第6話 スキル
書き直しを進めています。
第1章は確実にやり抜くかな?
俺は今、練習をしている。
そう、練習、言い換えるなら稽古だ。
決していじめられている訳じゃない。
「いってぇぇぇえええ! くそっ、俺にも当てさせろ!」
叫び声と共に怒気を孕んだ木剣はまたも空を斬る。
「アハハ、アラタは単純だから読みやすいな」
ゴツン。
天井の低い出入り口に頭をぶつけたような鈍い音を立て、新はまた木剣で打たれた。
「だからぁ! 痛いんだよ! 少しは加減しろよ!」
先ほどから彼はパカパカ殴られ続けているのだが、エイダンは生き残るための稽古だと言ってきかない。
ただひたすらにタコ殴りにされているのだが、エイダンとて別に意地悪や自分の趣味でそうしているわけではない。
そう信じたいのだが、経験者と未経験者の壁は驚くほど分厚く、そして高い。
先ほどから新は手加減を要求している。
が、エイダンはそれに応じるそぶりすら見せず、一片の迷いもなく木剣を新の頭に振り下ろし続ける。
また1つ、いいのが入った。
「ぐぁぁぁあああ! ヤバいっ! 今絶対ダメなところに当たった! おい、マジでいい加減にしろ!」
猛烈な抗議を繰り返しつつ、迫りくる攻撃を捌こうとする新。
「いや、痛みは恐怖だ。それに打ち勝つ精神力と後は……多分もうそろそろ…………」
エイダンの要領を得ない言葉に新の頭上に『?』マークが出現する。
「はあ? そろそろって、いいから加減してくれって——」
ゴツン。
「だから痛いって! ……あれ? あんまし痛くない」
まるで狐につままれたようだ。
すっかりたんこぶの群生地となってしまった頭を優しく慎重に撫でながら、この世界に来てから何度目かの不思議体験に目を白黒させつつ、新は痛みが引いた現実に感謝した。
木剣でガッツリ殴られたというのに、そこまで痛みを感じない。
殴られたという感触は確かにあり、手で触られている感触もある。
しかし、彼が叩かれた部位に感じた力はせいぜいスポンジではたかれたくらいの衝撃。
「ふう、やっとだな。おめでとうアラタ、スキルが発現したみたいだ」
すきる。
あースキルね。
はいはい知ってるよ。
あれだよね、スキルね、あれね、その、要するにあれだな。
「スキルって何?」
「スキル知らない?」
「知らなーい」
彼の中でスキルというのは、PCスキルとか会話スキルとか、何らかの技術のことを指している。
当然超能力の類でもなければ、殴られて痛くない不思議な体験のことでもない。
「知らないかー」
彼は異世界人で、エイダンからすれば彼がどこまで常識を知らないのか、それすら計り知れない未知の存在だ。
だからとりあえずいちいち説明せずに話を進め、疑問点があればその都度教えるこのスタイルに落ち着いたわけだが、それでは新に優しくない。
常に目隠しされた状態で前を歩かされている気分になる。
「スキル、スキル、スキルとは……そうだなぁ」
腕を組み、空を見上げるエイダン。
「まああれだ、なんかいい感じの能力」
「殴られても痛くないだけなんて、全然いい感じじゃない。頭殴られないスキルをくれ」
「そんなのあるわけないだろ」
冷たく言い放つエイダンに、新は釈然としない。
じゃあどっからどこまでがスキルなんだよ、と言いたくもなる。
「とりあえずアラタが習得したのは【痛覚軽減】だ」
「それ凄い?」
「いや、スキルは経験や訓練で得られるものだから。種類は数えきれないくらいあるけど【痛覚軽減】はまぁ……それなりの年齢の人ならほとんど持ってる」
「ふんふん、それで【痛覚軽減】があるとどうなる?」
知らないことは多いが、理解と順応が速くて助かる、とエイダンは腕組みを解除して木剣を握りなおした。
「発動中痛みが軽くなる。感覚が完全になくなるわけじゃないから、強い痛みとかはちゃんと痛いぞ。とにかく、これでもっと強く打ち込めるな!」
スキルの説明が終わったところで、彼は新に近づく。
『これでもっと強く打ち込める』その言葉の意味を察した新は一歩後退したが、エイダンが進むスピードの方が遥かに速い。
「は? まだやんの? もうスキル出たんだから……正気か?」
男は無言で近づく。
「おい! 優しくだぞ! 分かる? や・さ・し・く!」
ガツン。
痛みの強さは先ほどとあまり変わらない。
スキルの補助があったとしても、その分より強く打たれれば感じる痛みは据え置きされるから。
「いってーなぁ!」
反撃した新の木剣はまたも空を斬った。
※※※※※※※※※※※※※※※
今日も一日ボコボコにされた男は、エイダンと家に戻り夕食を取る。
そしてまた刀で素振りを始める。
一人よりもみんなでワイワイする方が好きな性格だが、悠長なことは言っていられないのだ。
彼がエイダンとの稽古で使用している木剣は、いわゆる剣の形をしていて、刃は真っ直ぐなものである。
剣と刀の形状は異なり、刀には特有の湾曲がある。
実戦で使う方の武器、つまり刀の方に少しでも慣れておかなければと、彼は刀を振る。
振りながら考える、あとどれくらい時間が残っているのか。
村人が彼に言うには、盗賊は新月の夜に来る。
なぜなら暗闇は彼らの十八番だから、と。
……本当にそうだろうか?
