第14話 異能の秘密
しばらくの間、魔導書を読みふけりながら魔法を構築したナツキが気がついたのは、
「……どれもこれも威力高すぎじゃね……?」
なんて答えだった。
そう、現実世界で魔法の練習をやろうにも威力が高いので練習できないのだ。
ホノカ曰く、攻撃用の魔法は戦争の度に進化し続けており戦争が続いていたヨーロッパや、戦国時代の日本などでも研究が熱心に進められていた。そのため、1900年代初頭の魔法が最も攻撃規模が大きく殺傷能力も高かったのだという。
だが、第一次世界大戦が終わった後のワシントンで制定された軍縮会議で列強は異能を戦争に使うことを禁止。よってそれ以降は国の防衛という名目で魔法は発展を遂げてきた。
また核爆弾を皮切りに、大規模破壊兵器としての運用の必要性がなくなったため、魔法は個々人が持ちうる最大兵装としての運用の仕方に切り替わったという云々カンヌン。
「うーん、メモを見返しても全然分からん」
その説明が書かれたメモは、ナツキがホノカから話を聞いた時にメモを取らなかったので彼女が怒り……『私よりユズハの方が良いんでしょ!』と言って泣きそうになったため、慌ててナツキが誠意のメモ取りとなったときのやつである。
「まぁ、でも……元々魔法は戦争用に作られてるんだから威力は高いよな」
結局、ホノカのレクチャーはどこへやら。
ナツキはそんな風に結論を出すと、土手に腰をおろして赤い西日を見つめた。
「魔法の練習は明日の方が良いかな。俺が『シール』を使えるなら話は別だけど……」
魔導書を読んで作り出した魔法の威力はどれもこれもとんでもないものばかり。
そんなものを『シール』もなしに現実空間でバンバン撃とうものなら、異能狩りがやってきてお縄である。
「……あれ? そいや、俺のこのスキルって……」
ゆったりとした時間を過ごしていたところ、ナツキは今まで触れていなかったスキルがあることに気がついて『ステータス』を起動した。
そして、そこに表示されているスキルのうちの1つ。
【結界操作】に【鑑定】スキルを使ってみた。
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・【結界操作】
『シール』の生成、編集、削除が行える。
1つの操作をするたびにMPを消費。
消費するMPは『シール』の範囲と難易度に依存する。
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「……おい、まじかよ」
これは思わぬ収穫だった。
だが、使い方が案の定分からない。
だが、ふとナツキは思い立ってスマホを取り出した。
そして、家庭教師を名乗ってくれた彼女に通話をかけた。
『あ、あの……八瀬さん……?』
「もしもし、ユズハ? 俺だよ」
『はっ、はっ、八瀬さん!?』
「うん。いま大丈夫?」
『は、はい! 大丈夫です! あ、いや! えっと、いま制服じゃなくて私服で……』
電話口の向こうから、ドタバタと暴れながら色々と大変なことになっている音が聞こえ得てくる。
「電話なのに服装は何でも良いんじゃない?」
『あ、そ、そうですよね……。すみません……。そ、それで……どうされたんですか……?』
「ちょっと聞きたいことがあってさ」
『な、なんでも聞いてください。八瀬さんだったら、な、なんでも答えます。あ、あの、まだ彼氏はいません!』
「え? あ、そうなんだ。俺も彼女は出来たこと無いよ……って、そうじゃなくて、『シール』についてなんだけど」
彼女できたことないと言うと、小声で『良かった』と返ってきた。
何が良いんだい?
