第397話 転戦
「ねえ、髪の色戻したら?」
「あぁ、そう言えば」
金色の髪を持つレンは、先の戦いの最中にそうしたように、手櫛で髪形を整える。
燦燦と輝くブロンドは、徐々に色を変えていく。
そして、燃えるような赤い髪になると同時に、レン・ウォーカーは、ディラン・ウォーカーに戻った。
「これでよし」
満足げに笑いながら、緑のヘアピンを着けて髪形を整える。
サラサラのストレートは細く、しなやかで艶やかで美しい。
「何笑ってるの?」
モルトクが手綱を握る馬の後ろに座りながら、アリソンが訊く。
推しに会うことが出来たとはいえ、帰り道の最中のディランは上機嫌が過ぎた。
「うふふ、聞いちゃう?」
「あ、やっぱいい」
「しょうがないなあ!」
聞きたくないって言ってるのに、と溜息をつくアリソンと言えば、ここ数日体調不良が続いている。
原因ははっきりしているからそこまで心配いらないのだが、モルトク達騎士団の気遣いが少し鬱陶しい。
やれ寒くないか、お腹は空いていないか、気分は平気か、気にかけてくれるのは非常にありがたく、嬉しく、感謝の念しかなくても、もう少しそっとしておいてほしいのが本音だ。
そこにディランの一人語りまで追加されるとなると、彼女の体調は本格的に悪化しそうなまである。
「アリも盗み聞きしてたのなら分かるでしょ?」
「な、何のことかしら?」
「まあいいや。アラタはね、とにかく成長が早いんだ。トオカコーンのように、もうすくすくと育つ。そりゃ愛着も湧くよ」
「ふーん」
「初めて目にした時は、今にも死にそうなくらい弱かった。実際僕らが助けに入らなければ警備に捕まっていたわけだからね。でも、次に会った時はどういうわけか別人みたいになっていた。たかが数週間だよ? それから、僕は気になった。もっと置いておけば、次会う時にどれほど大きくなるんだろうってね」
「へー」
アリソンは心底興味無さそうにしていて、実際興味がない。
ただ、その前で馬を操るモルトクや周りの騎士たちは続きが気になっていた。
仲間の上級騎士であるオズウェルを殺した恨みはあっても、戦いに身を置く者として彼の強さは目を惹かれた。
そこそこ力を込めたディランに対してあそこまで付いていける人間なんて、帝国でもそれこそ数えるほどしかいない。
彼がどのような人生を歩んでそこに至ったのか、断片的な情報だけでも彼らが知りたがるという事を、ディランは分かって喋っていた。
「失望だなんて、戦いのときはあんなこと言ってしまったけど、本当は感動させられっぱなしだったさ。剣の一振り一振りに込められた殺気、常に最適なポジションを模索する足運び、経験に裏打ちされた確かな戦いの組み立て方、それらを戦闘中に正しく選択するための思考力、そしてそれらすべてを支える体力。正直震えたね」
「ディラン殿、戦闘中に人に見せられない顔をするのはどうかと思いますぞ」
「あはは、僕そんなにヤバかった?」
「完全にイッてましたね」
浅黒い褐色肌の上級騎士、ジェリー・アサルの言葉に、一同がドッと笑い始めた。
アリソンは相変わらずムスッとしていたが、それくらいディランの顔はまずいものだったみたいだ。
実際、対面していたアラタも少し引いていたし、イッたというのもあながち間違いではないのかもしれない。
ディランは少し赤面して咳払いすると、話を続ける。
「とにかく! また会う日を楽しみにしているってことだよ」
「えぇ、次こそはフィエルボアが仕留めてやりますよ」
「ゼン君、そんなことしたら5mmにスライスするからね?」
「……すみませんでした」
「アラタは誰にも譲らない。僕だけのものにしたい」
「お嬢、トスカが見えてきました」
「ようやくグランヴァインまで帰ってこれたね。早くシャワー浴びて寝たい」
彼らの戦争はこれにて幕を閉じる。
ディランがもう少し長居したいと言い出したら。
帝国内での権力争いに彼らが駆り出されることが無ければ。
初めから彼が本気だったら。
アラタやその仲間たちの命は、数多くの偶然の上に成り立っている。
人知れず今日も運よく生き延びた彼らが、未来をどのように描くのか。
まだ見ぬ明日を楽しみに、ディランは夢を見るために眠るのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※
「君の中隊長の任を解き、第1192小隊の小隊長として再任する。異論はないね?」
「はい、ありません」
「よし、1192は206中隊に編入されることが決まった。以降は中隊長の指示を仰ぐように」
「はい」
「話は以上だが、何か聞きたいことはあるかい?」
「ありません」
「そうか、では下がりたまえ」
「失礼しました」
アラタは司令部を後にすると、ぼーっとした顔で砦の中を歩いていく。
100人の部下を預かる中隊長というポジションは、決して楽なものではなかった。
これは1192小隊でもそうだが、仲が悪くて喧嘩をする奴らもいれば、何をしでかすか分からない爆弾みたいなやつもいる。
100人の中で一番頭が悪い奴をピックアップすれば、大抵常軌を逸した人間がこんにちはする。
そういう面では、中隊ではなく小隊の指揮だけに戻されたのは悪いことだけではなかった。
「アラタ」
「んー?」
小隊の区画はまだ先だが、偶然か必然か、アーキムが彼の前に現れた。
「結果は?」
司令部に呼び出された話は既に知られている。
