疑念
何気なく毎日を過ごすごく普通の出海堂大生、浅原啓太。
ある日帰り道で事故現場に出くわした彼は、そこで得体の知れない体験をする。
恐怖のあまりその場から逃げ出す啓太。
4月28日 午後6時20分 街
☆☆☆side浅原啓太☆☆☆
ふと我に返ると、見知らぬ街並みの中に佇んでいた。
大学が地方都市の中核にあり、その周りは一見碁盤目状に区画されているようにみえるが、実際は微妙に曲がりくねっており、目立つ建物も無い所為かいったん迷うと手に負えない。
全速力で走りまわっていたせいか、滝のように汗が流れる。
このままつったっていても仕方が無いので、取り合えず自販機を探して歩き出した。
それはすぐに見つかった。
角を曲がるとコンビニがあり、その店の前にあった。
『お~いCお茶』がずらりと並んでいるので、そのうちのひとつを適当に選んでボタンを押す。
缶を取り出し、一気に飲み干す。
缶を捨て、あてもなくぶらぶら歩くと公園が見えたので、そこのベンチに腰を下ろして一息ついた。
大分落ち着きを取り戻したのがわかる。
ただ、いったんはひいた汗だったが、冷静になるにつれ、今度は冷や汗がにじみ始めた。
一体あれはなんだったのだろう。
死んだ人間が動き出すなんて……。
そもそもあれは、本当にあったことなのだろうか。
まてよ、あの時、他の奴はどうしてた?
俺と同じものを見て、同じように逃げ出したのだろうか。
思い出せない……。
だが、よく考えてみると、そんなはずはない。では、何故?
考えれば考えるほど、疑念はふくらむばかりだった。
だが、もう一度あそこに戻って確かめる気力は無い。
それに、俺にはもうひとつ、差し迫った問題があった。
ここはいったいどこなんだ?
4月29日 午前8時 下宿
☆☆☆side浅原啓太☆☆☆
朝がきた。
昨日、ようやく見知った通りに出て帰って来た時には、夜の十時くらいになっていた。
すぐにでもベッドに倒れかかりたい衝動を何とかこらえ、買い置きのカップ麺を作った。
それを無理矢理腹に収め、楽な格好に着替えようとしたところまでは覚えている。
……どうやら着替えの途中で眠り込んでしまったらしい。
今は上半身は裸、下半身はズボンというなんともいやな格好をしている。
やっぱ昨日は疲れてたようだな、いつもより起きるのが遅い。
でもまあ、この程度なら一限目に遅れることはないだろう。
朝飯はその辺で買うことにして、とっとと出掛けるか。
俺は取り合えずトイレに行き、用を足した後に顔を洗った。
髪を整えながら、何気なく鏡に映った上半身を眺めてみる。
と、背中に引っかき傷のようなものがたくさんあるのに気付いた。
おそらく夢中で走りまわっていた時にできたものだろう。
その数を不審に思いはしたが、あまり時間もないので急いで服を着て、荷物を準備し下宿を出た。
4月29日 午前8時32分 通学路
☆☆☆side笹島直人☆☆☆
俺もあの凡人野郎のことはいえないかも知れない。
けっこうギリギリに下宿を出たが、最短距離の交差点を通らずにわざわざ迂回して、南北ロードを通ろうとしているからだ。
さすがに昨日の今日であそこを通る気にはならない。
どうやら同じことを考えた人間がいるらしく、意外に大学生が多い。
こっちの道は住宅街へと続いているが、地元から出海堂大に通う者はそれほど多くはなく、普段は専ら小学生の専用路となっているにも関わらずだ。
と、やや前方に風采のあがらないヤツがいる。
もしやと思い追いついてみると、やはりそうだった。
「よお、腰抜け、昨日はちゃんと眠れたか?」
腰抜けはこっちのことを思い出せないらしい。
「昨日オマエがぶつかった相手だ、覚えてねぇか?」
腰抜けはやっと合点がいったらしい。
「ああ、あんたか。そういうあんたこそ、なんでこんなとこ通ってるんだ? 自宅生じゃないんだろ?」
ややダルそうに応える腰抜け。
どうやら本気で眠れなかったようだ。
「オマエと同じであそこを通りたくないんだよ。ま、無理もねぇ。腕がちぎれた、なんていうんじゃな。そうそう、俺は文学部の笹島ってんだ、ヨロシクな」
「……腕がちぎれた? どういうことだ?」
俺の自己紹介は無視し、不審そうにする腰抜け。
そういえば、コイツはそんなこと知る間もなかったはずだ。
「新聞にも載ってたぞ。まさか、読むのも怖いっていうんじゃないだろうな?」
みるみる青ざめていく腰抜け。そうとうまいっている。
「ワリィワリィ。そんじゃそろそろマズイから、先に行くわ。帰って休んだ方がいいかも知れねえぞ」
あ、アイツの名前聞いてねぇ。