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半身転生  作者: 片山瑛二朗
第3章 大公選編
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第109話 元・冒険者たち

 形勢が逆転したわけではない。

 イーデン対特配課B,D分隊の戦闘は依然として特配課有利に働いている。

 現にイーデンの護衛を全て排除し、残るは彼只一人なのだ。

 しかし、何事にも流れというものは存在する。

 流れ、空気、雰囲気、目に見えないそれは観客などの外野からすれば軽く捉えられがちだが、目に見えないからこそ、当事者達はそれのコントロールに苦心し、勝敗を左右することに繋がるのだ。

 流れが変わったのはそう、ドルフ、ロン、サイ、オレティス、フレディが一撃づつイーデンに刃を突き立て、後はただ死を待つのみ、そんな時彼が『自動治癒』と口にした時からだろう。

 吹き飛ばされたアラタは無事なようだが、陣形の崩れた特配課は距離を取り、再度形を整える。


「B5、報告」


「大丈夫です。骨も折れてません」


「よし、予定変更だ。時間をかけて倒すぞ」


 D分隊分隊長、エスト主導でギルド支部長、イーデン・トレスの再攻略が始まった。

 彼らにとって幸いだったのは、敵が逃げる様子も誰かを人質にする気配も無かったことだ。

 どこまで逃げようとも必ず息の根を止める、その心構えで任務に従事していても、出来ることなら迅速に安全に楽に片付けたいと思うのが人間の心理だ。

 時間をかけて倒すと言ってもこの場で完結するのなら、1分で倒すのか1時間で倒すのか程度の違いしかない。

 2人一組、アラタとドルフ、エストとサイ、オレティスとルカ、ロンとフレディのペアが四方を取り囲み、一斉に仕掛けた。

 イーデンのスキル【魔術効果減衰】をフレディが押さえている間、こちらの魔術攻撃は通常通りの威力を発揮することが可能だ。

 雷撃、石弾、火球、水弾を放ち、対応を見る。


「おいおいマジかよ」


 ドルフは思わず声を漏らす。

 無理もない、四方からほぼ同時に仕掛けられた魔術攻撃を完璧に躱し、防御して見せたのだ。

 例えるなら学校の体育の授業中、ドッヂボールで残る一人となり、内野と外野3箇所、合計4か所から同時にボールを投げつけられて生き残る、それくらい難しいことなのだ。

 しかも攻撃手は素人ではない。

 それなりの訓練や経験を積んだ特配課、狙いを外すことは無いのだ。

 真横、視界には入っていないはずの雷撃をしゃがむことで躱し、同時に反対から飛来する石弾を剣で薙ぎ、イーデンの右足を狙った水弾は足を開き回避、最後に火球は石弾を弾いた軌道の延長線で剣脊(けんせき)により防がれる。


 片膝を突き、振り切った剣を再び構える気迫は本物のそれだ。

 単純な魔術攻撃では落とせない。

 抱いた感想は皆同じで、安全に勝ちを取ることなど不可能であることを悟る。

 Aランクまで上り詰めた剣士に対して近接格闘を挑まねばならず、尚且つ敵の体力が尽きるまでイーデンは自動で肉体を治癒させることが出来る。

 アラタやエスト、ドルフら攻撃陣のプレッシャーは相当なものがあるだろう。


「A2、あと何分持つ?」


「確実に持つのは2分、それ以上は保証できないです」


 2分、120秒、長いようで短い時間。

 身体を鍛えたプロボクサーでもワンラウンド、3分間も殴り合えば疲れが出る。

 しかしイーデンはスキルの効果で治癒が可能であり、その対象は傷に限らない。

 魔力、体力、気力まで治癒対象の場合、2分以内に決着がつかなければ実質的に魔術が使用不能になる彼らの方が不利だ。

 数秒の沈黙の後、エストは引き続き魔術攻撃を続行し、イーデンを逃がさないように包囲を続けることを指示する。

 射手とサポートの役割分担、敵が近づけばサポート役が斬り合い、距離を取る作戦だ。

 一度では無理でも、何回も攻撃を仕掛ければほころびも生まれるというもの、イーデンの僅かな隙を逃さず殺しきる策、雨あられのように浴びせられる魔術の数々、射手はポーションも投入し攻撃を続ける。

