第20話 共にする異能
「……お兄ちゃん」
ナツキが取ったのは【身体強化Lv3】の動きに加えて、【雷属性魔法Lv1】の中に含まれている『ブースト』と呼ばれる身体を強化する魔法だ。
そして、アカリの魔法の発動を見極めたのは【心眼】スキルによるもの。
【心眼】スキルは相手を攻撃するための攻撃推奨線を表示するだけではなく、相手の攻撃の予測範囲も表示してくれる。
アカリがどのタイミングで、どこにスキルを使うかなんて……丸わかりなのだ。
「諦めろ……アカリ!」
「いっ、嫌! あかりは……まだ」
ぱっ! と、アカリの姿が消える。
【空間魔法】でどこかへと飛んだのだ。
だが、消えると同時に森の奥から爆発の音が聞こえてきた。
「残念だけど、この森にはたくさんの罠をしかけてる。アンタが簡単に脱出できるようなものじゃないわ」
ホノカは上空からそう言うと、爆発箇所で倒れているアカリにそう言った。
「それはただの爆発する地雷じゃない。あんたの魔力を全部奪うの。どう? この『シール』はあんたのために3日かけて作ったのよ」
「……うぅ」
ぼろぼろになったアカリは、先ほどの可愛さなんてもはや見る影がない。
服はところどころ焦げ、足は折れたのか動いておらず、流血も見られた。
……ホノカの言ってた準備って、これか。
「アンタの負けよ。さっさと、断片を渡しなさい」
「…………」
だが、アカリは何も言わない。
黙って、虚ろな瞳でじぃっとホノカを見るだけだ。
「良いわ。渡さないなら渡さないで、やり方なんていくらでもあるし」
ホノカがそう言って、手元から小瓶を取り出す。
「ホノカ、それは?」
「飲むと自意識がなくなって、私の言うことを効くようになる薬よ。これで断片を渡させるの」
「……むごいな」
「まだマシよ。他の異能は……もっと残酷だから」
……殺伐としすぎだろ、異能の世界。
なんてナツキは考えながら、薬を手に持って前に進もうとうするホノカに待ったをかけた。
「ちょっと、あかりと話させてくれないか?」
「良いけど……。3分以内にお願いね。魔力を回復されちゃうから」
そう言ってもらえたナツキは安堵の息を吐くと、未だ倒れたままのアカリに近づいた。
「アカリ。俺の願いを1つあげる。だから、断片をくれないか?」
「……願いを」
彼女が〈杯〉に何を願うのかは知らない。
だが、それでも彼女には、死にかけるほどになってでも……叶えたい願いがあるはずなのだ。
「……でも」
「俺は約束を破らない」
「…………」
アカリは静かにナツキを見て、その後ろに立っているホノカを見た。
「で、でも……お姉ちゃんが、駄目っていうかも……」
「……ん」
ナツキはホノカを見て、聞いた。
「俺の願いの5つ分、そのうちの1つをアカリにあげても良い?」
「ナツキの願いはナツキのものよ。それをどう使おうと……あなたのものだわ。ナツキ」
どうやらOKらしい。
随分と回りくどい言い方をするが……それも、さっきまで敵だとみなしていた子に優しくできない、ホノカの精一杯の気づかいなのだとすぐに分かった。
「てことだ。俺の願いを1つ渡すぞ、アカリ。その代わり……俺たちの仲間になれ」
「……うん。分かった」
アカリはこくりと頷くと――とても素直に、胸元にかけているペンダントを手渡してきた。
「……ここに、断片が9枚入ってる。あげる、お兄ちゃん」
「ありがとう。アカリ」
ナツキはペンダントを、ホノカに手渡すと彼女はペンダントから、ずずっと断片を取り出していた。明らかにペンダントの大きさと、断片の大きさが釣り合っていないが、あれはきっと『収納』の機能を持っているのだろう。
異能に慣れてきたナツキはそう思うと、自身の『インベントリ』から治癒ポーションを取り出して、アカリに飲ませた。それで、傷は治ったようで……アカリはふらつきながらも、立ち上がった。
「……ありがとう。お兄ちゃん」
「良いよ。気にすんな」
「……あかり、負けちゃったな」
そういうと、彼女はひどく震えはじめた。
「だ、大丈夫か?」
