第393話 君の心の弱い部分(レイクタウン攻囲戦18)
「アリ、悪いけど待機だ」
「はぁ!?」
「星霜結界で隠れていてくれ」
柔らかな声色とは裏腹に、そこには有無を言わさぬ強制力があった。
500以上の兵士に取り囲まれたこの状況で、自分1人で戦うと言い切るのも、仲間は何もせず待っていろと言うのも、共にイカれていた。
ただ、アリソンとフェンリル騎士団が組み合わされば、待機できないことも無い。
不可視の結界で身を隠してしまえば、公国軍に感知が出来る人材はいない。
では、彼自身のことはどうなのか。
蛮勇とも取れる発言に足る実力を備えているのか。
アラタは一切の油断なく刀を構え、部下も同様にディランのことを取り囲んでいた。
それでも尚余裕を見せているディランに対して、アリソンは長い溜息をついた。
「勝手にすれば? 困っても助けてあげないから」
「いいよ。それくらいでなければ生きている意味がない」
「みんな寄って」
アリソンは彼女の身長以上あるねじ曲がった木製の杖を地面に突いた。
「星霜結界」
そう唱えると、不意に世界が書き換えられる。
まるで初めから存在しなかったように、意識の隙間に零れ落ちていく。
術式が起動し終わった時には、アラタでさえ彼女たちの影を捉えることが出来なくなっていた。
残るのはたった1人、ディラン・ウォーカー。
未知数の強さだが、これだけの人数差で勝てないことは無い。
「第1、第2分隊は俺に合わせろ。残りはカバーだ。ハルツさん!」
「1パーティー、だな?」
「はい! 人数をかけても意味が無いです」
「よし来た」
屈伸をして準備万端のルーク、レイン。
ハルツは治癒魔術師のタリアに後方に下がるように命じ、残る4名で陣形を組む。
1192小隊の内、2個分隊も同様に4人一組で陣形を構築する。
「アラタ、君の魂の輝きを見せてくれ」
「行くぞ! ついてこい!」
アラタ、ハルツを先頭に、少人数でディランに向かって突撃した。
「放てぇ!」
ウォーレンが後方の指揮を執り、彼の合図で無数の矢が発射される。
アラタは牽制程度のつもりで頼んでいたのだが、この密度の射撃は普通に死ねる。
大型の盾をはるかに上回る角度、威力の矢に加えて、それらが大量に押し寄せている。
事前に剛弓を扱える射手を集めておいた、彼の手腕が光った。
「ヤバすぎるな」
「……ま、無理だよな」
大気を操り、風を自在に操作する魔術、結界術、風陣によって、こともなげに矢は防がれた。
多少煽られることはあっても、それでも元の軌道をある程度保持するという期待を込めた射撃は、全ての弾がディランの前でポトリと落ちる結果に終わる。
土壁、地土の防壁、雷陣など、他にも防御の手段は沢山あった。
それでも彼が風陣を使用したのは、偏に視界確保のためと考えられる。
防御の為なら視界が一時的に失われることくらい大したことではないが、彼はそんなロスすら嫌っていた。
だから、防御は視界を確保しやすい風属性にすると決めている。
「A! 1! 行くぞ!」
アラタが叫び、ハルツがほんの少しだけ後ろに下がった。
エースを先頭に据えるA型の内、最も攻撃的な陣形1式。
ほぼ縦列に並んだ分隊による連続攻撃で、早々に仕留める。
刃が触れる間合いに侵入し、刃が交わる間合いを侵した。
既にアラタは攻撃モーションに入っていて、それはディランも同じだ。
「いいね」
褒めた割には、ディランの表情は暗い。
戦いが始まる前はあんなにも目を輝かせていたというのに、今は少しくすんでいる。
アラタの放った袈裟斬りは、何の驚きもなく空を斬った。
公国兵から見てアラタの右側にステップをして攻撃を躱しつつ、これから動き始めようと、のんびりと剣を振りかぶった。
