第383話 見た目は老人、頭脳は子供(レイクタウン攻囲戦8)
アラン・ドレイク。
コラリス・キングストン。
アラタのよく知る老人というのは、大抵一癖も二癖もあるような変わり者だった。
もちろん、彼らは老人界の中でもトップオブトップ、最高峰に位置している人間であることは言うまでもない。
ただ、多くの人間が何事もなく長生きできる日本とは違い、生き残ることひとつとっても異世界は過酷に作られていた。
だから、必然的に生き残りは濃密になる。
例えば、いまアラタが対峙しているような老兵のように。
「まったく、この世界のジジイは本当に厄介だな」
互いに両手を掴み合って膠着した状態で、アラタは愚痴った。
対する敵はニヤリと笑い、翁の能面のような笑顔を作り出している。
「若いの、名前は?」
「……教えねー」
「アラタさん! 離れて!」
屋根の上からカロンが叫ぶ。
弓を構えているが、アラタが近すぎてうかつに射てないのだ。
せっかく名前を隠したのに、と少し羞恥の感情が滲み出るアラタ。
「……アラタだ」
「アラタ……新しいという意味か」
「だったら?」
「良い名前だ。私はオリバ・スチュアート、帝国軍上等兵だ」
上等兵という響きに、アラタは警戒心を一つ引き上げた。
帝国軍だけではなく、公国軍にも上等兵は存在している。
体力、人格に優れていて、兵長の下に位置する階級。
それだけならアラタも何となく知っている。
ただ、この見た目で、この年齢で上等兵は無いだろうと、そう判断した。
公国軍の司令部連中がそうであるように、昇進するにはそれなりに時間がかかるし、出来ない者は辞めていく。
軍が階級的ピラミッド構造で構成されている以上、古参兵だろうとそれなりの階級にいるはずなのだ。
それが上等兵止まり、どう考えても何か普通ではない理由がある。
アラタはこのおしゃべりの間に流し込んだ魔力で土棘を起動しようと試みて、直前で不可能であることを悟った。
彼と相対しているこの老兵、地面に少なくない魔力を流し込んでアラタの攻撃を邪魔している。
アラタの膨大な魔力に裏打ちされた、阻害されにくい魔術をだ。
依然2人は掴み合ったまま、帝国兵は一定の距離を保ち包囲の構え、カロンも照準を合わせてそれ以上動けずにいる。
「じいさん、離れないとあぶねーよ?」
「地中からの攻撃は無理だ。残念だったな」
「これがそうでもないんだな」
フッ、とアラタが目線を下に下げた。
ブラフだと分かっていつつも、【感知】のスキルを下に集中させたうえで目視による確認をするオリバ上等兵。
結果、そこには何もなく、何も起こらない。
なんだ、やっぱりハッタリか、オリバが再びアラタを正面から見据えようとしたその時だった。
「カロン射て!」
「なにっ!?」
青白く発行したアラタの身体。
正確には彼の纏う防具、黒鎧。
そこから初歩魔術、雷撃が奔り、オリバを撃ったのだ。
思わず手を離しよろめく老兵、そこにカロンが放った一射が迫る。
「ぐぅ、なんの!」
正確に頭部を穿とうと高速移動する矢を、オリバは手で止めてみせた。
それも鏃のほんの少し下を握ることで、無傷のまま。
アラタはちらりとカロンの方を見た後、思い切り大地を踏みしめて加速した。
もしかしたら、そのままオリバを斬り捨てることも出来たかもしれない。
ただ、先ほどのやり取りからして、また防がれる可能性は決して低くない。
ならば、とアラタは右手で刺突を繰り出した。
「ぐふっ……や゛れ゛!」
周囲を取り囲んでいた帝国兵に向けて突きを放つと、敵兵の体ごと突進していく。
敵は敵で中々覚悟が決まっていて、喉元を貫かれたというのに両手で刃を握り、血を滴らせながらもアラタの行動を制限している。
まずい、そう一瞬で状況を理解したオリバはすかさずフォローに入る為に体勢を180°反転させたが——
「……っ! 邪魔をするな小童ぁ!」
「アラタさんに任されたので」
屋根の上からの二射目は躱された。
完璧に背後を取っていた状況でも当たらないとなると、【感知】系のスキルを所持している可能性が極めて高い。