 少しづつ過ぎゆく時間、時折攻撃は命中するが、【自動治癒】なるスキルで無に帰し、時間を経るにつれイーデンの剣圧は強まり剣の回転数は上がるばかり、そんな中ついに時間が来た。


「はぁっ、はぁっ、すみません、限界……です」


 フレディがフラっと体を揺らしたと思った瞬間、土煙を上げながら地面に倒れ込んだ。

 意識はあるようだが、激しく息を切らし、過呼吸一歩手前という状況にある。

 魔術回路の構築を阻害するスキル。

 通常の使い方をするのみであればここまで消耗することは無く、制限時間も実質的に存在しなかっただろう。

 しかし、魔術阻害を魔術効果減衰というスキルと相殺する為に行使する負担は大きく、彼の言ったように2分という時間で限界はやってきた。

 アラタが掌で雷撃を起動しようとすると、パチパチと静電気のような刺激が起こり、そして光は消える。

 土棘を起動しようと魔力を流しても、出来るのはせいぜい泥団子一つ分程度の土をゆっくりと動かすことくらい。

 魔術を使用することそのものを阻害されている感覚ではない。

 そこのプロセスは正常に完結しているが、その先にある効果が歪められているのだ、術者に打てる手はない。


 イーデンは興奮状態にあるのか、疲れる様子もなく剣を構えている。

 隙を見せればこちらがやられる、そう思わせるだけの剣気、剣圧、プレッシャーを放ち威嚇する。

 相変わらずドラールの街中に人影はなく、戦う者の息遣い以外音はない。


「D1、指示を」


 D3、ロンがエストの方を向き、一瞬注意が逸れた瞬間だった。


「ばっ、援護!」


 ルカが声をあげ、カバーに入るが彼女が動き出そうという時、既にイーデンはロンの眼前まで迫っている。

 エストも、アラタも、他の全員が動き出すが間に合わない。


 …………一撃だった。

 窮鼠猫を噛むと言うが、今回相手にしているのは間違いなく虎、鼠が虎を大勢で倒そうという構図なのだ。

 浮いた駒は獲られる、当然の帰結だ。

 ロンのペアはフレディ、カバーできず彼は倒れたままだ。

 身体の中心を貫かれたロンは自らの死を悟り、歯を食いしばってイーデンの肩を掴む。

 リミッターの外れた力、死の間際最後のひと絞り、掴まれた肩はミシミシと壊れそうな音を立てる。

 それでもイーデンは止まらない。

 蹴りを入れ、突き立てた剣を引き抜き、もう一度斬りつける。

 左手で受けたロンの指は零れ落ち、勢いを弱めつつ剣は彼の左肩を断ち切るべく振り下ろされた。

 威力が足りなかったのか、裂傷の傷口からは白い骨がチラリと見えているものの腕が落ちるまでには至っていない。

 ただもう言うことを聞かないみたいでだらんと垂れているだけの死んだ左腕。

 腹からは内臓が零れ落ち、肩と腹部からの出血は死に至るには十分すぎる。


「B4! 合わせろ!」


「応!」


 ロンの正面、つまりイーデンの背後から迫るアラタ。

 イーデンの正面、つまりロンの背後から迫るドルフ。

 見えていないはずのアラタの攻撃は背を向けたままのイーデンによって防がれ、同タイミングで彼はロンの死体を蹴り飛ばしドルフにぶつけた。

 仲間の身体を抱きかかえる形で攻撃を止めたドルフにイーデンが迫る。

 その奥ではアラタが体ごと吹き飛ばされ、エストがフォローに入っている様子が見えた。


横なぎの一閃。

 ロンの体ごと真っ二つにしようと通された刃、彼の身体を両断している以上必ず手ごたえは感じる。

 問題はその手ごたえの先にある命が1つか2つか、どちらであるかだ。


 影……黒装束か。


 不意打ち耐性で黒装束の効果はそこまで意味をなしていない。

 攻撃を躱しロンの陰に隠れて迫るドルフ、そこから繰り出された一突きはイーデンの顔を掠めた。

 返す攻撃を剣で受け、耐えるかに思われたドルフの身体は体格差故にふわりと浮き上がり空中に放り出されてしまう。

 何が起こったのか理解が追い付かないドルフ、そのすぐ近くにはすかさず跳躍したイーデンの姿が。