緩やかなモーションのはずなのに、動きが追いつかない、追いつけない。
剣先を地面で跳ねさせて、返す刀で斬りあげたアラタ。
この一撃が放たれた後は、後続の邪魔にならないようにその場を離脱しなければならない。
集団戦術の遂行に脳の処理能力をいくらか割いているアラタを見て、ディランの表情がさらに曇った。
「…………まだいいか」
ほんの少しだけ、イケメンの眉間にしわが刻まれた。
たったそれだけ、戦いの最中においてたったそれだけの変化。
変化と呼ぶにはあまりに些細な、皮膚、ひいては表情筋の微細な変化。
それだけで、アラタの後ろに続くキィたちの手汗が湧き出てきた。
「気を付けて!」
珍しくキィが声を張り上げた。
アラタの二撃目は虚しく空を斬り、そのまま左に飛びのいている。
左手を空けたアラタは雷撃の起動シークエンスに移行していて、近接戦闘の連携状態に入った。
だが、いくら集団戦を想定していても、結局のところ刃を交えるのは1人と1人だ。
甲高い音に、しわがれたノイズが混じっている。
金属疲労が限界に達し、衝突の力で裂けたときの音だった。
弧を描いた刀身が真ん中よりも手に近い位置でポッキリと折れ、鮮血が散る。
「いい反応だね」
そう笑みを浮かべながら、止めとばかりに宝剣を振りかぶる。
アラタの雷撃は間に合わない、キィに命の危険が訪れた。
凝縮された体感時間の中で、第2分隊のアーキムとバートンはアイコンタクトを交わした。
長年の付き合いである彼らは、スキルなんて無くてもお互いの意思疎通に事欠かない。
仲間を守る、その為に今何をすべきか、彼らは疾うの昔に学んでいた。
「ぐぉ……」
「エルモ!」
「分かってんよ!」
キィは左肩をバッサリと斬られてショーテルも片方折れた。
そこに割り込んだバートンも似たような有様で、上腕に深い切り傷を負っている。
アーキムはバートンと2人がかりで辛うじてディランの攻撃を止めることに成功、現在槍の柄で宝剣と押し合っている。
そしてエルモは、目の前に通っている射線に沿って吹き矢に息を押し込んだ。
「フゥッ」
狙いは上々、速度も申し分なし、毒物の調合も、仲間に誤射した時の血清もしっかり用意してある。
彼は彼のできることをすべてやった。
この連携攻撃を当てるために、何度も練習した。
サボり魔と思われがちなエルモだが、第1192小隊の人間で己を磨くことを怠る人間は誰もいない。
そして、積み上げてきた研鑽はしっかりと成果を上げる。
一寸程度の短い毒針は、金色の防具に阻まれることなく確かにディランの手の甲に突き刺さった。
即効性の毒矢、材料は複数の魔物や植物、その根幹をなすのは猛毒の血を持つコカトリス亜種の腎臓。
数十秒もすれば、神経毒が作用してまともに動けなくなり、やがて死に至る。
そこまでの時間稼ぎをすれば彼らの勝利だ。
……と、そんなに上手く事が運ぶのなら、ディラン・ウォーカーは最強足りえない。
雷撃を躱したディランは、今度は自分からアラタへ向かって距離を詰めた。
土棘で牽制しつつ、雷属性の魔力をたっぷりと流した刀を振る。
魔力操作の上達に伴って、魔力の残滓が軌跡を描くことも無くなった。
閃光を伴った斬撃はまたも躱され、ディランのカウンターが飛んでくる。
今のところ魔術攻撃はなさそうだと状況整理をしながら、アラタは攻撃を回避した。
互いの攻撃が外れ、両者の距離が短すぎるというシチュエーション。
そこから先に斬り返したのはディラン、だが流石にモーションが小さすぎる。
十分な加速を終える前にアラタに到達しそうな斬撃は、受けに回った彼の刀に行く手を阻まれた。
