第386話 戦場における常識とは(レイクタウン攻囲戦11)
「アラタ、始まったみたいです」
「おー」
「見に行かないんですか?」
「意味ないからな」
「そうですか」
アラタは借りている民家の一室でストレッチに勤しんでいた。
装備一式を脱ぎ、薄着で筋肉をほぐしている。
金属ワイヤーを編み込んだような高密度の筋肉と、至る所に残る戦いの傷痕が目を引く。
切り傷、打撲痕、火傷痕、抉傷痕、バラエティに富んでいた。
余程偶発的な戦闘でもない限り、彼はストレッチを欠かさない。
部下や仲間にも奨励しているのだが、こちらの普及率の方はいまひとつ。
「アラタ、1つ聞いてもいいですか」
「あー?」
「今回、なぜクリスを連れてこなかったんです?」
「邪魔だったからな」
「真面目に」
「真面目なんだけどなあ」
そう彼はぼやきつつ、それらしい説明を考える。
それらしい説明というのは、リャンが求めている解答のことだ。
部隊の中では常識人寄りで、優柔不断、倫理観を重視するあまり少し判断が遅いこの仲間に対して、彼が納得するだけの理由を用意しなければならない。
アラタは仰向けに転がって、右足を胸の前で抱えるように筋を伸ばし始めた。
「戦場で誰かに配慮している暇なんて無いことくらい、もうお前だって分かってるだろ」
「そうですね」
「それが全てだよ」
「でも、彼女は戦いたいと思っていたんじゃないですか」
「知らね」
話をそこそこで切り上げようとするアラタの態度は、リャンから見ると酷く無関心で適当に見えた。
共に戦いの日々を駆け抜けた信頼できる仲間に対して下す評価ではないだろうと、そう思えてならない。
「クリスはなんて言っていたんですか?」
「別に。残れって言って分かったって返事してたよ」
「そういう意味では無くて……」
「じゃあどういう意味だよ」
「左目の視力を取り戻したことは聞きました。彼女だって、戦う能力と覚悟があったからこそ私と同じ場所に立っていたんじゃないですか。それを、子守りなんて……」
「子守りねぇ……」
アラタは左足を器用に折りたたみ、仰向けのまま前太ももを伸ばし始めている。
「子守り、言いえて妙だな」
「人材の無駄遣いです」
「公女の護衛が無駄遣いなら大抵の目的は無駄になるけど」
「それでもですよ。八咫烏は本来、分隊ごとできちんと集めるべきでした」
「それはそうかもな」
「アラタ、なぜクリスを外したのですか」
2度目の質問。
アラタは先ほどその問いに答えている。
リャンが鶏並みの脳みそしか装備していなくて、さっきのやり取りをもう忘れたわけではないことは分かっている。
彼なりに、先ほどの答えには納得しかねるから、もう一度答えを迫っているのだ。
本当に考えていることを教えてくださいと、そう言っている。
——これ言ったら絶対怒るよなぁ。
そう考えつつも、アラタは他に答えを持っていない。
いくら答えを濁そうとも、根底にあるものが見えなくなることはない。
アラタはまた体勢を変えて違い箇所を伸ばし始めた。
「クリスとアーキムさ、どっちが強い?」
「クリスでしょう」
「戦ったら何勝何敗くらいかな?」
「……6:4、それか7:3くらいですね」
アーキムが聞いたら憤慨しそうな評価であるが、まあ納得できないこともない。
「じゃあさ、クリスの着替えはどこでする?」
「その辺の部屋か木陰で」
「トイレは? 風呂は? PMSは? 誰がフォローして、どれだけの労力がかかって、どれだけの兵士が配慮しなければならない?」
「それは……全員がそういう意識を持つことで過ごしやすい社会に——」
「戦場に社会性を求めるなよ。リャン、お前がうちの部隊の中でズレているのはそういうところだと思う」
「……そうですね」