 武器を手放し、予備の短剣を抜く時間もない、完全に詰んだ。

 B4が反撃を諦め、相打ち覚悟で抱きつこうとし、イーデンはその前に斬ろうとする。

 その間隙を縫うように間に割って入る黒い影。


「オレ……」


 身体の軽いドルフを突き飛ばし、身代わりとなって剣を受けたオレティス。

 外套は引き裂かれ、その奥にある黒い服も裁断された。

 ロンのように臓器まで破壊されたわけではなく、これだけでは致命傷足り得ない。

 2撃目を打ち込んでくる敵に対して、オレティスは手に持ったメイスを盾代わりに防御、剣の柄で鳩尾を撃ち抜かれると着地し、うずくまる。


 もはや形勢は五分ではない。

 フレディは戦線離脱、ロンは死亡、オレティスは重傷、ドルフはオレティスの下敷きとなり負傷し行動不能。

 エスト、サイ、ルカ、アラタの4名でこれを倒さなければならないのか、それが実現可能なのか、撤退するべきなのか、判断に迷うエスト。

 返り討ちに遭って撤退するのならまだいい。

 ただ、特配課の機密性保持の為、殉職者の遺体はきちんと処理しなければならない。

 世間的にはティンダロスの猟犬とされている存在、それがレイフォード家傘下と知れれば大公選から脱落しかねないのだ。

 イーデンの体力は底をつく気配がまるでなく、多少の損耗はあれど戦闘開始時と変わらぬ動きだ。

 対してこちらの戦力は削られる一方、限界が近づいていた。


「…………全員、て——」


「D1、俺が行きます」


「おい、待てB5。そんな指示は出していない」


 おもむろに外套を脱ぎ捨て、仮面を取ったアラタ。

 相手に正体が割れていて、ここで戦いを見ている者は近くにいない。

 であれば、動きやすい格好になることもやぶさかではないのだ。

 命令違反、しかしエストは強く彼を止めることが出来ずにいる。

 近距離の斬り合いでは連携に必要とされる練度も非常にシビアなものになる。

 アラタはまだ特配課に入隊して1カ月未満、彼自身時折足を引っ張ってしまっていることに気付いていたのだろう。

 では彼が抜けて3人で戦えば敵を倒せるのか。

 もはやそれは不可能に近い。

 奥の手があるものの、それを使うところまで持って行くことすら叶わないのだ。

 なればこそ、アラタが大物食い(ジャイアントキリング)に挑み、他の者は負傷者の救護に当たる、それが彼の選択だった。


「D1、俺に3分ください。必ず勝ちます」


「…………B2、B5の援護に残れ。残りは撤退の用意を」


 外套、仮面、そして上着を脱ぎ捨て、上は黒のインナー1枚、肘まである手甲だけになる。

 下は黒のズボンにブーツ、すべてが魔術回路を組み込んである特殊な装備で、防御力を大幅に補強している。

 ロン、オレティス、フレディを回収、ドルフは自分で動けるため放置し、サイとエストは彼らと姿を消した。

 場に残ったのは討伐対象であるイーデン、そしてアラタとルカ。

 そう遠くない未来で、どちらかの生涯は幕を下ろすのだろう。

 お互い後には引けない、戦うしか、命を奪い合うしか選択肢はないのだ。


「アラタ君、初めて会った時とはまるで別人だね」


「俺もあなたと殺し合うとは思っていませんでした」


「殺す、ね。強い言葉を使うようになった。ノエル嬢に手を引かれて来た時はあんなにも委縮していたというのに」


「もういいでしょう。あなたは道を踏み外した、もう後戻りは出来ない」


「戻る必要はないよ。私は前に進むだけだから」


 靴が地面を擦り、ほんの少しだけ上がる土煙。

 吸って、吐いて、整えられる呼吸。

 【魔術効果減衰】で魔力を使った戦闘は実質不可能、あとはスキルとクラス、そして剣の腕が勝敗を分ける。


「ふっ」


「シッ」


 短く息を切り、元冒険者同士の全てを懸けた闘争が幕を開けた。

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