第23話 異能バトルは終わらない③
「ホノカさんは……名前にグレゴリーって入ってますよね」
「……うん、入っている」
ドンッ! と、後方に音が流れる。
ナツキたちはユズハが呼び出した馬に2人乗りして犬の後を追いかけていた。
ユズハの召喚した馬は、道路を駆けり、家を踏み抜き、川を飛び越える。体長は5mほど。時速100km以上は確実に出ていると思うが、真に恐ろしいのはその速度なのにも関わらず乗っているナツキたちが全く揺れないことだ。
ちなみにだが、ユズハが前でナツキが後ろ。
馬はユズハが展開した『シール』の中を走っているので、他の人に気を使う必要はない。しかも、ユズハの犬は現実世界に残された匂いでも『シール』の中から判別できるのだと言う。
そう考えると、彼女もまたとんでもない異能だ。
「は、八瀬さんはご存じないかもしれないですけど、グレゴリー家は、魔法の……名家なんです」
「そういえば……ホノカも似たようなことを言ってた気がする」
名家は魔法結婚をするから、血筋がどうのこうのと。
そして彼女に日本の血が流れているのは、その魔法結婚のせいなのだと。
「は、はい。グレゴリー家は……持っている固有術式の数もすごいんですけど、何より、生まれてくる子供が誰も並び立てないほどの……天才なんです」
「……天才」
「生まれた時から魔法を使い、5歳になるまでには世の中に流れている魔法は全てマスター。そして、固有術式の研鑽を積む。そういう、一族なんです」
「なるほど」
だが、こう言っては失礼だが、ナツキにはホノカの影からそのような才能を見てはいなかった。それは一体、どういうことだろうか。
「で、でも……5年ほど前に、皆殺しにされたんです。グレゴリーの人間が……」
「……皆殺し?」
ナツキの問いかけに、彼女はこくりと頷いた。
「そ、そうです。皆殺しです。まだ犯人は捕まってないですし……その影もつかめてないです。でも、犯行動機だけは……はっきりと分かってるんです」
「……〈杯〉」
「はい」
ナツキの問いかけに、ユズハが頷いた。
「グレゴリー家は〈杯〉に関して、どの家よりも進んで研究を行ってたんです。お金とか、才能に物を言わせて……真偽を問わずたくさんの〈杯〉の情報を手に入れてました。その力の入れ込み具合は凄まじく……その熱意は日本にも聞こえるほどに……」
「その情報を狙われたのか?」
「だ、だと思います。グレゴリーの屋敷には火が付けられ、魔術工房は跡形残らず粉々にされていたので……どの研究成果がなくなったとか、分かんないって聞きました」
「……詳しいな、ユズハ」
「異能の世界での、大ニュースでしたから」
馬のたてがみを握ったままそういうユズハの顔は暗い。
きっと、その当時のことを思い返しているのだろう。
「お、大きい家ほど異能相手の対策を怠らないんです。何百年も経っているなら尚の事。けど、グレゴリー家は皆殺しにされたんです。……どの異能も、震えました。『あのグレゴリー家が殺されるなら、ウチはどうなるんだ』って」
「…………」
「でも、それから数年経って……とある、噂話が流れてきたんです。なんでも、グレゴリー家の生き残りがいて、それが〈杯〉の断片を集めていると」
「…………」
誰か、なんて言わなくても分かる。
ホノカだ。
「で、でも……それがどうして、ホノカが殺されるってことになるんだ?」
「か、考えてもみてください。『死』をトリガーにする魔法がたくさんある異能の戦いで、グレゴリー家は皆殺しにされてるんですよ!? きっと、殺すという行為に意味があるんです。じゃないと、殺したりなんて……!」
ユズハの言葉はいくつか情報が足りなかったが、納得のできるものだった。
確かに彼女の言う通り、殺す方には大きくデメリットの針が傾いているはずの異能の戦いにおいて、グレゴリー家を襲った異能はホノカの一族を殺している。
ならば、犯人の目的は研究を奪うことと同じく、殺すことにもあるのだとすれば……。
「もしかしたら、死体が必要だった……とか?」
「ね、死霊術ですか……? 可能性はあると思いますけど……」
「……けど?」
「グレゴリー家には……ずっと、もう1つの噂話があったんです」
「もう1つ?」
「……生まれた時から魔法が使えない、落ちこぼれの噂話が」
――――――――――――――――――――
「……なにが、目的なの」
目の前にいる1人の男を見ながらホノカはそう言った。
『シール』の中に取り込まれた瞬間、目の前に1人の男がいた。敵だと判断し、すぐに魔法を使った。だが、そのどれもが敵わなかった。
攻撃魔法をことごとく避けられ、防がれ、返す剣の腹でホノカの両足を砕き、右腕を断ち切り、最後に腹部への拳を貰って……彼女は、倒れた。
そして、目を覚ますと……全ての魔力が枯渇した状態でナツキの家とは全く違う場所にいた。
風が吹いているから外だと分かるが月明かりも街の光も無くホノカには、目の前に男がいるということしか分からなかった。
中肉中背。
黒い髪に黒い瞳はどこからどうみても、彼が日本人だということを知らせてくれる。
だが、立ち振る舞いが全然違う。明らかに一般人ではない。
どこか冷たく、触れにくい雰囲気をもったその男は……刃のようにも思えた。
「何が目的か、か。随分と分かりきったことを聞くな」
「…………」
男の答えがなんであれ、すぐにホノカは『〈杯〉』という単語を口に出来ない。万が一、男の目的が〈杯〉ではない場合、無駄にリスクを増やすことになるのだ。
情報は徹底して、伏せなければ行けない。
「お前を連れてくる目的が〈杯〉の断片でなくて、なんだって言うんだ。グレゴリー」
「……残念だけど、私は持ってない無いわよ」
ホノカは第六感の発達した異能だ。
嫌な予感というものは……ナツキがアカリを家に連れこんだときからあった。だから、ホノカはアカリをナツキの家から追い出そうとしていたのだ。そして、念のために自らの巻物に自分以外には解けない偽装魔術をかけておいた。
それが終わった瞬間に、『シール』に巻き込まれたのだ。
だから、ホノカは断片を持っていない。
「持ってない?」
「本当よ、持ってないわ」
「いやお前は持っているはずだ、グレゴリー。何故なら」
男はそう言うと、何も無い虚空に手を伸ばした。
伸ばされたその手は……とぷん、と空間を揺らして消える。
……『シール』に手を入れている。
「こいつから、奪ったんだろ?」
そういって、捨てられたのはボロ雑巾みたいになった……アカリだった。
「……っ!?」
何とどう戦ったのだろうか。
彼女は血まみれになり、今にも息絶えそうになっている。
そして、男はアカリを地面に投げ捨て……彼女はわずかに地面でもぞりと動くと大きく血を吐き出した。
(……っ!)