漠然とした不安が首をもたげる。
彼は戦いの素人で、人の言うことを素直に聞くしか道はない。
当日、レイテ村では火を焚いたうえで、用意した防衛陣地の中で迎え撃つことになっている。
そんな悠長に構えていてもいいのか、というのが新の不安の正体だ。
もしかしたら今この瞬間にも、そう考えている。
不安を振り払うように、刀を振る。
「考えても仕方ない。俺は俺の——」
「頑張っているな」
突然後ろから声をかけられて、意表を突かれたことで刀がすっぽ抜けそうになる。
変な軌道を描いたせいでアラタの肘が少しだけ痺れた。
「クレストさん」
「面白い武器だな。見せてくれないか?」
「あ、はい。どうぞ」
新は言われるままに刀を抜き身のまま渡して、しまったと思った。
危ないことをしたと、追加で鞘を渡そうとする彼のことを、ノエルは刀身を見つめながら左手で制止する。
「うーん、多分こうかな?」
一振り、二振り。
先ほどまでの彼の素ぶりとは、次元が違った。
体を動かす分野であれば、おおよそどんなものでも格の違いを実感するときがある。
それが自分優位なのかそうでないかは別として、それを実感するときは何か凄まじい超絶技巧が繰り出された時ではない。
むしろ何気ない一動作、おそらく初めて手にしたであろう形の武器を、数度振っただけ、そんな時だ。
たったそれだけの所作で、センスという物は滲み出る。
「こう、こうだな。これはいい武器だ。はい」
くるんと刀を半回転させ、器用に柄を向けて返却する。
その動きだけでもノエルが並外れた使い手であり、自分とは比較する対象にすらならない程の強者だと分かる。
「ありがとう……ございます」
「敬語は要らないぞ。あとみんなはノエルって呼ぶ。おやすみ!」
「あ……おやすみ」
ノエルは再び闇の中に消えて行った。
よく足元が見えるな、とアラタは自身の足元を見下ろしてみる。
自分ならすぐ躓いて転ぶこと間違いなしだ。
新はノエルから返された刀を握り、あの動きをイメージする。
余計な力は要らず、必要なのは円運動、肩甲骨、肘、残りは体幹の軸を意識して振る。
「俺、間に合うのかな」
イメージとはかけ離れたキレの無い一振りに、自分の無力さを感じることしかできなかった。
数日後、今のところ彼の心配は見事に外れている。
襲撃が発生する様子は皆無で、この時間の中で村の住民ともそれなりに打ち解けることが出来た。
彼らは一日中防衛の為に準備を進めているが、誰も逃げ出したりしない。
逃げると言ってもどこに行けばいいのか、そんな感じのことを口々に新に話す。
要するに、盗賊たちの庭であるこの森を抜けて安全なところまで脱出する方法を持ち合わせていなかったのだ。
それはそれとして、新が考えた理由は村人の戦闘能力である。
昨日彼は、自分より全然小さい子供が化け物みたいな大きさをしたイノシシを一人で仕留めて担いで帰ってきた現場を目撃し、絶句した。
今時ハリウッドのコメディ映画でもそんな演出はしないというのに、彼は自分の眼を疑うしかなかった。
見た目と強さが一致していないというか、筋肉モリモリマッチョマンがあの獣を仕留めたのなら、彼も納得のしようがある。
しかし、ここはそういう場所なんだと、新は自身を納得させる。
考え事をしているうちに短い休憩時間は終わりを告げ、稽古が再開された。
彼の振る木剣は相も変わらず空を斬り続けているが、その鋭さは日に日に増してきている。
筋力が急激に成長したとか、そう言ったスキルに目覚めたとかではない。
日を追うごとに鋭く正確に剣を振ることが出来るようになってきている。
彼は、体の使い方と言う物を思い出し始めていた。
エイダンにボコボコにされ、素振りを繰り返し、確実に新の中の運動神経は剣を振る為の接続を確立しつつある。
しかし、
「くっそ、なんで当たらないんだよぉ!」
「そりゃあ、実戦なら一回食らっておしまいなんだ。稽古でもそうするのは当然だろ?」
ゴッツン。
また新の頭に木剣が当たる。
「じゃあさぁ、俺は何回死んでるんだよ。殴られ過ぎてだいぶスキルが育ったよ」
強く打ち込まれ続ける頭部をさすりながら彼は嫌味を言ってみる。
しかしエイダンはそんなことどこ吹く風といった様子。
「それは良かった。俺は斬られたことないからわかんないけど、スキルがあったとしても多分痛いぞ?」
「んなこと言われなくても分かってるわ!」
木剣はまた空を斬った。
そろそろ初めの試練がアラタに襲い掛かりますね、楽しみです。