ナツキが心配そうに彼女の顔を覗き込むと、真っ青な表情をしたまま……寒さに震えるようにガタガタと、アカリの身体が震え続けている。だがこれは寒さに震えてるんじゃない。恐怖に震えてるんだ。
「ナツキ。帰るわよ」
「ちょっと待ってくれ。この子が」
アカリはひどく怯えた様子で、ナツキにすがりつく。
「お、お兄ちゃん」
「どうした!? 大丈夫か?」
「あかりを、守って……」
彼女はそれだけ言うと、気を失った。
まるで張り詰めた糸を切ったかのように。
ナツキは一瞬、ホノカの魔法によって身体にダメージが溜まったせいだと思ったが……それは違うと思いとどまる。彼女は『治癒ポーション』を飲んでいる。だから、ここで倒れるはずがない。
だから、彼女が倒れた理由はもっと別にあって……。
「どうするの? ナツキ」
「……連れて帰ろう」
ホノカは倒れたアカリを指差して、ナツキに尋ねる。
だが、ナツキはすぐにそう答えた。
「守って」と言われて倒れた女の子を無視できるほど――ナツキは、異能に染まっていなかった。
ナツキがアカリを背負うと、まるで兄妹のように見えないこともない。
「ここから出ましょ」
ホノカがそう言って指差した先には、空間の裂け目。
そこからは、建物と建物の裏路地が見えていた。
「森の中なのにこうして建物が見えるっての……変な気分だな」
「すぐに慣れるわ」
ホノカはそういうと、先に裂け目を通って外にでる。ナツキもその後ろを追いかけるように現実世界に戻ると、すぐに裂け目が閉じた。
「帰るか」
「そうね。でも、その前にユズハに連絡しておかないと」
そういえば彼女も露払いとして、近くに来てくれているのだ。
「ちゃんとお礼を言っておかないとな」
ナツキがそう言うと、ホノカがこほん――、と咳払いをした。どうしたのかな……と、思ってナツキが、彼女の方を見たら、
「もう、ナツキはせっかちよ。私が来ない間に勝手に戦いを始めちゃうし」
お説教が始まった。
「…………」
別に始めたわけじゃないんだけど。
「ちゃんと分かってるの? 私が来ないと死んじゃうところで……」
だが、その言葉は途中で止まった。
そして、ホノカはぶんぶんと激しく首を横に振るう。
まるで、水からあがった犬みたいだ。
なんてことを思っていると、彼女は恥ずかしさを噛みしめるように黙りこんだ。
「……ごめん、ナツキ。こんなことが言いたいんじゃないの」
そして、そっと言葉を紡いだ。
「ありがとう、ナツキ。一緒に戦ってくれて」
真っ白い肌を真っ赤にしながら、そう言ったホノカにナツキは微笑んだ。
「俺はホノカの友達だからな」
「……うん」
友達、とナツキが言った瞬間にぎゅっと手を握りしめて……ホノカは、照れくさそうに笑った。
「初めての経験だったの。誰かと一緒に戦うのは」
「そうなの?」
もっとバチバチやってるのかと思っていたナツキは意外すぎてそう聞くと、
「異能の世界は……信頼できる人を探す労力が、大きいから」
「殺伐としてるもんな」
「……うん。でも、ナツキは……信用できるし」
その言葉は、ひどく重く……彼女の生い立ちから紡がれた言葉のようで、ナツキはゆっくりとその言葉を嚥下した。
……ホノカを裏切るようなことは、絶対にしない。
そして、そう心に誓っていると、
「ちょ、ちょっと! お2人さん! た、戦いが終わったからっていちゃつくの禁止です!」
「イチャついて無いわよ!」
路地裏にユズハがやってきた。
「た、戦いを共にした異能はそういう関係になるって道理が決まってるんです! わ、私のパパとママもそうやって仲良くなったんですから……!」
「ど、どういう関係よ! 私とナツキはまだそういうのじゃないから!」
顔を真赤にして否定するホノカ。
「ま、まだってどういうことですか……!?」
そんなホノカと対象的にどんどん顔が青くなっていくユズハ。
なんか面白いなぁ……と、思っているとユズハの視線が、ナツキの背中にいるアカリに向かった。
「う、嘘……! もう子供まで作って……!?」
そして、ユズハはそのまま倒れてしまった。
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