ホノカはその光景から目を逸らすように、キッと男をにらみつける。
だが、血が足りず……視界が霞んでいくのが分かった。
異能に迫った災いは自業自得だ。
例えどんな事件に巻き込まれても……巻き込まれないよう自衛をしなかった異能が悪いとなるのが、この世界だ。
だから、
(……来ないで、ナツキ)
静かに、心の中で吐き出した。
「帆ノ火・白崎・グレゴリー。あのグレゴリー家の生き残りにして、当代きっての落ちこぼれ。それが、お前だろう?」
男はホノカのことを知っているのか、彼女の目を覗き込むようにしてそう言った。
その男の目に写っていたのは、道具だ。
道具としての、ホノカだ。
男にとって、ホノカは人ではない。
目的を達成するために必要な道具でしかないのだ。
ホノカはそれが分かるからこそ、歯噛みする。
道具相手に躊躇うことはない。
必要な時に使い、要らなくなれば……捨てるのだ。
「こっちの世界に戻ってきた時……とある噂を耳にした。グレゴリー家は魔法の使えない落ちこぼれに、〈杯〉の断片を埋め込んだと」
「……何の話かしら」
努めて……努めて、冷静にホノカはそう返した。
だが、自分は冷静に答えられただろうか……?
じくじくと、断ち切れた二の腕の先から血があふれる。
傷口の痛みはない。
ただ、熱した鉄を押し当てられているような熱があり……全身を寒気が襲っている。
痛みと出血で気を失いつつある中、ホノカの首元を男が掴み上げた。
「……っ」
呼吸ができずに大きく口を開ける。
だが、締め上げられた喉を酸素が通ることはない。
「どうすればお前の中に埋め込まれた断片が手に入る? 殺せば良いのか? それとも、外科的な手術で取り除けば良いのか??」
男はそういってホノカを持ったまま、屋上の淵に立ってみせた。
「ここから落とせば死ぬだろうな。魔力切れでも魔女は飛べるのか?」
男の問いかけに、ホノカは何も言わない。
いや、何も言えない。
断片の場所を答えるわけには行かないのだ。
答えてしまえば、自分がやってきたことが全て無駄になる。
――5年。
5年という長い歳月をかけて、ようやく23枚も集めたのだ。
だから、こんなところで諦めるわけには行かない。
諦めるわけには行かないのに……。
「……ぁつき」
静かに意識が遠のきかけていく。
異能と呼ばれ、魔法という超常の力が使えようとも……魔女は、魔力がなくなれば何も出来ない。
だからこそ、彼の名前を呼んだ。
呼んでしまった。
「……助けて」
誰も助けないと誓ったはずなのに、自分は助けないで良いと言っていたのに、自分が死にかけると彼に助けを求める浅ましさに自己嫌悪に陥った。
「異能が仲間を助けるわけ無いだろ」
意識が朦朧とする中、ホノカはせめてもの抵抗で男を見下ろす。
その時、空が煌めいたような気がした。
――――――――――――――――――――
馬が犬を追いかけて走っているその時、ナツキは気がついた。
先頭を走る犬が向かっていくのは……学校だ。
電車でも数十分かかる道のりをわずか数分で駆け抜けた馬は、鼻息を荒く吐き出すと身体を震わせて山を登っていく。
「……学校?」
「も、もしかしたら……ホノカさんと連れ去ったのは、学校に縁のある人なのかも知れないです……」
その可能性を否めないまま、ナツキは静かにユズハに頼んだ。
「ユズハ、『シール』を解除して」
「はい!」
刹那、ナツキたちの身体が現実世界へと戻される。
「ホノカのいる『シール』へ侵入する」
不可侵の世界を飛び越える気持ち悪い感覚と共に、ナツキたちは揃って別の『シール』に侵入した。
「……し、『シール』への侵入なんて聞いたことないですよ」
「ここにいるはずだ。ホノカたちが……!」
ナツキたちが5分近くかけて登る山道を数歩跳躍を繰り返すだけで簡単に登りきった馬は……最後の勢いを使い果たすよう、グランドから大きく飛んだ。
そして、旧校舎を飛び越え新校舎の屋上に向かって馬が飛んで――、
刹那、ナツキはそこに3人の人影を見た。
1人は金髪で、紫の瞳の少女。
だが口から血を吐いて倒れ込んでおり、指をかろうじて動かしている程度だ。
もう1人は黒髮の男で、だらりと力なく伸ばした足と片腕の無い少女を掴んで屋上から落とそうとしている。
そして、その男に掴まれている少女こそ、
「……ホノカッ!」
虚ろな少女の瞳が、ナツキを捉える。
「助けに来たぞッ!」