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エイリアンハンドシンドローム  作者: たつたろう
疑念と異変
5/20

北条

 4月29日 午後3時50分 文学部棟



 ☆☆☆side北条久美子☆☆☆


 四限目が終わった。

 相も変わらず眠気を誘う講義だ。

 あの先生、自分で何言ってんのか分かってんのかしら……。


 あーあ、まだ五限目がある。

 ちょっと急がないと遅刻ね。別にいいけど。


「おい、ちょっと聞きたいことがある」


 誰?

 こんな呼び方する人で、しかも私に用がある人なんて、いないはずなんだけど。


「あぁ、あんた、浅原君だっけ? 今日は帰ったんじゃなかったの?」

「そんなことより、聞きたいことが有る」

「ああ、一限目のことね。でもそれなら、遅刻した私より、誰か他の人に聞いてよ。それじゃ」

「待ってくれ。お前じゃないと駄目なんだ」


 やだ。

 事情を知らない通行人が、好奇の目でこっちを見てるわ。


「そんな大声で人聞きの悪いこと言わないでよ」

「何の話だ? まあ、んなことぁどうでもいい。とにかく、俺の話を聞いてくれ! 俺の話を理解できるのは、お前しかいないんだ」


 おお~っ。


 ……いつの間に集まってくれてんのよ、この野次馬どもは……。


「何を勘違いしてるのか知らないけど、私は五限目にでないといけないから。付きまとわないでくれる?」


 ああ、墓穴掘ってるわ、私。


「付きまとう? 自意識過剰なんじゃねぇのか、このオカルト女」

「へっ? オカルト女? なにそれ? 思い込みが激しいわね……」

「それはこっちのセリフだ」


 不味い。

 これは完全に痴話喧嘩の構図だ。

 はやいとこ切り上げないと、恥ずかしいったらありゃしない。


「なんだかよくわかんないけど、とにかく私は講義にでるから、後でお互い、じっくりと話し合いましょう」


 それを合図に、野次馬どもがぞろぞろと引き上げ始めた。

 ……ふん、暇人どもめが。

 私もその波に乗って、早々に立ち去った。


「はぁ? 何を言ってるんだ、おい」



 ☆☆☆side浅原啓太☆☆☆


 なにがなんだか分からない。

 ただ、体よくかわされたことだけは分かった。

 くっそぉ、それにしてもこっちをストーカーまがいのように扱いやがって……。


 しかし、考えてみれば無理もないか。

 確かにこっちもちょっと焦っていたかも知れない。

 それに売り言葉に買い言葉でついつい言い過ぎてしまった。


「ああ、君々、痴話喧嘩をするのはいっこうに構わないが、ちゃんと講義には出なさいね」


 誰だ、このオヤジ。やけに姿勢がいいな。


「まさか覚えてすらいない、って言うんじゃないだろうね」


 そうか、さっきの講義はこの先生が担当してたんだ。

 いっつも後ろの方に座ってたし、顔なんかよくみてなかったからな。


「ああ、いえ、はい。次はちゃんとでます」

「そうか。面接を担当した私としても、君には期待しているんだ。しっかり頼むよ」


 ……そうだったっけ。

 って、あれ? なんかおかしいぞ。


「あの~、痴話喧嘩って何の話ですか?」


 面接オヤジは不思議そうな表情を浮かべた。


「今更なにをとぼけてるんだ。君の声が廊下中に響き渡っていたじゃないか」


 はっはっはっはっ、と笑いながら歩み去るオヤジ。


 ……そういえば、そんな風にとれんこともないな。


 待てよ。

 だからそれに気付いたオカルト女はあんな発言をしたのか。


 ……あの女、何がじっくり話し合う、だ。







 4月29日 午後7時10分 北条家



 ☆☆☆side北条久美子☆☆☆


 ぷるるるっぷるるるっぷるるるっ  ピッ



「あ、もしもし、香織? ちょっと聞いてくれる? 今日さあ、あのストーカー男がついに接触してきたのよ」

「ええっ? ……ああ、この前の、同じ学科の人のこと? でもあれって、単に同じ学科の人だなぁ、って思って見てただけなんじゃなかったっけ」

「私もそう思ってたんだけどね、今日、講義の後にいきなり話し掛けてきたのよ、『俺の話を聞いてくれ』とか言って。それに、実は今朝方、そいつ下宿生のくせして私ん家方面をうろついてたのよ」

