第19話 氷獄の異能
ヒュゴッ!!!
空気を斬り裂いて、氷の砲弾がナツキに向かって飛んでくる。
「『強化』ッ!」
一方でナツキが使うのは、世界が変わった【身体強化Lv3】。
全てがスローモーションになった世界で地面を蹴ると……ドンッ!!!
まるで地面が爆発したかのような音と衝撃波を巻き起こして、コンサート会場の床が大きく陥没した。そこから遥かに遅れて、氷の砲弾がナツキのいた場所に直撃。周囲のものを粉々にして、突き刺さる。
「お兄ちゃんが悪いんだよ。異能なんか、信じるから」
ナツキが初撃を回避したことに気が付かず、アカリは亡者のようにそう呟く。
「…………」
「異能を信じるから……死んじゃうんだよ。お兄ちゃん」
その言葉は、ナツキに話しかけると言うよりも自分に言い聞かせているようで、
(……ホノカと合流前にやられたか)
ナツキは2階席の手すりを掴んだ状態で、壁に足をおいていた。
【身体強化Lv3】を使えばこんなことをしなくても、足の指の握力だけで壁に立てそうだったが、無駄に体力を消費したくないので腕で掴んでいるのだ。
「……大丈夫。お兄ちゃんのことは、アカリが絶対に忘れないから」
「死んだ体で話すのは辞めてくれよ」
「……ッ!」
アカリはナツキが跳躍したことに気が付かなかったのか、声をかけた瞬間に弾かれたようにそちらを見た。
(……どうしよう?)
一方でナツキはこの状況に困っていた。
明らかに実力に差がありすぎる。
アカリに対して断片を諦めるように説得しないといけない。
このままやると、彼女を殺してしまう。
「アカリ。君が叶えたい願いはいくつある?」
「……1つ」
「じゃあ、俺たちの仲間にならないか?」
ナツキの言葉に対してアカリはまるでナツキの話している言葉そのものが分からないと言わんばかりの表情を浮かべた。
「……何を言ってるの? お兄ちゃん」
「俺たちはまだ2人だ。それに、願いにも余りがある。だから、俺たちの仲間にならないか?」
「……急に何を言い出すかと思えば。もしかして、戦うのが怖くなったの? お兄ちゃん」
精一杯、煽るように言葉を吐き出すアカリだが……ナツキには、それが強がりにしか見えなかった。
「今の俺の移動が、見えなかったんだろ? アカリ」
「…………」
「だから、諦めて――」
「馬鹿にしないでッ!」
アカリの大声が、会場一杯に響き渡る。
きぃいいん、とマイクの音割れのような音まで響いた。
「あかりがこれまでどれだけ沢山の異能と闘ってきたと思ってるの! あかりは強いの! お兄ちゃんが、諦めてよッ!」
アカリがすがるように、そう叫んだ時――バチ、パキ……と、何かが砕けるような異音がナツキの耳に届いた。それと同時に、世界に白く靄がかかったようにアカリが見えづらくなる。
そして、ナツキの吐いた息が真白に染まった。
(急に寒くなって……ッ!? どうしたんだッ!?)
ナツキは思わず金属の手すりを手放そうとしたが、手がくっついてしまっており離れない!
「まずは手始めに【氷属性魔法Lv3】の『絶対零度』。寒いでしょ、お兄ちゃん」
【身体強化Lv3】のおかげだろうか。
しゅぅううう、と音を立てながらナツキの全身から真白の蒸気があがる。
心臓が信じられないほど脈打って、熱を生み出している。
だが、パキパキ……と、今日買ったばかりの服が凍っていくのが分かる。
そして、まぶたが凍る。
眼が開けていられないほどに冷たい……ッ!
(アカリがコンサート会場を『シール』で作り出したのはこのためかッ!)
ナツキは開かない瞳でその確信へと至った。
「ただ疾いだけの異能なんて、倒すのは簡単なんだよ。お兄ちゃん」
「……【心眼】」
そういって勝ち誇ったように胸を張るアカリに聞こえないくらいの小さい声で、スキルを発動。
刹那、目を閉じているはずなのにナツキの両目に、周囲の光景が飛び込んできた。
いや、それだけではない。
ナツキの手元から伸びているいくつもの赤い線。
それは直線のものもあり、曲線を描いているものもある。
だが、どれもこれもナツキをスタートにして、アカリがゴールだ。
心の眼、と書かれたスキルだったので瞼を閉じた状態でも目が見えるようになるかと思ったのだが、
(【心眼】って、そういうスキルかよ…………ッ!)
