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半身転生  作者: 片山瑛二朗
第1章 黎明編
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第8話 防衛戦

あれ?

俺なんかしちゃいました?

 新月の日まで残り3日、その日は朝から雨が降っていた。

 村の人々は当然として、アラタも分かっていた。

 そうだ、みんな口に出さないけどわかっているんだ、俺だってわかる、間違いなく盗賊達は今日攻めてくる。

 この薄暗さだ、もしかしたら完全な夜にならなくても攻めてくるのかもしれない。

 そう考えると負の感情がアラタの体を支配する。

 怖い、逃げたい、死にたくない、斬られたくない、痛い思いをしたくない。

 次々とマイナスな思考が流れ出てくる。

 まだこの世界に来てから1週間程度、逃げるか? どこに? もし逃げられたとしてその後はどうする? 行く当ては? でも…………


「大丈夫ですか?」


 リーゼさんが声をかけてきた、だいぶ顔に出ていたのだろうか。


「ああ、大丈夫。心配してくれてありがとう」


「いえいえ、それよりエイダンさんから聞いたのですが、【暗視】のスキルを手に入れました?」


「そうなんだよ。この前使ったらやっぱり夜でもちゃんと昼間みたいに見えるし。結構便利だね」


 スキルが発現した疑惑の真偽を確かめるべくその日の夜、外でスキルを起動したアラタは自分の眼がおかしくなったことを確信した。

 サーモグラフィーのように見えるわけではない、ただ昼間と変わらず世界が広がっているように映るのだ。

 変な感じだが慣れれば時間感覚がおかしくなるだけで他に害はない。


「アラタさん」


 声のトーンが変わる。

 さっきまでも十分まじめな話をしていたけれど、それよりももう一段真剣味が増した気がする。


「逃げてください」


「は? いや、一緒に戦えって……リーゼさんが、え?」


「正直……アラタさんではまだみんなの役には立てません。暗視があるなら静かに移動すれば敵に見つかることもないでしょう」


「いや、だけど、そんな急に」


「あとで必ず迎えに行きます。だから村の外で潜伏していてください」


「いや、俺は――」


※※※※※※※※※※※※※※※


 この村に時計はない。

 だがノエルの持っている懐中時計は午後8時を回ったところだった。


「なんでアラタを外に出したんだ? 私たちで守りながら戦えばよかったじゃないか」


 まだ来ない敵襲に備えて食事をとりながら待機しているノエルだがその表情はのほほんとしている。

 彼女にとってこの程度の修羅場大したことないのかそれとも神経が太いのか、日没後アラタが雨降る闇夜に紛れて村を出た後、防衛陣地の中ではこうして待機状態が続いている。


「敵の狙いはここですし、内側に狙いが向いているなら外側の方が安全だと思っただけですよ」


 確かに敵の目的がアラタではないとするのなら、と言うよりアラタ云々と盗賊の一件は完全に別件なので関係ないことが確定しているのだが、全滅を避ける意味でもアラタは村の中にいない方が都合がよかった。


「それに奥の手を使った時彼がノエルに殺されては元も子もないでしょう?」


「まあ、それはそうだけど。でもそんなことはしない!」


「そうならないために私がいるんですけどね。…………ノエル」


「ああ、来たようだな」


「ゴブリンが来たぞ! 配置につけぇ!」


 レイテ村防衛戦の開始である。


※※※※※※※※※※※※※※※


「始まったのか」


 レイテ村から少し離れた位置、それでも村の入り口を防衛する村人の顔がはっきり見える場所にアラタはいる。

 雨の中傘も持たずにびしょ濡れで隠れているのはお世辞にも気分は良くないがリーゼさんに隠れているように言われたのだ、ここで戦闘が終わるまで待機しているしかない。

 もう少し離れているかとアラタは移動を開始した。

 この雨だ、匂いも足跡も分からないと思うけど見つかったらせっかくリーゼさんが逃がしてくれたのにその意味がなくなってしまう。

 夜、しかも雨の中森の中を移動するのは骨が折れる、たとえ昼間と同じように視界が確保されていたとしても。

 地面はぬかるみ、生い茂る木々に付いた葉は雨を蓄えてアラタの体を撫でる。

 正直めっちゃ不快だ、気持ち悪い、早く風呂に入りたい。

 この村に来てから水浴びしかしていない、今夏みたいだからいいけど冬どうするんだよ? 寒いじゃすまないぞ?