「追い打ちをかけるようで悪いけどさ、それだけの気を遣ってまであいつを呼ぶ理由はないだろ。俺は別に仲間外れにするつもりで呼ばなかったわけじゃない。男だらけの戦場で、あいつが捕まったらどうなる? そうでなくても周りの人間が気を遣わなきゃならないなら、初めから呼ばない方がマシだ。理解できたか?」
「……すみませんでした」
「第1分隊で戦いたかったのは理解できる。しばらく会ってないしな。でも、ここには八咫烏、第1192小隊以外の人間も大勢いる。そう考えたら動き方も変わってくるだろ?」
「はい」
「さ、出てくるならそろそろだろ。いつでも出撃できるように待機するぞ」
ストレッチを終了し、装備を装着し始めるアラタを見て、リャンは自分が恥ずかしくなった。
自分はあの頃から全く変わっていない。
視野も、戦闘力も、何もかもが、あの瞬間で止まってしまっていた。
アラタはダンジョンを制覇して更なる高みに手をかけたというのに、足踏みをしている自身が情けない。
男は劣等感と自己否定感を包み隠すように、少し笑いながら茶化した。
「クリスのこと、大切に思っているんですね」
「あぁ、最後の身内だったエリーを殺したのは俺だからな」
そう真顔で言いながら黒鎧の状態を確認するアラタを見て、リャンは何を思ったのか。
2人はそれ以上言葉を交わすことなく、他の隊員と共にリビングで待機状態に移行した。
そこから出撃命令が出るまでの時間、毒にも薬にもならない無為な時間が経過していった。
※※※※※※※※※※※※※※※
「隊長、出撃命令です」
「よし、他の中隊長には連絡してあるな?」
「もう伝わっているはずです」
「よし、出るぞ!」
午前10時15分、第301中隊出撃。
それと並行する形で4個中隊が行動を開始。
率いるのはアラタ、ハルツ、オースティン、ベロン、ノーリスの5名。
総勢500名の部隊が敵特記戦力の対処へ向かった。
「かなり押し込まれているな」
本体よりも数百メートル先行している小隊の長であるアーキムは、芳しくない戦況を嘆いた。
城壁の外側に出てすぐに、戦闘待機している兵士たちの集団と出くわしたからだ。
予備隊がこの位置にいるという事は、そう遠くない場所に前線が構築されているはず。
そう考えると、味方は少々下がりすぎと言わざるを得ない。
もっと頑張れよ、そう言いたくなるのをこらえてアーキム小隊は進んでいく。
彼の小隊の索敵担当は彼本人とエルモだ。
「エルモ」
「あぁ、ビンビン感じるぜ」
「止まるか」
「俺もそう思う」
「小隊止まれ! 全方位警戒!」
両軍が戦闘を行っている箇所から公国軍側へ200m。
もう少し近づくべきかと思わなくもないこの位置、それでも強烈な覇気を感じずにはいられない。
「アーキムさん、散開しますか」
額に脂汗を滲ませているダリルも、敵の圧力をこれでもかと浴びている。
「いや、それでは外から狩られるだけだ。それに、恐らく敵は俺たちのことを認知しているわけではない」
「つまり? どういうことですか?」
「ただ戦うだけで殺気をばら撒く化け物だという事だ」
アーキムはそう言いながらも、道の先で交戦している公国兵の背中から目を離せずにいた。
この先に常軌を逸した敵がいて、想像される彼らの強さは自分たちのそれの遥か上を行く。
ここまで恐怖を覚えているというのに、任務は彼らを抑えること。
そんな中で、作戦説明中にアラタから言われた言葉が頭をよぎる。
『自分より強い相手を抑えている時点で儲けもん』
そんなこと言われても、そうですかと敵に向かっていくことのできる人間が一体どれだけいることか。
小隊は目的地よりも遥か手前で立ち往生していた。
そこにアラタたち総勢500名近くの本隊が到着する。
「もういるの?」
「いるが……あれはヤバい。お前も分かるだろ」
「確かに、いるな」