ナツキが1つの線を視認した瞬間、どのようにアカリが死ぬのかが……3Dの人形によって再現される。
これはアカリを殺すための攻撃を図示した線だ。
いわば、攻撃推奨線。
「殺伐としすぎだろ、異能ってのは!」
「それが異能だよ。お兄ちゃん」
口を開けた瞬間に、口の中の水分全てが凍りついてしまいそうになる絶対零度の世界の中でナツキは、どの攻撃推奨線も選ばなかった。
「『炎の嵐』」
轟ッ!!!
ナツキの詠唱によって、アカリとナツキの間に巨大な火球が出現。
それは急速に肥大化すると爆発したッ!
そして、周囲に炎を撒き散らすと周りのものに着火して周囲の温度を急速に上げ始める。『絶対零度』による低温攻撃は、これで緩和された。
「……な、なんでLv1でそこまでの威力がっ!」
その問いには答えず、ナツキは凍ったことで手すりとくっついた自らの手も炎によって解凍すると、壁を蹴ってアカリへと飛んだ。
弾丸のように射出されたナツキは、ステージに着くまでに空中で一回転すると綺麗に着地。アカリのすぐ真横へと並ぶ。
「……ッ! 死んでよッ!」
アカリはすがるように叫ぶと、そのままナツキに向かって回し蹴り。
それを片手で受け止めようかと思ったが、第六感が危機を告げる。
ナツキは上体をそらして回避するとアカリは蹴りを外してしまい床に足が触れたその瞬間、アカリの足が触れた箇所が一瞬にして凍りつくと粉々に砕け散った。
「……そんなことできんのか!」
「あかりの体に触れたら、粉々になっちゃうよ。お兄ちゃん」
彼女は少しだけやせ我慢するかのようにそう言って笑うと、両手を広げた。
次の瞬間、ナツキの周囲には大人の男ほどもある巨大な氷柱がいくつも出現しており、それが寸分たがわずナツキを狙っていて、
「さぁ、粉々になってッ! お兄ちゃんッ!!」
キュドッッツツ!!!
初速から音速を超えたいくつもの氷柱が全く同時にナツキに向かって飛んでくる。
それを【身体強化Lv3】を発動した状態で一本掴むと、野球のバットのように振り回して自分に飛んでくる氷柱を全て叩き落とした。
その間、わずか0.2秒。
全てが終わってから、ナツキは手に持っていた氷柱を捨てた。
「……どうして、抵抗するのお兄ちゃん」
「断片が欲しいんだ」
「あかりは、お兄ちゃんを苦しめずに殺してあげるつもりだったのに……」
ナツキはアカリの言葉に、思わず頬をかいた。
「いや、その……さ。殺す前提なの、なんでなの?」
「…………」
アカリは何も言わない。
だが、ナツキがステージの上で彼女を前にしても動かないことから、すぐにナツキは攻撃してこないと悟ったのだろう。
ゆっくりと口を開いた。
「……あかりのチームは、成果主義なの」
「うん?」
「断片を集めた量と、倒した異能の数でスコアがつくの」
「うん」
「あかりは、全然ページも集められてないし、異能も殺せてない……! だから、お兄ちゃんを殺さないと、願いが叶えられないの!」
「だったら、俺たちの仲間になれば良いだろ?」
ナツキの問いかけに、彼女は泣くのをこらえるような顔を浮かべて……。
「もう遅いんだよ、お兄ちゃん。あかりのチームはね、裏切り者を殺すの。持ってる断片を取り上げて、あらゆる異能を奪われて……殺されるんだよ」
「俺が守る」
「……じゃあ、信じさせてよ」
アカリの言葉が、真っ直ぐ向けられる。
「ここでお兄ちゃんがあかりの味方だって信じさせてよッ!」
「……信じさせる」
「味方だって信じられないのにお兄ちゃんには頼れないよ。だから……あかりに断片をちょうだい」
そう言われたナツキは不思議なことに……彼女の言うことを叶えてあげたくなった。どうしてだろう。彼女の境遇も普通ではないと思ったからだろうか。自分と似ていると思ったからだろうか。
理由を口には出来ないが、とにかく彼女の言うことを叶えようとした瞬間に……。
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クエスト『状態異常にかかろう!』がクリアされました
スキル【精神力強化Lv2】を入手しました
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なんて書かれたディスプレイが視界に入った。
(……状態異常?)