「301中隊は解散、第1192小隊だけに逆戻りだったよ」
「アラタにはその方が向いているな」
「うるせい」
「他には?」
「俺たちは206中隊の下につく。まあ複雑かもしれないけど、ハルツさんのところだ」
「俺はもう前を向いている」
「……そっか」
アーキムがハルツ、というかクラーク家と仲良くできない原因ははっきりしている。
彼の家であるラトレイア家をアラタがぶっ壊し、それを指示したハルツ・クラーク、アラン・ドレイク。
最終的にその背後にいるのは、現大公シャノン・クレスト。
ラトレイア家もウル帝国と繋がりがあったとはいえ、アーキムの怨恨も理解できる。
アラタは彼の言葉を信じなかったが、前よりは前に進んでいると評価した。
喜ばしいことだ。
「これからの予定は?」
「ハルツさんの所に挨拶してくる。お前は戻ってみんなに状況説明をしてやってくれ」
「分かった」
頷いたアーキムはすぐにアラタの進行方向とは別の方に向かっていった。
小さな堀を作り、そこに近くの川から水を引く。
正面には木製の柵が張り巡らされていて、馬では流石に突破できない。
【身体強化】などを修めている敵への対処は考えず、その分コストを抑えていた。
砦の内部にも通路に沿って張り巡らされたバリケード、アラタは歩きながら自分が攻撃者になった気分で策を練る。
対策してあると考えたいが、もし無策なら土属性の魔術でひっくり返す、初手はこれで決まり。
木は乾いているからよく燃えそうで、火属性魔術の出番となる。
あとは単純に乗り越える手があるが、敵が柵の向こうで待ち構えているのにそれは少し厳しいかもしれない。
結局順路通りに攻め落とすのが一番安全で堅いのかなと考えているうちに、第206中隊の駐屯している兵営に到着した。
「1192のアラタです! ハルツさんいますか!」
「ハルツー」
遠くでルークの声が聞こえた。
きっと呼んでくれているのだろうと、アラタは兵営の入り口で待つ。
革製の装備から、金属の部分鎧にフルプレートメイル。
バラエティに富んでいる半面、統率感に欠けるこの場の兵士たち。
ハルツの部隊は第206中隊、今は独立して第3師団の指揮下で動いているが、元は第1師団所属第1旅団、第2連隊、第32特別大隊と階層分けされている。
特に第32特別大隊は通称冒険者大隊、全員がカナン公国の冒険者ギルドに所属している冒険者で構成された大隊だ。
つまり、その構成要素である206の隊員もまた、全員冒険者ということになる。
だから装備に統一感が無く、アラタも見知った顔がちらほらいた。
「おーおー、久しぶりだな、アラタ!」
「キーン、それにアーニャも。カイルはどこいった?」
「怪我して寝込んでいる。いま隊長のとこの治癒魔術師様に世話になってる最中だ」
この裏表無さそうな好青年はキーン、その隣にいる軽装備のショートカットはアーニャ、それから負傷中のカイルはアラタのギャンブル仲間で端的に言えばボンクラだ。
治癒魔術師様っていうのはタリアさんのことなんだろうなと脳内変換しつつ、アラタは既知の仲間との再会を喜んだ。
「見ねえなって思ったらそこにいたのかよ」
「まあね」
「この前の作戦の指揮官アラタだったでしょ? あんた何見てたの?」
「そうだっけ?」
「そうだったけど、さっき中隊長は解任された。これからは小隊長として206の一員になる」
「へへ、いいねそれ」
何の照れ隠しなのか、キーンは後頭部を掻きながら笑った。
これから彼らは同僚となるのだから、もう少し世間話に華を咲かせたいと思ったところでストップがかかった。
「アラタ! すまんがこっちに来てくれ!」
「はーい! じゃあまたな2人とも」
「おう、またな」
兵営の奥へ進んでいくアラタに対して、2人は逆方向に進んでいく。
「またなだってよ」
「良かったね」
「あぁ、俺もアラタもな」
アラタの過去は、様々な要因でそこそこ広く知られてしまっている。
本来闇に葬るはずだった出来事も、つまびらかになってしまったことによる影響は少なくない。
その火消しの為に大公がどれだけ労力を支払ったか、これは意外と知られていない。
ただ、アラタの生き方に理解を示してくれる人間が増えた事だけは良かったのかもしれない。
「転戦、ですか」
「そうだ。ガルシア中将の話ではこの戦場は停滞する。それよりも戦力差の大きいミラが危険だ」
「分かりましたが……同行する軍の規模は?」
「2千だ」
苦い顔で言い切ったハルツは、恐らくその後のアラタのリアクションまで想像していたのだろう。
予想通り、苦虫を噛み潰したような顔をするアラタ。
「まあそんな顔をするな」
「この戦争、一体どうなるんですかね」
後手後手に回りがちな司令部の対応に、アラタは現場側の人間として少し不満があるらしい。
それはハルツも一緒だが彼はもう少し大人で、では自分に何か具体的で実現可能な打開策を挙げることが出来るのか、そう問いかけることまで出来る。
結果、こうするしかないと彼の頭が言っている。
まだそこまで考えが至らない若人の肩を叩き、ハルツは言う。
「勝てば戦役は終わる。引き分けでも終わる。頑張ろうじゃないか」
「ハルツさんマジポジティブっすね」
「ははは、照れるだろう」
——皮肉のつもりだったんだけどな。
会話がかみ合わない2人でも、いざ戦いになれば問題ない。
最低限そこだけは信頼しつつ、彼らの戦場は次の舞台へと変遷していくのだった。




