。おかしいと思わないのか。金を手にして、豚のように資本を食って生きるのが人の生き方か?」
「…………」
「どれだけ生きようとも、死は平等に訪れる。金は、資本は……不平等に世界に偏在するが、それでも死だけは平等だ」
「………………」
「だから俺は〈杯〉を使って世界を変える。異界へと繋がる門を開けて、そこからこの世界にモンスターを送り込む」
「なんの、意味が……! それになんの意味があるんですかッ!」
「意味はあるさ。これで世界は平等になり……人は強さを思い出す」
「……ッ!」
「強さってのは、金を持ってることじゃねえ。生きようという意志のことだ。だがこの世界は、それが無いのに無様に生きてる奴らで溢れてる。……だから、俺がそいつらを救ってやるんだ」
「……理解できない」
「だろうな」
彼は笑う。
「理解されたいとも、思わない」
そして――構えた。
「……っ!」
「八瀬。お前も異能なら、こうなったときの解決法は知ってるよな」
それに呼応するように、ナツキも構える。
構えざるを、得ない。
「戦うんだよ、八瀬。こうなったら、お互いを力で退けるしかない」
ナツキは地面に倒れているアカリと、ホノカをちらりと見る。
彼女たちは衰弱が激しい。
だが、教師は明らかにここで戦う気だ。引くことはできない。
加えて、ナツキの持っている治癒ポーションの残り数は2つ。
アカリとホノカに使う分を考えれば、自分の分はない。
「……ユズハ、これを2人にッ!」
だから何だと言うんだ。
ナツキは治癒ポーションを、応急処置を行っていたユズハに投げる。
それを彼女は受け取って、アカリとホノカに飲ませようと動いた。
「Lv1の治癒ポーションか? そんなんでグレゴリーを治せるかよ」
「どういうことです」
「グレゴリーの傷を治したいなら、もっと濃い治癒ポーションを使えよ」
ポーションにはレベルがあるのか……ッ!?
初出の知識に目を丸くするナツキ。
(……どうする!? どうすれば、ホノカは助かる……ッ!)
ナツキは焦りながらも二回呼吸をした。
【精神力強化Lv2】のおかげで、すぐに冷静さを取り戻し……。
「……持ってますね、先生。俺のやつよりも、濃いポーションを」
「まぁな」
ナツキの問いかけに、隠すこともなく教師は頷いた。
冷静に考えてみれば分かることだ。
ここまで徹底して準備を行う男が、治癒ポーションを持っていないわけがない。
ナツキは、教師を見ながら息を吐く。
「それを下さい」
「嫌だね」
「……そうでしょうね」
ならば、やるべきことは1つ。たった1つだ。
ホノカが死ぬ前より先に、大きな傷を負うことなく、目の前にいる勇者を倒す。そして、断片と治癒ポーションを奪い取る。
(……俺に出来るだろうか)
そう問いながら、ナツキは心の中で笑った。
なんという愚かな問いかけ。
なんという浅はかな問いかけ。
最初から、答えなど決まっている。
――俺なら、出来る。
ナツキは手のひらを握りしめる。
俺なら、出来る。何だって、出来るんだ。
己の心を奮い立たせて、ナツキは言葉を吐いた。
「ならば、治癒ポーションを奪い取ります。力づくで」
「そうでなくちゃ困るな、八瀬」
教師はそう言うと、更に続けた。
「【宣誓】。俺が勝ったらお前の持っている全ての断片を奪い、グレゴリーの命をもらう」
教師の言葉に合わせて、世界がねじ曲がる。
決闘に関わる魔法。
【鑑定】スキルを使って分かった。
これは、取り決めを必ず守らせる魔法だ。
だからナツキは続けた。
「【宣誓】。俺が勝ったら、ホノカには二度と手を出すな。そして、先生が持ってる全ての断片と、ホノカを治せる治癒ポーションをもらいます」
カチリ、とナツキが刀を構える。
静かに、だが明確な殺意を込めて。
「名乗ろう。レファーム王国が『勇者』――倉芽アラタ」
「――八瀬ナツキ」
互いに名乗って、一歩踏み出した。
――キュドッッッッ!!!!
刹那、屋上が爆発したかと疑うほどの衝撃波が発生ッ!
倒れていたホノカを介抱しようとしていたユズハが、それに吹き飛ばされないように思わず伏せてしまう。
ユズハには見えなかった。
だが、ナツキは見た。
神速の踏み込み、からの最上段へと掲げた剣をまっすぐ振り下ろすその一撃は……ナツキの『新月斬り』と同じ技。それを神速の速度で叩き込んできたアラタに対して、ナツキは短刀で食い止めた。
その衝撃波が、屋上に吹き荒れたッ!
「まず初撃! よく耐えたな、八瀬ッ!」
「それくらい……見えてますよッ!」
【身体強化Lv3】を発動しながら【剣術Lv3】を発動しているナツキに剣を振るっても、彼に届くはずがない。
「……シッ!」
ナツキは短く息を吐くと短刀のリーチを活かし、互いに詰めた距離からの真横に一線。
……『弧月斬り』ッ!
神速の抜刀術は、常人の反射神経ではついていけない速度であるが、
「……おお、怖」
アラタはそういうと、地面を蹴って真横に回避。
そして、ナツキの剣が自分の身体にたどり着くよりも先に、自らの剣を身体の間に挟み込ませた。
再び生まれる衝撃波。
ナツキはその時気がついた。
この男……【身体強化Lv3】についてきてるッ!
「随分とパワータイプだなァ! 八瀬!」
「先生こそ……! 見かけによらず素早いッ!」
「俺はどこからどうみてもスピードタイプだろ?」
そんな軽口を叩き合いながら、ナツキは加速。
一撃で決められないのであれば、連撃を叩き込むだけだッ!
初撃を撃ち込み、弾かれた刃で2撃を重ねる。
そして、3、4と斬撃を連ねていく。
だが、アラタも防ぐ。息を吐き、剣を構え、しかとその両目でナツキを見ながら……険しい顔をして、捌き続ける。
その斬撃数は指数関数的に跳ね上がっていくと同時に、もはや人間の目では視認できない速度へと昇華する。
――ギギギギギギギンッ!!!
複数の音がもはや1つに重なって聞こえてしまうほどに加速した剣の舞は、果たしてナツキが大きく切り結ぶことによって唐突に終わりを迎えた。
「……はァッ!」
ナツキは叫びながら刀を野球のバッドのように激しく振るうと、そのままの勢いでアラタの身体を後方に飛ばす。
アラタは空中でぐるりと身体を回すと屋上の貯水槽に着地。すぐさま、大きく蹴りあげてロケットのような速度で舞い戻ってくる。だが、それを見ながらナツキは笑った。
彼はこれまで多くの異能に勘違いされてきた。
近距離で剣を振るうから、異常な力を発揮するから。
彼は『身体強化系の異能』と勘違いされる。
だが、本来は違う。
本当のナツキの異能は、
「『ウォーターランス』」
なんでもありの、『クエスト』だ。
ナツキの詠唱によって生み出された水の槍は、そのまま空中にいるアラタめがけて音の速さを超えて撃ち出され――直撃した。