それを読んだ瞬間に、はっとナツキは冷静になる。
(俺はいま……アカリに断片を渡しても良いと思ってたのか?)
ナツキが先ほどまでの自分の心境に恐怖を覚えていると、アカリの顔が露骨に焦りへと切り替わった。
「……『魅了』が効いてない? お兄ちゃんって、一体何なの……?」
『魅了』。
それはナツキでも知っている状態異常だ。
ゲームなんかでサキュバス系のモンスターが敵に言うことを聞かせる状態異常だが、ナツキの入手した【精神力強化】はそういった状態異常への抵抗を行う。
「諦めろ。君じゃ俺には勝てない」
ナツキがそう言った瞬間、
ガッシャァアアアンン!!!
巨大なガラスが何枚も割れたような異音が響くと、天井に穴を開けて1人の少女が飛び込んできた。
「全然来ないからもしかしてと思ってたけど、やっぱりナツキだけを先に『シール』に取り込んでたのねッ!」
「ホノカ!」
空から飛び降りてきた魔女は、そのまま空中で静止すると……ナツキとアカリを見た。
「異能に目覚めてすぐのナツキから倒そうとするなんて、卑怯なやつね」
「……ッ!」
ホノカの挑発で悔しそうに歯噛みするアカリは何かを言い返そうとして――出来なかった。
なぜならコンサート会場が薄く薄く……まるで、霧で出来ていたかのように消えていくからだ。
「この『シール』もどうせアンタに都合の良いように作ってるんでしょ? 悪いけど、私が上書きするから」
バッ――!
急に世界が開くと、そこは暗い森の中だった。
だが、ナツキの目は【身体強化Lv3】のおかげで夜目が効く。
「私たちが断片をもらうわよッ!」
空に浮いたまま、ホノカがそう叫ぶと同時にぐるりとナツキとアカリを囲むようにして森に火がついた。
「私たちに降伏するなら、五体満足で返してあげるわ」
まるで悪役のようなセリフを吐きながら、空からホノカが見下ろした。
アカリは無表情のまま、何も言わない。まるで事切れた人形のようで、
「……あかりが負けるなんて思ってるの?」
静かに、そういった。
「お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、あかりの異能について何も知らないのに」
……いや、彼女は嗤っている。
「あかりの異能が、最強なんだよ」
そして勝ちを確信したかのような微笑みと共に、彼女は何も無い虚空をタップした。
ナツキはその時、初めて彼女に【鑑定】を使った。
彼女の名前と、ステータスが羅列されたその下に、彼女の異能が記されている。
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【異能】
『ガチャ』
・星空あかりがSNSで入手した「いいね」の数によってガチャを引くことができる。ガチャによって入手できるものは『スキル』や『アイテム』などがあるが、ランダム性が高い。また、ガチャ1回につき消費する「いいね」が多いガチャの方がレア度の高い『スキル』や『アイテム』を入手できる。
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「あかりの『異能』は追い詰められれば追い詰められるほどに高いレアリティの『スキル』を入手できるの。だから、ここまで待ってたんだよ……!」
それは彼女の強がりだったのだろうか。
それとも、彼女の本心だったんだろうか。
彼女は、指先に向けていた視線を持ち上げて微笑んだ。
「あかりのLUCは98。だから、当たりしか引かないの」
ナツキはその時、見た。
彼女のステータスに刻まれた【空間魔法Lv3】のスキルを。
「ごめんね、お兄ちゃん。ここで死んで」
あかりの手が伸ばされる。
ナツキの立っていた場所が、空間ごと断絶される。
空間ごと断ち切るその攻撃は、一切の防御が通用しない最強の一撃。
だが、それが届くよりも先に……ナツキが消えた。
「……疾い、ね。お兄ちゃんッ!」
――バジッ!
「悪いけど」
乾いた雷鳴と共に、ナツキが動いた軌跡に雷撃が爆ぜる。
「俺の方が、まだ――強い」