アラタも【感知】を起動しているから、人並み以上に戦場の様子を把握することが出来る。
千里眼とまではいかなくても、200m先にいる敵のことくらいはまあまあわかるつもりだった。
「中隊長を呼んでくれ」
そして、突撃前最後のミーティングが行われる。
まず初めに、4名の中隊長へ向けて話し始めたのはアラタだった。
「対処しなければならない敵は恐らく複数人。なのでこちらも分断を狙いましょう」
「そうは言ってもな、そう簡単に運ぶものか?」
アラタの提案に疑問を投げかけるのはハルツ、しかし彼もさしたる解決案を持っているわけではなかった。
「オースティン中隊長はどうですか?」
「分断は理想的だが現実的ではない。やはり敵に張り付く精鋭と、外から他の兵士を使って場をコントロールする役に分けるべきだ」
「他の方はどうですか?」
アラタの問いに、ベロンとノーリスは反応なし。
そのまま進めていく。
「ではオースティンさんの方向性でやりましょう。張り付く精鋭は俺の直下から第1192小隊とハルツさんお願いします」
「206中隊からも1個小隊出す。予備が欲しいからどなたか頼まれてくれるとありがたいのだが……」
「私がやりましょう。お2人に比べると随分見劣りするかもしれないが……」
謙遜しながら手を挙げたのは、034中隊長ノーリス・ラトレイア。
息子のアーキムと面影が非常に似通っている。
「ではそういうことで。敵の締め出しと包囲を両方やるのは大変ですが、くれぐれも間違いのないようにお願いします。では行きましょう」
あと少しで10時半になるかという時間帯、これから暑くなる時に彼らは最前線に突撃を敢行することになる。
「というわけで、キィ、リャンは俺と一緒に行動してもらう。他のやつらはアーキムの指示に従え」
「隊長、自分は」
「カロンはアーキムの下につけ。まあどっちにしろ似たような場所で戦うことになりそうだけどな」
「了解しました」
「よし、じゃあ2人とも行こうか」
アラタは2人の肩に触れつつ、【気配遮断】と黒鎧を起動する。
先行して敵の正体を見破る為である。
——行くぞ。
ヒタヒタと足音を殺しながら、3人は真っ直ぐ道を進んでいく。
徐々に戦いの歓声が大きくなり、敵のプレッシャーも増えている気がする。
その中で、アラタはある違和感を覚えていた。
根拠も自信もないが、相手は剣聖でもディランでもない気がしてならない。
味方の動きからして、敵は複数名いるはずだし、兵士の増減も比較的緩やかだ。
剣聖オーウェン・ブラックが暴れたらもっと凄いことになるという推測が、目の前の状況と解離している点において、アラタの違和感は拭い去れない。
——こっち。
アラタの服の裾を掴んだキィは、メインストリートから1本外れた道に出ようとする。
そして裏路地から窓枠やレンガの隙間に足をかけてよじ登り、ものの数分で屋上に到達した。
気づかれないように屋根から建材が落ちないように気を付けつつ、3人は戦場を見下ろせる位置にポジションを取った。
その上で、戦いの渦中にいる敵兵に目をやった。
アラタはキィの方を向いて、眼で訴える。
知っている奴か? と。
「……うん、やっぱりお姉ちゃんの周りにいた人だ」
——これ、詰んだかもな。
そう考えるアラタの脳裏に浮かぶのは、コミュニケーションに難ありとの報告を受けている魔術師の女と、どう考えても精神異常者の変態イケメン野郎の顔だった。
加えて魔術師の周りを固めていて、今はこうして自由に公国兵を斬っている護衛の連中。
半年ぶりの再会に、双方何を思うのか。
それは語らねば分からぬが、やるべきことは他にある。
言葉を交わす暇があるのなら、敵を血の池に沈めてやれ。
精鋭同士がぶつかる攻囲戦の一幕は、どこに行き着くのか。