不意打ちでは殺しきれないし、時間稼ぎにもならないと、カロンは弓を置いて地上に降りてきた。
彼の武器は何の変哲もない槍、剣、加えて投げナイフ。
アラタとは違う方向性だが、彼もまたオールラウンダー。
【身体強化】付きで飛び降りると、すぐさまカロンは攻撃に移った。
「くそ……お前ら退がれ!」
オリバの指示に返事はなく、あるのはただ阿鼻叫喚の地獄絵図のみ。
当然だ、立場が逆でも同じようなことになっただろう。
一般兵とアラタとでは、訓練の長さでは兵士に軍配が上がったとしても、素質と殺しの経験がまるで違う。
異世界転生してから、冒険者、特殊配達課、黒装束、八咫烏、灼眼虎狼、そして第1192小隊。
くぐって来た実戦の数も、修羅場の数も、築き上げてきた屍の数も、全てが規格外。
たかが十数人、あっという間に全滅してしまうのも仕方のない話だった。
「カロン、よくやった」
「どうも」
褒められることに慣れてないカロンは非常に短い言葉しか返さなかったが、内心かなり嬉しい。
嬉しいついでにオリバに放った投げナイフは彼の手に握られた短剣で叩き落とされたが。
「ま、まっ——」
即死していなかった最後の兵士の胸を貫くと、倒れた身体に足をかけて刀を引き抜いた。
既にリャンやキィらは姿を消していて、残されているのは帝国兵の遺体のみ。
まあ、301中隊を相手にするには凡夫の寄せ集めすぎたのだろう。
そして、上等兵を仕留めれば終了だ。
「オリバ上等兵、降伏しろ」
おぉっ? とカロンは首を傾げた。
アラタなら相手を倒すことだって出来るだろうにと。
その一方で、まあ妥当なところかもしれないとも考えることが出来る。
老人の身でここまで動けるとなると、万が一を考慮すれば戦わずに拘束したいに決まっている。
カロンはアラタの左側を固めながら、槍を置いて剣を抜いた。
槍や弓ではアラタとの連携が取りずらくなるから。
「カロン、合わせろ」
「はい」
「来い」
アラタが突っ込んだ。
今度は間違えないと、先ほどより少し遠い位置で距離を保つ。
ここではまだ刀の間合いではない。
ただ、相手にメッセージは伝わったらしい。
「種明かしが欲しいか?」
「潜伏・隠密系のスキル、あとは足運びの技術か【縮地】のスキルだろ」
「ご名答」
オリバは仕掛けを見破られた割には少し嬉しそうにしている。
その様子が2人には引っかかった。
さきほどアラタが敵兵を壊滅させたときも、味方が死んだにもかかわらずオリバは嬉しそうに目を細めていた。
尋常ならざる感情が彼の中にある、そうカロンは分析していた。
カロンも順調に距離を詰め、右手に投げナイフを持った。
魔術の素養がそこまで無い彼の生きる道だ。
先に敵が仕掛けた。
アラタの見立て通り、【潜伏】で気配を薄めることで姿が揺らぎ、それに合わせた【縮地】で体を寄せている。
その方向はカロンに向けていた。
アラタよりもさらに距離を取っていたカロンは、対応しきれるはず。
ただ、投げナイフの間合いからは外れてしまう。
カロンは投げやりに投げナイフを投擲し、剣を両手で構えた。
右からはアラタも迫っていて、接近戦になることは間違いない。
「おぉっ!」
気力を込めたカロンの一撃は、軽やかに舞うオリバに躱された。
あまりにも自然な動きで、一切の無駄なく攻守が入れ替わる。
今度はオリバの短剣がカロンに迫った。
コンパクト、そして速く鋭い。
たった一合のやり取りでカロンの命に刃がかかる。
被弾は避けられなくても、せめて致命傷は。
そんな思考の中で、カロンは体を思い切りねじった。
ひとまずナイフは避け切った、そんな達成感が彼の胸に去来している時、すでにカロンの体勢は死に体だった。
完全にバランスを崩されて、あとはとどめを刺されるだけ。
短いやり取りの中で、彼はかつてない恐怖に包み込まれようとしていた。
死ぬかも、そんな恐れと、右から迫りくる安心感が拮抗する。
——アラタというやつはどこに行った?