パワー勝負ではややアラタが有利か、そんな状況で、1192小隊の面々は遠巻きに武器を構えることしか出来ない。
「来ないのかい?」
「お前、俺のこと盾にするだろーが」
「まあ、そうだね。そんなことより、僕は少し悲しいよ」
「あ?」
「アラタ、弱くなったね」
「あぁ!?」
この状態で、アリソンはその気になればアラタの部下やハルツたちを一掃することが出来た。
そうせず、星霜結界の中で観覧を続けていたのは、偏にディランの言葉を守る為。
仲間意識とか、命令に忠実であるべきとか、そのような前向きな考えではない。
命令を守らなければ、あの頭のイカれた男が何をしでかすのか分かったものでは無いから。
だから、彼女はみすみす勝機を見逃すような行動を続けている。
そんな状況下で、ディランは淡々と続けた。
「君は、孤独を貫くべきだった。何かが、誰かが君の心の弱い部分を育ててしまった。悲しいよ、アラタ」
「長くてよく聞いてなかったわ」
瞬間、ディランの力が跳ね上がった。
その圧力は周囲にも伝播して、アリソンは危うく結界を解除しかけたほどだ。
1192小隊の兵士に至っては、一部気圧されて動けなくなっている。
息が詰まるほどに濃密な殺気。
まとわりつくように粘着し、全てを闇の中に引きずり込むような冷たさを持つ。
ディランの発するそれを一番近くで浴びたアラタは、体の力が少し抜けた。
そして、その一瞬は致命的だった。
「君は、念入りに砕こうと思う」
「…………は?」
破砕の宣告を受けた直後、アラタはまず目を疑った。
次いで平衡感覚、それから聴覚。
目に映る世界は普段彼が目にしているどんな景色よりも高く、先ほどまで近くにいたはずの仲間の声は遥か下方から聞こえていた。
グルグルと回転する我が身をコントロールしようと腹に力を入れてみても、この運動はどうにもならない。
あぁ、自分は吹き飛ばされたのだと理解した時には、アラタは数十メートル吹き飛ばされた後だった。
瓦礫の山の中に落ち、【身体強化】のおかげで辛うじて人の形を保っている。
【痛覚軽減】も合わされば、戦闘継続はそこまで難しくない。
「くっ……あっ、ぐっ」
落下の衝撃で一時的に体が壊れたのか、思うように動いてくれない。
そんな彼の元に、ディランは悠然と歩みを進める。
「アラタ、君の仲間は殺していない。これは僕なりの温情だ。でも、もしこれ以上君が僕を失望させるのなら、1人1人順番に、アラタが本気を出せるまで殺していかなくちゃいけない」
「はっ、やっぱお前ズレてるぜ」
「……何が?」
「孤独がどうとか、弱くなったとか、殺す殺さないとか。戦場は敵を殺す場所だろーが。誰がどんな人生を生きてこようが、ただ殺す、そういう場所であーだこーだ理屈をこねくり回してるのがズレてるっていってんだよ」
「でも、現状分が悪いのはアラタだ」
「分が悪かろうが、相手が強かろうが、最後に立っていた奴が勝ちなんだよ。だったら、お前はさっさと勝負を決めるべきだった」
「奥の手かい?」
「あぁ、もっとも、ギャンブルだけどな」
【不溢の器】、力を寄越せ。
いつかではなく、今、こいつに勝てるだけの力を。
願っただけで力が貰えるなんて、随分都合の良いスキルだ。
まあ厳密には違うが、【不溢の器】はそういう側面も持ち合わせている。
ホルダーの願いに、心に穴が空くほどの強い願いに呼応して、器を少し拡張する。
だから、アラタというスキル所持者の要望に応えて、スキルは器を成形する。
素材を少し足して、器を大きくして、少し歪になってしまったが、要求に応える。
アラタは少し、千葉新から遠ざかった。
【狂化】起動。