 食事、風呂にうるさいのは日本人特有と言えるが元の世界の自動化されたシステムが恋しくなっていた時、それを見つけた。


「あれは……なにを?」


 森の中に人影、それも数人、怪しいどころの騒ぎではない、アラタは期せずして発見したのだ。

 人影はアラタの瞳を通してみるとしゃがみ込んで何かをしている。

 初めはサンマを焼いているのかと思った。

 もしくは焚火をしているのかとも思った。

 だがこの雨だ、ドラム缶があればできないこともないがここでそんなことをする意味をアラタは知らない。

 結局アラタは彼らが何をしていたのか最後まで分からなかった。

 だが昼間のように映るその光景、明らかに村人ではない、自分が初めて出会った汚らしい男たちと同類に見える出で立ち、間違いなく盗賊、それが何か怪しげなことに集中している最中だ。

 弓? 詳しくないが矢をつがえた弓は男が力を加えることでキリキリと音を立てながら緊張状態になる。

 そして刹那の硬直の後、放たれた矢は村の方へ一直線に飛び……村を攻撃しているゴブリンの頭に突き刺さった。

 一同に笑いが起こる。

 外すな、人を狙えと笑いながら囃し立てる外野たち、アラタのすべきことはこの瞬間決まった。

 そして今後アラタが歩む運命も、その第一歩は自らの足で踏みだしたのだ。

 逃げろと言われたけれど、俺は今ここでこいつらを相手にしなければならない。

 手が、足が、肩が震える。

 怖いのか、俺は。

 そりゃそうだ、人を斬ったことなんてあるわけがない。

 でも……やるしかない。

 俺が生き残るために、村の皆を守るために、手にして間もないこの鉄の塊を振るうしかない。

 俺だけが助かりたいならおとなしくしていればいい、ここから立ち去り他の場所で助けを乞えばいい。

 でも、それは違うだろ。

 今できることを精一杯、今までだってそうしてきた。

 アラタは静かに刀を抜く。

 するりと鞘から現れた刀身は鈍い光を放つ。

 ここ最近の稽古と素振りでだいぶ刀を振るということに慣れた。

 大丈夫、やれる。

 俺は息を吸い、そしてゆっくりとそれを吐いた。

 一度全身を脱力させ、再び力を籠める。


「……よし」


 一直線に敵に向かって突っ込む。

 盗賊との距離がぐんぐんと近づいていく。

 あと20mもない、刀を握る手が汗ばむ。

 大丈夫、やれる。

 アラタの正面には壁みたいに大きな背中が一つ、無警戒な男の胸を背中から貫いた。


「ぐっふっ!」


 まだ大人ではないとはいえ堂々たる体躯を持つアラタが体当たりしながら刃を突き立てたのだ、ひとたまりもない。

 男は口から血を吹き出しながら倒れ、アラタはすぐさま刀を引き抜き別の盗賊を肩口から引き裂いた。


「ぐぅう、誰だ!」


 倒しきれていない! 浅かったのか!


「誰かいやがる! 同士討ちに気をつけろ!」


 気付かれた、アラタは一度離脱する。

 初めて、初めて人を殺した。

 初めて人を斬った。

 稽古とは全然違う、手に嫌な感触が残る。

 ズブリと刀が沈み込む感触とその切っ先で筋繊維が断ち切られて死んでいく感触。

 いや、今は何も考えるな。

 動け! 倒せ! 走り続けろ!

 良心の呵責に苛まれる前に。

 全ての敵を倒しきれ。

 後悔は後でいい、今はただ…………斬る。


※※※※※※※※※※※※※※※


 アラタが戦闘を開始したころ、村の外縁部でもゴブリンとの攻防が繰り広げられていた。


「耐えろ! 絶対にゴブリンを村の中に入れるな!」


 カーターをリーダーとした村人とリーゼ、ノエルは事前に準備した柵や堀でゴブリンたちを迎撃していた。

 だが盗賊達の姿がまだ見えない、盗賊達の予定ではこの時すでに遠距離から村への攻撃を仕掛け襲撃を開始しているはずだったが逆に予想外の襲撃に対処しなければならず予定が狂っていた。

 ゴブリンたちもただいたずらに突撃を繰り返しては死体の山を築き上げている現状に困惑の色を隠せない。

 ノエルは敵の攻撃が激しい地点で迎撃、リーゼは少し下がり気味に戦闘に参加しながら村人たちを治癒魔術で治療していた。

 流石はレイテ村の住人、平地でゴブリン程度なら重傷を負うことはまずない。

 リーゼの仕事も緊迫した状況のものはほとんどなく今のところ死亡するような傷を負った者はいない。

 少々拍子抜け感は否めないが想定より楽に事が運んでいるのだ、リーゼは空いた思考リソースで戦況を分析する。

 普通のゴブリンと何ら変わらない見た目、ぼろぼろの装備、意思の疎通が図れるように見えたのですがあれは間違いだったのでしょうか?