「ちょっと久美子、あんたまたそうやって、ワザと話を面白く加工してるんじゃないの? 本当は他愛もない話をされただけ、とか」

「まあ、一部そうだけど」

「ほらね。大体、あんたん家ってやすいスーパーのすぐ近くじゃない。その人もどうせそこに行こうとしてただけなんじゃないの」

「うん、本人もそう言ってた」

「『そう言ってた』? 話し掛けてきたのは講義の後じゃなかったの?」

「うん、今朝は私から話し掛けた」

「……それで、用件は? ないんなら切るわよあんた」

「ちょっとまってよ。じつはその男について、あながち笑い話じゃ済まないかも知んないのよ。今朝は何とも思わなかったんだけど、問題は夕方の方でね、そいつ『俺を理解できるのはお前しかいない』なんて言ってきたのよ」

「……へぇ、ちょっと深刻そうね」

「本当は『俺の話を理解できるのは』って言ってたんだけどね」

「やっぱ切ろうかな」

「まぁ待ちなって。それでやっぱり今朝のは、私の家でも探してたと考えられなくもないわけよ」

「えらく消極的な心配の仕方ねぇ……。それで、夕方にどんな話をしてきたの?」

「さあ」

「へっ?」

「だってさあ、暇な野次馬が集まってきちゃって、恥ずかしくてかなわないから、適当に切り上げちゃったのよ」



 ピッ  ツーーーーーーーーッ



 ぷるるるっぷるるるっぷるるるっ  ピッ



「ちょっとひどいじゃない! いきなり切るなんて」

「まぁちょっとしたネタよ。それにしても……野次馬が……ぷふっ……ねぇ……くっ、アハハハハハハッ!」

「なによ、そんなにひとの苦悩が面白い? これでもけっこう心配してるんだから」

「ああゴメンゴメン。でもさあ、あんたちょっと自意識過剰気味よ。それにしても……くふっ」

「……おなじことをあのストーカー野郎にも言われたわよ。ストーカーに言われたらお終いよね。でも、それよりもっと腹が立つのは、私をオカルト女呼ばわりしたことよ」

「何、オカルト女? アハハッ、そりゃ傑作だわ。あんたがメガネ掛けて本読んでる時なんて、そのものじゃない」

「……それにはあえて反論しないけど、いくら私でも講義中に本読んだりはしないもん。つまり件のストーカー野郎がそんなこと知ってるはずが無いのよ」

「構内のどっかで読んでるのをたまたまみた、とか」

「それでも立派な妄想男よ、怪しいのに違いは無いわ」

「うーん……そうかも。この際、その話とやらを聞いてみるしかないんじゃない? 安全は確保しないといけないけど。そうねぇ、人の多い学食とか」

「学食に、二人っきりで? ちょっと勘弁してよ」

「くっ……くふ、アハハ」

「また笑う。自分で言っといて」

「今度のGWにはそっちに帰るから、そん時にでも一緒に行ってあげよっか?」

「それは勘弁して。どうせ一目見てみたいだけなんでしょ。自分で何とかするわよ」

「友達甲斐の無いやつ」

「じゃあこれで。GWはどっかで遊ぼう」

「そうね。それはまた今度。じゃ。……ところであんた、いいかげん携帯買ってもらったら?」

「いいわよ。鬱陶しいから、あれ」


 それから延々30分、結局GWどこにいくかまで決めて、電話を切った。

 香織はいつも通り、話題が尽きない。

 いや、今日はいつもより少し長めだった。


 話したことは、それほどたいした内容ではなかった。

 本当に取り留めの無い会話。


 でも、今は。


 そんな香織との会話、香織の気遣いが、有難かった。

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