『どうかしました?』
「どうやったら『シール』って出来るんだ?」
『し、『シール』はですね……』
ユズハはそこまで言うと、急に無言になった。
『……こ、これはチャンスでは? 異能を教えることで八瀬さんと私との距離を縮める大チャンス……! 八瀬さんの覚醒タイミングを逃した遅れを取り戻せるかも……!!』
電話越しで声が小さく、しかも早口で言うものだから何を言っているのかよくわからない。
「ゆ、ユズハ?」
『いっ、今から八瀬さんのところに行きます! どこにいるんですか!?』
「学校からちょっと離れた河川敷だよ。分かる?」
『わ、分かります! 今すぐ行くんで5分くらい待っててください!』
「5分で? って、切れちゃった……」
ユズハは学校の近くに住んでいるのだが、ナツキの家から学校までは電車も使って約1時間ほど。そこから河川敷までは15分ほどなので、どれだけ早くてもそれだけかかるはずなんだけど……。
そう思いながら待つこと3分。
ぱっとナツキの目の前の空間が歪むと、そこからユズハが出てきた。
「おわっ!?」
「お、おまたせしました……」
さっき電話した時は私服と言っていたはずなのに、何故か制服に着替えているユズハが現れたのは『シール』の中からだ。
「は、疾いね。ユズハ」
「はい。『シール』の中をごーちゃんに背負ってもらいました」
ごーちゃんというのは、あの首のない巨人のことだろうか。
「あ、そっか。『シール』の中だったら異能を使っても良いから」
「そ、そうなんです。なので、早く移動したい時とかは、これを使ってます……!」
「めちゃくちゃ便利じゃん……」
「はい! 八瀬さんもすぐに使えるようになりますよ! そんなに難しい魔法じゃないですし、八瀬さんには才能がありますから!」
そう言われるとやる気が出てくるのが八瀬ナツキという男である。
「お、おう。頼む」
「はい! まずは『シール』に指定したい範囲を目で選んでください。まずは……」
ユズハはそう言いながら、枝を拾うと……大人2人がギリギリ立てるくらいの丸を描くと、
「この中に立ってみてください」
「こうか?」
そういって円の中にナツキが立つと、ユズハもそこに入ってきた。
ただでさえ狭かった円に2人も入ったことで圧迫された。
「そ、そうしたら、そこに空間を上張りするイメージで『シール』を使うんです。し、『シール』の魔法陣は……」
「いや、それは多分大丈夫だ」
なんて言ったってスキルがあるからな。
ナツキは自分の地面に描かれた丸を見ながら、さっきユズハから教わったやり方の通りのイメージを頭の中で思い浮かべつつ……、
(【結界操作】)
心の中でそう唱えると、ぐにゃりと視界が曲がり……ナツキとユズハは虚空の中に立ち尽くしていた。
「おわっ!?」
自分たちが立っているのは、河川敷の一部……だということが、土と草から判断できる。
だが、地面以外のものが1つもない。
ただ、永遠の暗闇がどこまでも続いているだけだ。
「だ、大丈夫です。八瀬さん。作られている世界はこの足場のあるところだけですから、落ちたりはしないです」
「ま、真っ暗だぞ?」
「しょ、初期設定だとそうなってるんです。でも、はじめからこんなに上手にできるなら……後は、広げていくだけです」
「範囲を?」
「は、はい!」
ナツキは再び【結界操作】を使って小さく展開された『シール』を消すと、今度は目に入る光景全てを切り取ろうとして……何も起きなかった。
でも、これと同じ目に前にも会ったことがある。
MP不足だ。
おそらくだが、視界に写っているもの全てを取り込む『シール』は、まだMPが足りなくて作れないのだろう。
だったら、もっと小さく作ろう。
範囲は50m×50mくらいで……。
もう一度、『シール』を張ると今度は成功した。
しかも太陽を再現することも忘れてないので、しっかりと夕日が『河川敷』へと射し込んでいた。
「わっ! す、すごい! こんなに広い『シール』を2回目で……!」
「どう!? できた!!?」
「はい! 2回目で、ここまでの広さが展開できるなんて流石は八瀬さんです!」
「伸びしろの塊だからな」
なんて言っていると、本題のことを忘れそうだったのでナツキは頭を振って冷静さを取り戻した。
「ありがと、ユズハ。『シール』の使い方を教えてくれて」
「いっ、いえいえ! 私も八瀬さんのお役に立てて嬉しいです! でも、どうしてまた『シール』の練習を?」
「それなんだけどさ」
ナツキは魔法の話をかいつまんでユズハにした。威力が高くて練習する場所がないという話だ。ちょっと思い込みが激しいが、意外と頭の良いユズハはすぐに理解して、ぽんと手を打った。
「そ、それなら、せっかくですし、いま試しに魔法を使ってみてはいかがです?」
「そうだな。作ったばっかで消したりすると『シール』のMPがもったいないし」
ナツキは頭の中で魔法を検索。
どれか手軽に使えそうな魔法は……。
「あ、八瀬さん。あの自動車とかどうです?」
「ちょうど良いな」
ユズハが少し離れた場所にある自動車を指差す。
とは言っても、『シール』の中にある自動車なので、壊したとしても問題ない。現実世界の自動車は壊れないからだ。
「ユズハ、どれくらいの威力があるか分からないから俺の後ろにいて」
「は、はい! 後ろで見てます!」
ユズハがすばやくナツキの後ろに行ったのを確認してから、ナツキは【風属性魔法Lv1】に該当する魔法を使った。
「『風の刃』」
バツンンンンッッッ!!!
鼓膜が爆ぜたかと錯覚するほどの爆音が響いて、自動車に放った真空刃は大きく上部を削り取って、直撃した車の1/3を吹き飛ばした。
「……は、八瀬さん!?」
「と、とんでもねぇや……」
ちなみに、この魔法の消費MPも10だった。