「ゴブリンの内部に特別な力が宿っているのか、それとも……」


 リーゼがゴブリンと戦った感じ、今戦っているゴブリンたちに何か特別な素養があるようには映らなかった。

 そもそもゴブリンは魔物である、多少の知能はあっても人間とコミュニケーションを取るほどの知性はない、というのが常識である。

 人間の話す言葉を理解できるのであればゴブリンはとっくに亜人認定されている、曖昧かつ個体差がありそうな前提条件ではあるがこの範囲をゴブリンが出ないのであれば……


「意思の疎通と言うより……人間からの一方的な命令、ですか」


 あの時は確かに意思の疎通を行っているように見えたんですけどね。

 ですが洗脳や隷属の類であるならクラスやスキル、魔術でどうにでもな……るはず……ですが……

 リーゼとノエルはCランク冒険者、この程度のクエスト今まで何度も乗り越えてきた。

 しかしここまでの相手、もしかしたら奥の手を使わざるを得ないかもしれないこの状況、その敵がこんなぬるい攻撃しかしてこない?

 誘っているのかそれとも敵に不測の事態が発生しているのか判断に困るところである。

 リーゼの脳内に剣術をかじらせた、齧らせてしまった異世界人の顔が浮かぶ。

 もしかしたら剣術の訓練を受けさせたのは失敗だったのかもしれませんね。


「リーゼ! こちらはあらかた片付いた!」


 計ったかのようにドンピシャなタイミングでノエルがやってきた。


「ノエル、私と来てください。アラタさんを探します」


「分かった。カーター殿! ここは任せる!」


 二人は散発的になったゴブリンの群れを蹴散らしながら村の外に出る、夜、しかも土砂降りの中では全くと言っていいほど何も見えない。

 【暗視】ほどではないがクラスの加護で多少夜目の利くノエルが先導して進んでいく。

 リーゼも魔術用の杖兼メイスに魔術で光を灯し後を追う。

 村から100mと少し離れた場所でリーゼは一度光を消し杖に魔力を流し込む。


「……いました。この先、に?」


「どうした?」


「いえ、急ぎましょう!」


 二人は走り出す。

 もし盗賊とアラタがエンカウントしていたとしたら。

 盗賊達だって一応それを生業にしている者たちだ、正面切っての戦闘ではアラタには万に一つの勝ち目もない。

 しかしリーゼの感知した結果に確かにアラタはいた。

 しかも辺りには複数の人の反応、僅かな違和感、二人がそこに到着した時、その違和感の正体は……おびただしい数の盗賊達の死体と一人立っている男、そして…………


「これだけの被害の清算をしなければな」


 男は考えるそぶりを見せる。

 その目の前で両膝をついている男、アラタの命は風前の灯だ。

 この敵の選択次第で簡単に命を落とす、膝が震える、剣を握る手が震える。

 百戦錬磨の冒険者である二人は理解しているのだ、目の前に立つこの男と自分の間にある圧倒的な差を。

 理解はしている、怯えずにはいられないほどのプレッシャー、だがこれ以上それを表に出すわけにはいかない。

 男は剣を片手に二人の方を一瞥する。


「貴様ら……仲間か。ふむ、どうしたものか」


 二人からは暗闇ではっきりと男の顔までは見えていない。

 しかし男は呟くと再び考えるそぶりに戻った。

 時間にして僅か数秒、その数秒は今まで二人が体験したことのあるどんな数秒よりもはるかに長いものだった。

 永遠にも感じられる数秒の後、


「ここまでだな。女、そこの負け犬に伝えておけ。次に会ったら斬る、とな」


 二人は無言で頷く。

 声を出さなかったのではない、戦いを挑まなかったのではない、出来なかったのだ。

 そのようすを見て男は満足そうに口角を上げると去っていった。


「この村はもう襲わん。良かったな」


 最後にそう言い残し雨の中森に消えていった。

 男の背中、雰囲気が完全に消えた後、ノエル、リーゼは金縛りが解けたように動き出した。

 息が荒れているがそれどころではない。


「リーゼ! 早く!」


「分かっています! ノエルは村の人を! 応急処置の後家まで運びます!」


 アラタは項垂れたまま動かない。

 既に意識を失っているのだ、腹部には血が滲み雨の水分と合わさって赤い染みは地面にまで広がっている。

 全滅している盗賊、謎の男、そして異世界人アラタ・チバ。

 盗賊達はアラタに倒されたのか、そう考えると無理やりにでも訓練を受けさせた成果が出たのか、それとも異世界人特有の力があるのか、それともあの男がやったのか、色んな仮説が浮かんできたがどれも憶測に過ぎない。

 それよりも今は治療が先だとリーゼは考えることをやめた。


アラタ君、私(作者)は君を傷つけるつもりなんてなかったんだ。

全部あの男が悪いんだ。


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