隠密、暗殺技術はオリバだけのものでは無い。
キャリアの長さでは勝てなくても、魔道具がその差を埋めてくれる。
身内のカロンは何となく意識の片隅に残すことは出来ても、黒鎧の効果は認知・認識にまで大きな影響を与える。
加えてアラタは【気配遮断】の持ち主だ。
先ほどまでコントロールできていなかった【狂化】は既にシャットダウンを完了しており、邪魔する能力は何もない。
不意打ちの通じない相手に不意打ちを当てる。
まさに矛盾だが、そこまで来るとほんの少しでも有利な方が勝つ。
「しまっ」
アラタの【身体強化】の気配に反応したのか、辛うじて受けの姿勢を取ったオリバに、アラタ渾身の袈裟斬りが入った。
「……勝ちだ」
「まだだ」
詰めの甘いカロンを即座に諭しながら、アラタは残心の構えでオリバに向き合う。
激しい出血により、肩で息をする上等兵。
ほんの数秒の出来事だった。
こいつらは姿と気配を消す。
そう頭の中にあっても、一朝一夕では対応できないのが黒鎧。
使い手の実力も相まって、装備の能力差で押し切った形だ。
「隊長、俺がやります」
「待て、まだだ」
アラタは1つ、気になっていることがあった。
【感知】で周囲に誰もいないことは分かっているし、潜伏している敵がいたとしてもこの状態なら即対応できる。
「俺がいいっていうまで周囲の警戒」
「了解」
2人がそんなやり取りをしている間にも、オリバの足元には血溜まりが形成されていく。
治癒魔術師でもいなければ、この男は助からない。
「ずっと聞きたかった」
「はぁー……なんだ」
「お前らは何故カナンに侵攻する、お前はなぜその年で戦場に来た」
アラタにしては珍しく、相手と長話をしたいようだった。
オリバも今際の際を悟っているのか、抵抗する様子は無い。
「侵攻理由は……まあ政治的理由は知らんが、国民が貧乏だからだろう」
「お前は?」
「俺はただ、楽しいからだ」
「…………理解できないな」
「剣を振り回し、拳で敵を倒すのはいくつになっても楽しいだろう?」
そう心の底から言い放ち、屈託のない笑顔を浮かべたオリバを、アラタはまるで道端に落ちているゴキブリの死骸でも見るかのような目で見下した。
「なるほど、価値基準が違うな」
「くっくっ、そうでもないさ」
「あ?」
「お前だって、俺との戦いを楽しんでいるように見えたぞ? お前も同じ穴のムジナよ、お前も——」
アラタの耳元で、大振りな風切り音が鳴った。
その音はカロンがオリバに槍を投げつけたものであり、今度は躱す間もなくしっかりと命中した。
それ以上オリバが何か音を発するということは無かった。
激痛が走っていただろうに、それでも老兵は満足そうな顔で死んでいた。
「まだって言っただろ」
「耳が腐りそうだったのでつい」
「……まあいいか。よくやった」
「どうも」
まだまだ今日の戦いは始まったばかり。
アラタはリャンとキィを回収しつつ全体の様子を把握するために、一度拠点に退却して情報を集めることにした。




